炎ヲカキ消ス火種トナレ

猫部猫

第1話《戦火の灰》

銃声

単発的な銃声。


父が言っていた。

「祖国の為の盾となれ」と。


銃声

連続した銃声。


母が言っていた。

「必ず無事に帰ってくるのよ」と。


銃声

鳴り止まぬ銃声。


隊長殿が言っていた。

「戦場に絶対はない」と。



━━━装填完了!!撃ちます!!



タンッ!タンッ!


━━━うぁぁぁぁ!!!足がっ!あしがァァ!

━━━死にたくねぇ…死にたくねぇ…

━━━助けて…だずげでぐれよぉぉおお!!

━━━いたいいたいいたいいたい……!!


阿鼻叫喚。


地獄絵図。


罵詈轟音。



私は一人、空を仰いでいた。


空は灰色だ。

煙が舞う。

硝煙臭い。


最悪のコンディションだった。


爆発音。

地鳴り。

時折、顔面に土がかかる。


喉かな実家が懐かしい…。

よく、草むらに寝転んで時間の許す限り雲の流れを追っていた。


それに比べて今は…

何と五月蝿いことか。

まるで蝉の鳴く声のように耳の奥まで響かせている。


だが…1つ、また1つと蝉の声が聞こえなくなって…………。


ああ、そうか


…蝉は死んだのだな。


何だか…肌寒さを…感じる。

もうす…ぐ、冬が訪…れるのだろう。


早く…家に…帰らなければ……

父と、母が…待っている。


帰らねば…

かえ…らなく、ては…


もういちど…声を…………。



「よく、頑張りましたね」


朦朧とする意識の中、糸目の男が少年を見下ろしそう言った。


あぁ…もう安心だ…


アナタがいれば……


………………。


少年の心臓はそこで止まった。



《享年17歳》

氏名:フリッツ・ルーダン

東エイダン出身。


第11哨戒部隊に所属。

敵の奇襲により命を落としたものと考えられる。

遺体発見者は『グレン大尉』

死因は大量出血と診られている。

発見当時、右下肢と左上肢が吹き飛ばされていた。

頭部の損傷は軽い火傷がある程度で、銃痕は無し。

右下肢が熱で爛れたような跡がある。

恐らく、大きく踏み出した先に地雷があったのだろう。

左上肢に関しては……これも憶測に過ぎないが、地雷を踏んですぐか、爆発する直前に敵の大口径のライフルか何かで吹き飛ばされたものだと思われる。

彼の遺体は火葬が済んだ後、東エイダンの両親の元に遺灰が届けられるだろう。


第11哨戒部隊は敵の奇襲に対し果敢にも祖国の為にその身を盾にして時間を稼ぐ事に成功した。

これは名誉ある『死』であり━━━




「“彼らは祖国を見護る英霊となろう”…か」

石碑により掛かり書類を読み終えた男が深く溜息をついた。


「ダメですよ、ここは『礼拝地』石碑には英雄たちの名が彫られているのです。それなのに寄り掛かって…オマケに溜息ですか?」


先程まで中央の大石碑に祈りを捧げていた“細目の男”が呆れた様に言う。


「すんませーん大尉殿、それで、日課は終わったのか?」


石碑から腰を離し“細目の男”に歩み寄る。


「ええ、昨日戦死された『第11哨戒部隊』の隊員とラウド隊長殿に」

「グレン大尉殿は勤勉でありますなー」

「いえ…先の戦い、私の到着が遅かったばかりに『第11哨戒部隊』の皆を死なせてしまいました…」


グレンの表情が曇る。


「ありゃグレン大尉が悪いんじゃねーよ、“上のもん”の決定が遅すぎたんだ」


男が再び溜息をついた。


「…情報伝達に関しても改善しなければならないようですね。実際、奇襲の狼煙が上がって本部に“早馬”を放ってから返答が来るまで15分程度掛かってしまっています」

「そうだな、情報をそのまま……例えば『念話』みてーな能力を持ってるやつが軍に居れば大分変わるかもしれねぇな……って何だよ」


自分の顔を見て微笑んでいるグレンに男は恥ずかしげに睨んだ。


「いえ、“軍人らしくなったな”と…思っていました」


嬉しそうに微笑むグレンに男はニッと笑い

「当然だろ?」

と、返した。


「まだまだ“伍長”止まりだが、俺はいつかアンタよりも偉くなってやるよ」

「それでは、伍長殿の戦果を楽しみにしていますね」


グレンはそう言うと男に背を向けた。


「もう行くのか?」

「ええ、まだやらなければならない事が山のようにありますから」

「そうですかい、俺はもう少しここにいる事にするぜ」

「そうですか……皆さんの前では敬語を使って下さいね?それでは先に失礼します『ゼルバ伍長』」


グレンは笑顔でその場を去って行った。



(証明してやるよ、俺を軍に引き抜いたアンタの目利きを)



ゼルバ・ラングラーは一般人であった。

12歳で軍事教練学校入学、良くも悪くもない結果を残していた“凡人”であった。

15歳の卒業試験で結果を残せず、強制送還の命令を受けるも寸前でグレンにスカウトされた。

当然、反発の声は上がった。

「能力も無い、特に秀でたところの無い凡人を何故軍に入れなければならないのか」と

それに対しグレンは落ち着いた様子で返した。

「あの子には才能があります」と。

この言葉は火に油を注ぐような物だ。

彼は凡人と決定されてしまっているのだから。

無論反発の声は更に膨れ上がった。

それでもグレンは折れなかった。

そればかりか「1年以内に能力が目覚めるでしょう」

と、更に油を注いだのだ。


だが、この大火事はたったの一言で鎮火された。


「全責任は、私が担います」


グレンは軍事会議でそう宣言した。


言葉を待っていたかのように、グレンにはその責任として一等兵への降格が決定された。


理不尽極まりないこの司令をグレンは笑顔で受け入れた。


グレンは軍の殆どから嫌われていたのだ。

と言うのも、グレンには不明な点が多すぎるからだ。

身元不明、歳も不明、「グレン」と言う名前が本名なのかも分かっていない。


ではなぜ、軍はグレンを“追放”しなかったのか。


それは、単純にグレンが「使える人間」であったからだ。


戦場にでれば多大な戦果をあげ国民の信頼も厚い。


状況の飲み込みが早く無駄な行動が全くと言っていいほど無いのだ。


軍にとってグレンが抜けると言うことは1個大隊が無くなるのに等しいのだ。

加えて、国民からの支持が厚いグレンを追放すれば軍への反発の声が大きくなるだろう。

戦争反対派の勢力が大きくなる事は明確であった。


とすれば、グレンは追放するのでは無く使い勝手の良い“駒”にするのが丁度良いと軍は考えたのだ。


実際この程度の事で一等兵までの降格などあり得ない事だが……

そんな物は“でっち上げれば良い”こと、虚実の報告書を作る事など造作も無いのだから。


それから11ヶ月後。


誰もがグレンの降格を受け入れていた。

軍もグレンを降格させる為の準備も終わり傍観していた。


だが、グレンからは焦りが見られなかった。

いつものように雑務をこなし

いつものように振る舞い

空いた時間にゼルバとの特訓をしていた。


そんなある日


『我、任務を完遂す』


軍にその報告書が提出された。


『本日、正午に〈第四訓練場〉へ来られたし』


これには軍も戸惑いを隠せなかった。

真相を確かめるべく、軍の上層部は〈第四訓練場〉へと向かった。


「お疲れ様です」


扉が開きはじめに見たのはグレンの笑顔だった。

相変わらずの糸目で敬礼をする。


だが、それよりも上層部が驚愕したのは


「なぜ“それ”を使っているのか」であった。


グレンの後ろには『二脚有人バトルマシン・イオニス汎用型タイプC』が無起動状態で出されていた。


ここ〈第四訓練場〉は奥行800m横幅500m縦幅150mからなり、他訓練場のなかでも一番の広さを持つ。

その理由はバトルマシン専用の訓練を行う為だ。

また、唯一の室内訓練場でもあり、壁は最も強固な素材で作られている。


「では、早速開始致しますね」


唐突に告げるグレンに上層部の皆は

「何をする気だ」と問うた。


「何を今更言うのですか、彼の能力を皆様方に報告するのですよ」


そう言いグレンはなぜか上半身裸のゼルバに合図を送った。


ゼルバが『イオニス・タイプC』から20mほど距離をとる。

それを確認したグレンは『イオニス・タイプC』に乗り込み起動させた。


このタイプCは対バトルマシン戦闘を主要とするバトルマシンだ。

『電子収納』不可な近接武器を扱い敵を蹂躙する。

近接武器は様々な種類があるがこのタイプCは〈大剣〉(訓練用の模造刀)を装備している。


《ゼルバさん、準備は良いですか?》


「応っ!!」


2人が構える。


タイプCが剣先を天井に向け一時停止する。


《行きますよ!》


……模造刀とはいえこの質量を生身で受ければその体は一瞬で肉片となるだろう。

加えて足元は鋼鉄。

まだ開栓していないアルミ缶を踏みつぶしてしまうとどうなるか…ここにいる誰もが分かっていた。


慌てふためく上層部の連中を尻目にグレンは重力に任せて大剣を振り落とした。


全力ではないが、それでも人一人を殺す事など容易にできる。


刃が残り数センチの所でゼルバは両手を迫る刃に向け伸ばした。


誰もが固唾をのむ。


━━━触れた。


その瞬間。


「ゴッ!!」っと人とは思えない強固な物の音が辺りに響いた。


ゼルバが“受け止めた”音だ。



唖然としていた。



ゼルバは「痛って…」と大剣から手を離し両手をプラプラと振った。


グレンがタイプCから降り、上層部の皆に近づく


「どうでしょうか?」


グレンの言葉で口を閉じた。


考えているのだ


ゼルバは戦場で100%戦果を挙げられる。

だが、ゼルバを認めてしまうという事はグレンの株を更に上げてしまうことになる。


今回、無断でタイプCを起動させた事による罰則だけでは到底グレンを地に伏せることは出来ない。


もし、その状態でグレンを降格させてしまうならば国民からの批判殺到は免れない


軍の信用はガタ落ちだ。


「どうでしょうか?」


気丈だ。


“こうなる事”を知っていたかの様に

彼は再び答えを求めた。


彼らの表情は

『苦虫を噛み潰す』

その言葉が最も合っていた。





━━━だからこそ「ゼルバ・ラングラー」は警戒しない。



「グレン」と呼ばれる人間がどういった“物”でできているのか

彼が何を考えているのか

何を目的に軍に入ったのか


その先の未来を『栄光』と信じて疑わなかった。

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