第16話

 この日から、私の学校生活は劇的に変わった。


 教室にいるときは特別な変化はないのだが、お昼休みには縁が顔を出してくれる。誰かと一緒にお昼を食べる


 これが式の言うイジメの緩和なのだろうか。どちらにしろ、救われたのは確かだった。


 しかしここ数日間、DSとは対峙できていなかった。


 眠ってからすぐに家中を捜索するも、千影はすでにいない。式も含めた四人で町中を探しても、隣町まで足を伸ばしても、千影の姿は見られなかった。


 式いわく、今でも千影は魔法少女を倒し続けているという。一体なにが目的なのか、私には理解できずにいた。


「なんで見付からないんだろうね」

「探知系の魔法でもあれば、多少か変わるのかもしれませんが……」


 ワクドナルドのテーブルを三人で囲み、私たちは話を始めた。もちろん話題は無意識世界でのできごとだ。


 現実世界で真摘を見付けたのは縁だった。


 無意識世界で、現実で会おうというやりとりをしたらしい。人付き合いが下手な私では到底思い付かなかっただろう。あっちはあっち、こっちはこっちなのだから。


「最初に言っておくけど、ウチはあまり家族っていう感じの家族じゃない。働かない父、ずっと働きに出ている母。昏睡状態の姉に、家に帰って来ない妹。正直言って、アナタたちには理解できない家庭環境なの。ここまで言えばわかると思うけれど、私はあまり千影と話をしない」

「不干渉条約みたいなものでもあるのでしょうか?」

「ないわよ、そんなの。いつからかはわからないけど、そういうふうになってしまった。私はこんなんだし、妹は妹でいろいろ事情があるみたいだしね」

「つまり、妹ちゃんがなに考えてるかはわからないってことかー」

「まあそういうことね。私にわかることと言えば「わからないということがわかる」くらいしかないのよ」

「結論を言えばわからないってことですよね。さて、どうしましょうか」


 三人して腕を組み、イスの背もたれに寄りかかった。


 時々ジュースを飲んだり、ポテトを食べたりした。でも話は全然進まなかった。


 ちなみに、お財布の中にほとんどお金が入っていないので、私の分は縁が払ってくれた。縁は「別にいい」と言っていたが、どこかでちゃんと返さなきゃいけないだろう。


「マツミの家って豪邸なんでしょ? 今度招待してよ」

「豪邸というほどでもありませんよ。ちょっと大きいくらいです」

「そんなことないでしょ、見たことないけど絶対すごいよ。招待して美味しいもの食べさせてよ。で、パジャマパーティーとかしようよ」

「別に来て泊まっていくのは構いませんが、それならば夕食なんかは自分たちで作った方が有意義ではありませんか?」

「それは確かに。でもキッチン勝手に使って大丈夫なの? 夕食時だよ?」

「家族にもその料理を振る舞えばいいのです」

「それ相当プレッシャーだなあ。ヤバイもの出来たら出せないじゃんか」

「料理で「ヤバイもの」という言い方ができるような物を作るつもりで?」

「ボク、料理あんまりできないし。マツミは?」

「私もあんまり……輪廻は?」

「私はそこそこできる、と自負しているわ」

「へえ、輪廻って料理できるんだ。意外だなあ」

「意外っていうのは心外ね。私は勉強以外になにかをしてきたわけじゃないから、それくらいできてもいいと思わない?」

「習い事かなにかは?」

「昔、ピアノを少しだけ。それも親が再婚して、ちょっと経ったらやめてしまったけれどね」

「いいじゃないですか、ピアノ。途中で嫌いになって辞めたとかですか?」

「家にお金がなかっただけよ。私が料理を覚えたのだって、父が働かなくて、母がほとんど家にいないからよ。果歩にばっかりやらせるわけにもいかなかったし。ウチは果歩も私も千影も炊事洗濯なんかは一通りできるわよ」

「そう、なんだ。すごいね……」

「ええ、とっても……」


 なんだか微妙な空気になってしまった。どこの部分に、という明確なところはわからなかったけれど、二人が妙に落ち込んでいるのはよくわかった。


 しばらくそんな話をしていた。大体二人が落ち込んで終わるのだが。


 この件についての話をほとんどしていない。しかし、考えることなどほとんどない。この件については私は一番の重荷を背負わなければいけないのだから。


「ねえ、ちょっといいかしら」

「うん? また捨て猫の話? もういいよ心が痛くなっちゃうから」

「それもですけど、お洋服の話もずっしりきました」

「そういう話じゃない。元に戻すけど、DSをどうするかって話よ」

「なにかいい案でもあるの?」

「考えるまでもなく、私が現実世界で千影と話をしなければならないみたいね」

「でもリンネのウチって、あんまり家族仲よくないんじゃ?」

「縁さん、そういうことは口に出さない方がいいと思いますよ?」


 隠すことでもないし、知っておいてもらった方が今度も楽に動ける。と思ったのだが、彼女たちは私を相当ナイーブだと勘違いしている。


「別に気にしてないわ。それにこのままでは足踏みをしているだけよ。動き出さなければなにも始まらない」


 と言いつつ、イジメに対して行動を起こさなかった私が言うのもなんだけれど。いや、逆に今までなにもしなかったからそこ、行動を起こさないといけない。だってこれは、私一人の問題ではないから。


「輪廻はそれでいいのですか?」

「大丈夫。ただ、もう少し情報が欲しいわ。特に千影の行動が」

「そうだねー、もうちょっと必要かもね」

「それで悪いのだけれど、今日はこれから千影を探すわ」

「そうですね、それがいいかもしれません」


 そう言いながら、真摘が真面目な顔になった。


「ボクも賛成。でもどうやって千影を探すのさ」

「とりあえず千影の学校に行ってみて、それから考えるわ」


 私が立ち上がると、二人は疑問の声もなく立ち上がった。特にこれといった策もないけれど、妙に従順なところが少しだけ気になった。


 私が先頭で店を出た。街の中を歩いて千影が通う高校へ。


 高校に着いた頃、当然と言えば当然だけれど部活をする生徒しかいなかった。千影は部活なんてやっていないだろうし、ここからどうやって情報を得るか。


「確かこの学校、一年生はオレンジ色の上履きを履いていたわね」

「リンネはよく知ってるね」

「これでも妹の高校だもの。学校の道具なんかを見たことくらいはあるわ」


 校門をくぐって校内へ。


「ちょ、ちょっと輪廻。むやみやたらと他人の学校に入ったら捕まってしまいます」

「大丈夫よ少しくらい」

「いやーボクも真摘に賛成だなー。見つかって停学とかになっちゃったらイヤだし……」

「じゃあそこで待っててくれていいわ。一人で行くから」


 彼女たち二人を置いて歩き出した。すると、二人は渋々ついてきた。なんだかんだ言っても情報は欲しいのね。


 生徒や教師がいないのを確認して下駄箱に一直線。一年生の下駄箱を覗くとちょうど女性徒が靴を履き替えていた。


「ごめんなさい、少しいいかしら」

「え……」


 まあ、この反応も当然でしょう。他校の生徒がこんなところにいて、しかも見ず知らずの人が声を掛けているのだから。


「心配しないで、訊きたいことがあるだけなの。お時間、大丈夫?」

「ええ、大丈夫ですけど……」

「手短に話すと、私の妹がここの生徒なの。月城千影って言うんだけど」


 私がそういうと、女性徒は露骨に嫌そうな顔をした。


「月城さん、ですか。同じクラスなので知らないこともないんですけど、彼女と接点がある人なんてそんなにいませんよ?」

「そう、じゃあ学校が終わってどこに行っているのか、とかも知らないのね」

「正直なところ、誰も知らないんじゃないですかね。あーでも、一人だけ仲がいい男子がいますよ」

「その子の名前はわかる?」

「名前は忘れちゃいました。でもその子だって、他の子よりも仲がいいかもしれない程度ですよ。私はこれから塾なので、これで失礼しますね」


 女性徒は足早に立ち去ってしまった。あまり千影についての話をしたくない。そういうふうにも見えた。


「で、これからどうするのさ。もう日も暮れるし、こんなところにいたら見つかっちゃうよ?」

「そうですね。それに現実世界での情報収集はあまり意味がないかもしれません。やるならば無意識世界での方が良いかと」

「わかったわ。今日はこれで帰りましょう。ただし、早いところ決着をつけなければならないのは事実。明日か、明後日あたりには結論を出したいわね」

「その話はまた明日にしましょうか」

「おっけー、それじゃあ今日はここで解散!」


 縁の声で今日は解散となった。


 家に帰り、いつものように家事をしてから勉強をした。


 風呂に入り、洗濯物を畳んで、また勉強して。いつになればこの日常が終わるのかと、少しばかり憂鬱になってしまう。働かない父に家事をやれとも言えない。だから、早く卒業して、大学に行って、就職をして一人で生きていくのだ。


 大学に行くためにアルバイトもしなければいけない。お母さんに言えば出してくれそうだが、これ以上無理をさせたくもない。


 勉強が終わって布団に潜り込んだ。やはりあの世界が一番だ。今はDSの存在のせいで有意義とは言えないが、全てが終わればまたあの世界で悠々自適に過ごすことができる。


 辛い日常のはけ口。それが、私にとっての無意識世界なのだから。

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