御鏡奇譚 八咫物語

森 モリト

第1話

「あれがどうしても、必要でしょう」

「ほんにそないな物があると思うておられますか」

「ないわけがない」

「もう、この世から消えて数百年も経ってる。今更やろう、それに実際必要なんか」

「いや、無くてもいいんです。それがあるかないかなど、どうでもいい。ただお上がそれを持っておられると言う話があればそれで良いのです」

この深夜に宮廷の奥深く、ようような身なりの者達が声を潜めて話している。外に漏らさぬ、漏らせぬ話を。


一幕

男達を乗せた舟が、湖面をゆっくりと進む。海ではないのに、袋小路のこの湖にもなぜだかゆっくり波がたつ。騒がぬ男達は黒衣を纏い、月のない闇に紛れている。

「ここで、間違いないのか」

「ああ ここにいると、やっと掴んだ。何にしても謎のおおい連中だ」

声にも無い声で語り合い。舟を付けてもやいをかけて、岸に上がる。小さな家が狭い場所にみを寄せ合って立っている。そこを抜けて坂を登り続けたところに屋敷と言うには粗末な建物があった。静まり返った屋敷から老婆が一人出て来た。

「酒も程々にな。わしは、もう いぬからな。・・・もう、誰も何も聞いておらんな」

一人ぶつぶつ言っている老婆の脇に廻って口を押さえて問いただす。

「あの屋にいる連中は、ヤタの者達だな」

老婆は、眼を剥いたが静かに頷いた。

「そうか、婆には気の毒だがここで死んでもらおう」

婆は、驚く様子もなく笑っている。

「気味の悪い・・・」

縊り殺そうと首に手をかけると

「たづ婆、しゃがめよ」

老婆は、そのままそこで腰を落した。男は、声のする方に顔を向けると高速で飛んできた簪が額のど真ん中を打ち抜いた。叫び声の一つも上げることなく男は、そこに倒れこんだ。

腰を抜かしたかたちの老婆が大声で

「ヤタさま、儂は死なんのじゃな」

「言うておろうが、まぁ心配せんでも後二十年は大丈夫じゃ。百までは生きてる」

呑気にしゃべりながら、屋敷の中から四つの影が出て来た。

「もう二口は、またどっかで寝てるな。帰って来たら承知せえへんから」

「まぁ、ゆうてやるなよ。今、始まったこっちゃない」

「お頭は、二口に甘い。ここまで、こんな奴ら入らして・・・見張りは、何してんねん」

「俺もキクの言う通りやと思うわ」

「ええやんか。別にお頭は、キクにも甘いやん。それより、たづ婆ちゃん大丈夫かな」

「あぁ、大丈夫やろ。死ぬわけがない。お頭がそう言うてる」

「もぅ芳一さんは・・・そんでも怪我してるかもしれんやん」

周りの男達は、その様子にあ然としていて、動くことが出来ないでいた。

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