R-18な彼女はどうやら経験値が足りないようだ

米俵 好

一章

時には到せぬ夜もある

#0

 ――カチ、カチカチ


 暗い部屋の中でPCの画面だけが唯一の明かりだ。だが、それがいい。

 寧ろそうでなくてはいけない。


 何故ならば、今俺のPCの画面には所謂成人指定の恋愛アドベンチャーゲームのオープニングムービーが流れているからである。

 時間は午前一時。両親も、一つ歳下の妹も眠りに付いているだろう時間だ。

 部屋の壁は決して薄くないが、念の為に少しばかり高いヘッドホンを使用している。これで音が隣の部屋や廊下に漏れる心配はない。


 発売前から噂になっていたノリの良いオープニング曲が終わる。

 確かにエロゲとは思えぬ程に良い曲だった。

 エロゲの曲と言うだけで敬遠する者も多いが、実際に聴いてみると名曲が多い。こういうのを発掘するのも俺の楽しみの一つでもある。


『……ちゃん。おに……ちゃん。お兄ちゃん! 朝だよ起きて!』


 ストーリーは男子高校生の主人公が妹に起こされて目を覚ますシーンから始まった。

 うん、可愛い。うちの妹とは大違いだ。まず、うちの妹は起こす時に声を出して起こそうとしない。

 人を起こすのに声を出さずにどうやって起こすと言うのか。俺はあの行為を地獄妹落としと呼んでいる。


 あ、なんか鳩尾辺りが痛くなってきた。思い出すのはやめよう。


『ピンポーン』


 さらに話は進み、家に幼馴染みが迎えに来るシーンに変わる。


『けいちゃーん。一緒に学校行こ!』

『朱里。家に上がって少し待ってくれないか?』


 高校生にもなって幼馴染みの女子高生が家まで迎えに来ている時点でこの主人公は勝ち組だろうと思うのだが、まぁ、これは様式美という奴だ。

 こういった王道も悪くない。寧ろ自分が体験出来ないことだから結構好きな展開でもある。


 しかし、この幼馴染みの声優、聞かない声だな。


 エロゲの声優と言えば、結構有名な声優が声をあてていたり、逆に全く知らないような新人がいたりするわけだが、この声は後者なようだ。

 初々しい感じがまだ残るが、なかなか耳に残るいい声だ。よし、最初に攻略するのはこの娘にしよう。


 栗毛で快活な幼馴染みことおうぎ朱里あかりちゃん。

 声優は……ななまり。変な名前だな。と、そんな事を言うのは失礼か。


 とにかく攻略するヒロインは決まった。話を進めよう。


 さらにマウスを押してストーリーを進めていく。このゲームの選択肢は選択ミスでバッドエンドになりにくく、普通に攻略したいヒロイン寄りの選択肢を選び続けていたら簡単に目的のルートに入る初心者にも優しいシステムだ。

 最近のADVはシナリオも短い事が多く、やりがいは少ないが、俺のように月に何本も攻略する奴には時間短縮になって丁度良かったりする。

 要するにどっちでもいいのだ。


 順当に選択肢を選んで行き、朱里ルートに入った俺はエロシーンへと突入する。

 べ、別に楽しみになんてしてないんだからね! あくまでストーリー重視だから! エロとかおまけだから!


 …………カチカチカチカチ。


『けい……ちゃん。好き。大好き!』


 そして、ベッド・イン。


 なのだが……。


 む、むぅ。


「これは……」


 脳内にとある生命保険の会社のCMソングが流れる。


 言葉に出来ない。

 いや、新人ならばこういう事もあるのだろう。しかしである。


 完全に萎えてしまった。これでは到せない。


「ま、まぁ、あれだ。声は好きだから今後の成長に期待しよう」


 それから俺は朱里のENDだけ見て就寝した。幼馴染みだけあってテンプレではあったが、わかりやすいハッピーエンドは俺が好きな終わり方だ。

 終わったのは午前五時。今日は高校二年になって最初の始業式がある。

 後、二時間後には起きて準備をしないといけない。しかし、寝る。

 たとえ、朝、俺が悲惨な目に合うのが分かっているとしても……俺は一時の安寧を求めて布団に潜るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る