第2話

 家に帰ると、いつものように父親が酒を飲んでいた。母は仕事で日付を跨がないと帰ってこない。


「お帰り、リン姉」

「ええ、ただいま千影」


 妹と簡単な挨拶だけ交わし、自分の部屋に入った。


 千影はここ一ヶ月、あまり家にいない。どこかに居場所でも見付けたのだろうか、そこで生活できているならば問題ない。


 あの子も頭がいいから、将来は有望だろう。私と違って社交的で趣味も多い。部活でも活躍しているはずだ。小学生のときから話題の中心にいた子だから、今でもそうだという私の勝手な推測なのだが。


 勉強を始める前にお風呂に入り、夕食を作る。そして作った夕食を一人で食べた。千影はたまにしか食べないが、父親は勝手に食べる。


 夕食の後で洗濯をした。干すのは明日の朝でいい。


 十一時まで勉強し、私は布団に潜り込んだ。


 いつも通りのつまらない毎日にはうんざりしてる。だから私には、あの『夢』が必要だ。なんでも思い通りになる、あの『夢』が。


 意識が遠のくというよりも、逆流するような気分だ。覚醒していく感覚が脳内を駆けた。


 目蓋を開ければ、そこは夢の中。起きた瞬間は、具体的な違いはわからない。慣れない頃は特に、現実との差がなくて戸惑ったものだ。なにせこちらの世界でも、起きるのはベッドの上なのだから。


 どちらが現実でどちらが夢なのか、自分でも時々わからなくなる。こんな環境で育ってきたのだから、スキゾフレニアの可能性も否定できない。そうでないと思いたいが……。


「さて行くか」


 ベッドから下り、パジャマのまま家を出た。


 この世界では誰かの目を気にする必要がない。みんな意識があるのかないのかわからないような顔をしているのだ。


「こらこら、女の子がそんな格好で出てきちゃ駄目だぞー」


 私は耳を疑った。この世界で誰かの声を聞いたのなんて初めてだ。


「誰なの?」

「ボクはここだよ」


 振り向いた先には、小学校低学年くらいの少年がいた。着物というか、宮司のような格好をしている。


「なんで話ができるの?」

「ボクの名前は式だ。今後ともよろしくね」


 手が差し出されたので、とりあえず握ってみた。小さな、それは小さな手。


「私は月城リンネ。輪廻転生のリンネよ」

「うんうん、ちゃんとコミュニケーションは取れるんだね」

「当然よ。それくらいはできる」

「それくらいはできるって自分で言うくらい、あっちの世界では内向的なのかな?」


 見透かされたような気がして、少しだけイラっとする。


「そういきり立たないでよ。今日はキミに、この世界のことを教えに来たんだからさ」

「この世界……夢でしょう?」

「そうだね、認識的にはそれで合ってるよ。だけどね、夢っていうのはそれだけで終わりじゃないのさ」


 式が空中に手をかざすと、半透明のモニターらしきものが姿を現す。宙に浮いているのだが、別段驚かない。だって、これは夢なのだから。


「ボクはここを『無意識世界』と呼んでいる。呼んでいるというか、そう名付けた。ちなみにキミが元いた世界は『意識世界』だね。現実世界と言っても差し支えない」

「名付けたって、勝手に?」

「勝手にというか、ボクはこの世界の管理者だからね」

「ただの管理者が名付け親というのも納得できないけど、アナタが管理者というのも納得できない」

「それは納得できないというか、理解できないんだね」


 モニターには二つの球体が表示され、その球体同士は繋がっているみたいだ。


「左の球体が現実、右の球体が夢。二つの球体は繋がっていて……というか、現実世界の人間が眠ることで、この無意識世界に来るんだな。あとは気を失ったり、死んだりしてもこちらに来るね」

「つまり現実に意識がないときはこちらにいると」

「そういうこと。それとこちらで死んだ場合、その人は現実に戻るというか、眠ったり気絶していたら目覚める。現実に戻る場所がない場合、戻る場所は勝手に形成される。仏教ではこれを輪廻転生と言うね。キミの名前と一緒だ」

「嬉しくないわそんなもの。で、それは人間だけに限るの?」

「いいや、植物や昆虫、動物も含まれるというか、生きとし生けるものには全て意識があるんだ。この意識のことを魂と呼んだりもする」

「そんな話聞いたことがないのだけど。作り話ならもっと上手く作ったら?」

「それは意識世界での知識でしょ? というか、無意識世界のことを知らない人たちが勝手に作り上げた理論だ」

「アナタ何様よ……」

「管理者の式だって。この世界を、宇宙を作り上げた神の息子さ」

「神ですって? アナタの父はゼウスかユピテルなの? 馬鹿げてるわ」

「文書の中の神なんて意味なんてないよ。神という言い方も、キミの世界が勝手にそういう言葉で表現しているだけだ。ボクはわかりやすく言葉を選んでいるつもりだけど」

「じゃあアナタも神なの?」

「うーん、まあ一応そういうことになるかな。というか、ボクは無意識世界を任されたただの管理者。意識世界を任された管理者もいる」

「神はアナタとアナタの兄弟を作り、二つの世界に置いたと」

「世界という入れ物を作ったのは神だけど、その世界を統治して生かすのはボクたちの仕事だ。ボクらが怠慢すると、世界は滅ぶ」

「ファンタジーね」

「キミにはそう見えるだろうね。だけどそれが、世界の真理だ。というか、キミが認める必要はないんだよ。だって、もう既に存在してしまっているのだから」

「それで、その管理者様がなんの用事なの? 私はこの世界を征服したいの。余計な時間を消費したくないんだけど」

「管理者を目の前にして世界征服って、キミもすごいね。というか、バカなのか器が大きいのか、判断が難しい」

「なんでもいい。そこをどきなさい」


 手を天にかかげ、私は変身する。そう、これがここでの私の姿。


「来たれ全能よ! 跪け世界よ! 私をあがめて、頭を垂れなさい!」


 光に包まれ、鎧を身に纏った。鎧というには防御力が低そうなのが難点か。


 肩胛骨あたりまであった髪は、大きな髪留めでたくし上げられている。身体のラインを強調するインナー。その上から胸部を守る甲冑。指の先から肘を守る小手。スカートの丈は膝までで、パンストのような薄手のパンツを穿いている。色は銀を基調とし、黒や紅のラインが入っていた。これは、私がこういう鎧が欲しいと願った結果だ。


 これこそが『リンネアーマー』である。左手には盾の『リンネシールド』を、右手には剣の『リンネセイバー』を。この二つも、鎧と同じ色合いをしていた。


 剣を薙げば、光は消える。

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