140字コトノハ

九十九 那月

白鷺の夢路

「今日、大学行かなきゃいけない用事があるから、ついでに見送りに行ってやるよ」


 そんなふうに言ってここまでついてきた君は今、私の横で携帯を弄りながら立っている。

 最初の頃は、まるで無視をされているように感じて、それが不愉快だったけど、今はそれくらいの距離感が心地いい。

 それに、私は、話しかければ君がちゃんと答えてくれるのをもう知っている。


「……なんか、冬休みってあっという間だったね」

「んー。お前がこっちにいたの、大体十日くらいだったか」

「そう……かな。……あーあ、明日から大学だよ。私、マトモに授業出れる気がしない」

「なら、もうちょっと早く帰ったらよかったんじゃないか」


 その言葉に、ちょっとムカッとくる。

 けれど、そんなことはおくびにも出さずに。


「誰のせいだと思ってんの。大体君の予定が合わないのが悪いんだからね」

「……仕方ないだろ、忙しいんだから」

「わかってるけどさ」


 誰だって自分の都合がある、ということは、流石にこの歳にもなればわかることで。

 それでも、私が帰る時間を引き延ばしてまで、君やほかの友達と一緒に居ようとする理由を、君はもう少し気にしてくれてもいいと思う。


「……あ、あと二分で出発しちゃう」

「ん、わかった。……気をつけてな」

「私が気を付けたって意味がないでしょ。気を付けるのは運転手さんの方だよ」

「いちいち揚げ足とるなよ。……また次の休みにな」

「うん」


 別れの言葉はそれで十分だった。最後に私は君に軽く手を振って、列車に乗り込む。

 胸の中に、一つの企みを抱えて。




 列車が動き出したころには、もう君の姿はホームにはなかった。

 それが君らしいなぁ、なんて思いながら、私は携帯の会話アプリを取り出す。

 それから。


『見送りありがとう。今出発したところ。そっちは?』


 と、そんな風にメッセージを送る。

 一分もあかずに、君から返信が帰ってくる。


『大したことじゃない』

『こっちも今乗ったとこ』


 文面になると途端にぶっきらぼうになるのは変わらないな、なんて思う。


『それでもありがと』

『着くまで暇だから、時々こんな風にメッセージ送ってもいい?』


 と、私。


『ん。答えられないときがあるかもしれないけど、送るだけなら別に』


 と、君。

 その返事に、とりあえず第一段階クリア、と心の中でつぶやく。


『ありがと。……あ、時々私の方も途切れるかもだけど、それは多分トンネルのせいだから』

『まぁ、山越えだしな』

『そうそう。すごく多いんだよここ』


 そして、第二段階もクリア。

 これであとは、を実行するだけだ。


『ところで、大学に用事、って何』

『あー。ちょっと資料とかその関係』

『……まさか、課題置いてきたとかじゃ』

『それもある』

『ダメじゃん』


 なんてくだらない会話に話を咲かせながらも、車中の私はちょっと落ち着かない。


『まぁ、何とかする』


 その返事を見たところで、突然窓の外の景色が暗くなった。

 一つ目のトンネル。

 しばらく私たちの間で続いていた会話が途切れて、そこで私は一つ息をつく。


 このトンネルは短いので、すぐに終わる。何度かこの路線を使っている私は、トンネルがどこにあるか、とか、抜けた先にどんな景色があるか、とか、そう言ったことを少しは記憶している。

 そんな頼りない記憶によると、本命はもう少し先だった。


『あ、ごめん、トンネル入ってた。……課題はちゃんとやらないとダメだよ。単位落として留年しても知らないよ』

『しない……とは言い切れないんだよなぁ』

『嫌だよ、君に先輩とか言われるの』


 相変わらずだらしないところは変わっていないみたいで、指先で綴った言葉とは裏腹に、私はちょっと安心してしまう。

 それに、君は、どんなにダメに見えても、最後の方ではちゃんとやりとげてしまう、ってことを私はよく知っていた。


 本当に、君はもう。

 散々私が応援してあげたのに、受験勉強はあんまり頑張らないし。

 そのくせして、突然やる気になったと思ったら、地方の一流大学に合格してしまうんだから、本当に君はすごくて。

 そしていつも、結局は私ばかりが置いて行かれてしまうのだ。


 せめて君から離れれば、私は君に追われる立場になれるかな、なんて思ったけれど、いい加減に認めよう。結局いつだって、私はずっと君の背中ばっかり追いかけさせられていたのだ。――だから、それも今日で終わりにする。


『――間もなく、トンネルに入ります。これから先、暫くの間、携帯電話がご使用になれなくなりますので、ご注意ください』


 そんな車内放送が聞こえてきて、私は気合を入れた。

 文章で打つのだって、それは勇気がいったのだけれど、早くしないとそもそもこれを送れなくなる、という重圧の後押しもあって、私は指を止めずに済んだ。

 そして、トンネルに入る寸前――私は、出来上がった文面に目を通してから、送信ボタンを押す。


『……突然、ごめんね』

『君のことが、好きです』


 打ち終えて、通信が圏外になったのを見届けて、私は携帯から目を離す。

 これで、何をどうしたって、あと数分の間は繋がらないままだ。

 そして、この数分が――多分、私たちが友達でいられる、最後の時間だ。


 このメッセージを読んだ君は、どんな反応をしているのかな、と想像してみる。

 多分、『本気?』とか送っておいて、既読が付かないことに焦っていたりするんじゃないかな、とか考えると、その様子が手に取るように浮かんできて、それがなんだかとってもおかしかった。


 そんなことを考えながら、私は目を閉じて、ただ列車の微かな揺れに身を任せた。

 数分先に訪れる結末に、想いを馳せながら。



                  /



『これからはトンネルが続くから、途中で連絡が途切れてしまうかもしれないわ、と、わたしは断りを入れる。今日こそはあなたに、好き、と伝えるために』

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