第18話 なんでケーカクを攻めるの?

「じゃあ、『ケーカク攻勢プロジェクト』の立ち上げに向けて会議をしましょう」


 一仕事終えた夕方、魔王様の部屋で、桜佳が真っ白な紙を広げた。帝国酒を嗜むときに使うテーブルとは違う、少し大きめの木製テーブルに3人で座る。


 今日からいよいよ「ケーカクを攻める準備」のプロジェクト開始に向けて動き出す。


「じゃあオーカ、攻める日程の話からだな!」

 張り切る魔王様に、彼女は「ん、まあそれもそうなんだけどね」と返す。


「まずは、プロジェクトの目的とゴールを明確に定めた方が方が良いと思うわ」

「目的とゴール? 日程や参加メンバー決めるより重要なのか?」

 俺の問いに、ペンを用意しながら微笑んで頷く。


「そうね。これからたくさんのモンスターが長い時間をかけて、このプロジェクトを推進していくことになるの。だから途中で『なんでこんなことやってるんだ?』『結局何がしたいんだっけ?』って迷いが出ないようにしたいのよね」

「なるほど、そこがブレるとプロジェクトの向かう方向も曖昧になるな……」


「でしょ? じゃあ魔王、早速聞くけど、なんでケーカク王国を攻めるの?」

 その質問を待ってましたとばかりに、魔王様が立ち上がって胸を張る。


「それは決まっているだろう。我が軍の力を近隣の国に見せつけつつ、ケーカクの皆を支配下に置くためだ!」

「んん、イマイチ弱いわね」

「え……これで弱いのか……?」

 予想外の彼女の答えに、戸惑う魔王様。


「いや、それ自体は悪くないのよ。でも、この目的とゴールは軍のみんなに発表して、全員で『この目的のために頑張ろう』って共有するものなの。だからもう少し、みんなが士気を上げられるような目的が良いのよね。目に見える実利を示して、期待感持たせたり」

「そ、そうか……」


「それに、軍の力を示すためだけなら他の国でもいいわけだし。他にないの、他の国じゃなくて、ケーカクを攻めたい理由」

「…………ううむ、言われてみると何だろう。隣の国が私の国より栄えてるのが面白くない、というのはあった気がするな」

 え、そんな子どもみたいな理由なの。


「魔王様、ケーカクでは良い食材や鉱物が取れるという話がありましたよね」

「おっ、確かにそうだったな。ありがとうリバイズ。オーカ、『ケーカク帝国にある食材や鉱物をバータリでも活用するため』でどうだろうか?」

「うん。それなら良いと思うわ。とくに食材は、部下のみんなもやる気になるでしょうね。ちなみにどんな食材があるの?」


 昨日ケーカク帝国の資料を読み返したばかりの俺が答える。

「肥沃な土地らしくてね、野菜とかは甘みがって美味しいらしい。あとは海産物だな。水温がバータリより温かいから、こっちにはいない魚や甲殻類がたくさんいるらしいぞ。どっちも酒との相性も良さそうだな」

「楽しみね! ワタシも燃えてきたわ!」


 おっ、桜佳もノってきた。酒ってキーワードを入れたのがポイントだな。俺もだんだん分かってきたぞ。



「次はゴールね。目的は決まったから、目的を達成するために何をするのか、どこまでやればいいのかってことよ」

「ふははっ、それはもちろん、ケーカクの人間を全員殲滅に決まってるだろう。なあ、リバイズ!」


「いや、そうとも限らないと思いますけど……」

「え! そうなのか!」

 きょとんとする魔王様。表情多彩だなこのお方。



「殲滅したら、作物の作り方や鉱物のある場所を教えてもらえません。それに、採集であれ加工であれ、それなりの人員が必要ですので、彼らを使う方が良いかと」

「リバイズの言う通りよ。力を見せつけた上で領土を使わせてもらう、ってことにすれば十分じゃない? この国も土地は余ってるから、向こうの領土を帝国の居住区にするってこともないだろうし」

 俺と桜佳の説得に、魔王様は「しかしなあ」と腕を組む。


「でもオーカ、帝国の王としては、やっぱり殲滅したい――」

「労力どれだけかかると思ってるのよ! 500匹で500人を殲滅するなんて、弱小国の規模でそんなことやってる余裕は無し!」

「弱小って言われた……」

 項垂うなだれて落ち込む。最近よく項垂れてる気がするなこのお方。



「じゃあ桜佳、『ケーカクの戦力を削って屈服させる』くらいでどうだ?」

「うん、リバイズの案でいきましょう」

 やった。自分の意見が通るって嬉しいな。


「でも、ゴールが1つだけだと失敗しそうになったときに『もう無理だ』って心が折れちゃうの。だから、ここまでは絶対にやるぞってう最低限のゴールを決めておくと良いわ」

「なるほど。さすがオーカ、賢いな」



 そして3人で話し合い、2段階のゴールを設定して、紙にまとめる。



「よし、今回のプロジェクトが見えてきたわね。目指すゴールは『ケーカクの戦力を削って屈服させる』、最低限のゴールは『王のいる城まで侵攻してバータリ帝国への恐怖感を与え、今後の戦いを優位に進める』 リバイズ、これでいいかしら?」

「ああ、問題ない」


「で、プロジェクトの目的は『ケーカク帝国にある肴をバータリでも食するため』と」

「食材と鉱物だよ!」

 勝手に肴に絞るな!





  

【今回のポイント】

■プロジェクトの目的とゴール

 どんな仕事でも、「なぜそれをやるのか」という目的を明確にすることは大事。それはプロジェクトの場合も一緒です。分かりやすく、且つ、参画する人にとってもメリットのある目的を設定して共有することで、やる気を醸成します。


 そして、忘れがちなのがゴールの設定。「このプロジェクトは何をやったら成功となるのか」を決めておく、ということです。ここがブレていると、皆が同じゴール地点を見据えて仕事をすることが出来なくなるので、とても重要なステップです。


 ゴール設定のポイントは、2段階のゴールを作ること。特にチャレンジングなプロジェクトの場合、ゴール達成が難しいと分かった途端に参画メンバーの士気が下がってしまうかもしれません。また、「頑張ったけど出来なかったね」という終わり方では徒労感だけが残ってしまいます。


 最低限ここまでは達成したい、というゴールも併せて設定し、苦しい状況でもモチベーションを維持できるようにしましょう。

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