第16話 課題は現場で見つかるもの

 雨で月もよく見えない夜、魔王様の部屋。魔王様とサシで、ケーカク攻勢について夢を語り合う。


「ケーカクには美味しい食べ物が多いらしいからな。勝った暁には、それを肴にして皆とさかずきを酌み交わしたいところだ」

「いいですね! 勝利記念の帝国酒も作りたいです」


「おお、それはいいな。『ケーカク王国強かったなあ』みたいな名前でな」

「もっと良い名前ありませんかね」

 そんな感想じみたヤツじゃなくて。



「お、オーカだ」

 開けっ放しの扉から、自分の部屋を出てくる姿が見え、魔王様が声をかける。


「どしたの、2人で」

 空きビンとグラスを持って部屋に入ってきた。あ、静かだと思ったら飲んでたのね。


「魔王、これもう1本飲ませて。すごく美味しい!」

「ああ、ゴブリンが醸したヤツだな」


「雑味がなくて甘めね。でも、硬い水で作ってるからか、口当たりはすごく強いの。魚のつまみなら、生より焼いた方が合わせやすそうね」

「すっかり帝国酒評論家だな……」

「そうそう、ワタシの本業だからね」

「本業はコンサルタントでは!」

 お酒は趣味に留めておいて下さい!



「オーカ、相談があってな」

 棚からビンを取り出しながら、魔王様が彼女の方を見る。


「コカトリス小隊の話、聞いたぞ。私も全員を束ねるリーダーだからな、ちゃんとリーダーらしいことをしたい。で、具体的には何をしたらいいだろうか?」

 桜佳は、「そうねえ」と視線を斜め上に移す。


「魔王は求心力はあるからね。足りないところは……うん、やっぱり現場に行くのがいいわ」

「現場?」


「そう。隊長や小隊長から報告されても、実際にその目で見ないと真の姿は見えないものよ」

「ふうむ、なるほど。よし、明日行ってみよう。リバイズ、一緒に来てくれるか?」

「もちろんです、ご一緒させて頂きます」

「よし、じゃあみんなで飲もう! こっちの帝国酒、少しクセがあるけど美味しいわよ!」

 いつの間にかグラスを3つ用意していた評論家が、歯を見せてニッと笑った。




***




「よし、いそうなところを幾つか当たってみるか」

 翌日。少しゆっくりしたいという桜佳に休んでもらい、魔王様と2人で飛びながら探す。


「あ、あそこ。イフリートがいますね」

 小隊で集まって、攻撃の陣形を組んで特訓している。近づくにつれ、彼らの熱気が体に纏わりついた。


「あ、魔王様! こんにちは」

 ぞろぞろと集まるイフリート。小隊長は、攻撃部隊隊長のアングリフと打合せ中らしい。


「お前達、さっきの陣形は前と違うんじゃないか? 小隊長からは扇形と報告受けていたが」

 魔王様の言葉に、きまり悪そうに苦笑いする小隊。


「ええ、そうなんです。小隊長からは扇形を指示されているんですけど、そうすると我々の武器であるスピードを活かした突進の攻撃スタイルには向かないんです。で、自分達がやりやすい陣形を試していました、すみません」

「そうか、そんな状況なのか」

 得意なスタイルが一番だからな、と話す魔王様に続けて、俺から質問する。


「それってさ、小隊長に直接言えないの? 話しかけづらいとか?」

 コカトリス小隊のところみたいになってるのかな。


「いえ、小隊長はちゃんと話は聞いてくれます。ただ、この陣形は昔使ってて思い入れがあるようで、変更を受け入れてもらえないんですよね……。自信もお有りだと思うんですけど、如何せん、今のメンバーは昔よりパワーがない分スピードが速いっていう傾向なので扇形だとちょっと……なんとか説得したいんですけど……」


 なるほど、昔の成功体験をそのまま引きずってる感じなんだな。


「分かった、私が小隊長に話そう。ある程度自由にお前達が陣形を組めるようにしないとな」

 魔王様の提案に、イフリート達はパアッと顔を輝かせる。


「本当ですか! ありがとうございます!」

 よし、これで少しは戦いやすくなるだろう。




***




「オーカの言う通りだな、リバイズ。現場に出ると、色んな声が聞こえる」

「そうですね。隊長や小隊長の報告と実態が違う部分もありますし」

 オークから仕事の進め方への不満を聞いた後、川沿いを2人で歩く。



 イフリートの件を解決してから半日。俺達は帝国領土を飛び回り、それぞれの小隊から話を聞いていた。


 誰もが魔王様の登場に戸惑うが、雑談を挟むことで緊張が解け、悩みや不満を話してくれるというテクニックも学んだ。



「さて、そろそろ日も暮れる。今日はこのくらいにしよう」

「そうですね、夕飯の準備も始まるかと思います」

 城に向けて飛び立とうとしたその時、近くの森の入り口付近から声が聞こえた。


「いやあ、しかし、魔王様には驚いたな」

 話題にあがってることを知ってすぐ、近くの茂みに隠れる。声の主は、さっきまで話していたオーク2匹。


「俺達の愚痴、ちゃんと聞いてくれたな」

「ちゃんと下っ端のことも見てくれてて嬉しいよ。あの人が魔王で良かった」


 言いながら、俺達の前を通り過ぎていく。



「……良かったですね、魔王様!」

「馬鹿め、リバイズ。トップが皆の意見を聞くのは当たり前だろう。ただ、そうだな」


 そして微かに、口元を緩ませる。


「……城のヤツらもストレスが溜まってるかもしれないからな。夕食後に話を聞いてみよう」

「……へへっ、お供します」


 軽快にステップを踏んで飛び立つ魔王様。

 疲れてるはずなのに、いつもより速く飛んでいる気がした。





  

【今回のポイント】

■現場でのコミュニケーションの重要性

 リーダーシップやメンバーの士気向上など、チームマネジメントの極意を解き明かそうとこれまで数々の研究が行われてきました。その結果、様々な方法論やツールや誕生しています。


 しかし、それらの素晴らしい手法をどれだけ活用したとしても、やはり部下との「現場」でのコミュニケーションは欠かせません。


 出張もあるでしょうし、組織の都合上遠隔の部下を持つこともあるでしょうから、毎日全員と顔を突き合わせるのは難しいかもしれません。


 それでも、話を聞く機会を持つ、オフィスにいるときは部下の会話に耳を傾ける、困っているようなら助言する、という姿勢が大事です。このあたりは、伴走型リーダーシップとも関連しますね。



 あの人は課長になって会議ばかりしている、現場に顔を出さなくなった、と不満を持っている部下の話は皆さんもよく耳にすることでしょう。


 大きな方針はトップダウンで決まったとしても、細かい、しかし本人にとっては困った問題というのはいつも現場で起こるもの。その点を忘れず、部下の立場に立って日々接していきましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る