対話~ポー~ あだ名付けばあさんシリーズ

 ここに定期的に通い始めて長い彼はその日、表情に不安が見て取れた。椅子に腰かけてもそのままなので、私は問いかけてみた。そういう仕事を、私はしている。

「何かありましたか?」

「あの……何と言えばいいか……」

「思った事を話してみて下さい。ゆっくりで大丈夫ですから」

「自分、音楽初めて、続けて、それで発散出来てると思えてたんす。それまで冴えなかった人生に光差し込む、俺振り仰ぐ、エブリバディ見てる、俺リスペクトするみたいな」

「ふむふむ」

「そうか、先生はラップは出来ないんでしたね。すいません」

「いえ、お気になさらず」

「とにかく、薬物とかにも手を出さず、俺突っ走る、世界回り続ける、ふと立ち止まる、世界続いてくみたいな」

「ふむふむ」

 エ〇ネムさんの真似はクラブや家でやって欲しい。

「すいません。とにかく、うつ病になってから一向に歌詞が降って来ないんす。キックが足りねえっていうか、上手くリリックを刻めなくて、そればかりか、彼女が浮気してるのを目撃して激しくダウナー入ってる感じです」

「確か、その時、彼女さんにお電話をされてみようと突然思い、かけてみられたら、おうちにおられたんでしたね」

「そうなんす。試しに浮気してる彼女に声をかけてみたら、目の前にいたのに俺の頭がぼんやりして、見失っちゃって」

「その時も、電話をしてみたら彼女さんはおうちにいた」

「はい。そこからあいつの家までは少なくとも電車で30分はかかるんです。それで、何だかあいつとも話がこじれて上手く行かなくなっちゃって」

「なるほど……今出来る手段として、頓服とんぷく(不安抑制)のお薬を、少し強いものにしましょうか?」

「すいません、それでお願い出来ますか?」

「いいですよ。それで少し、様子を見ましょう。

 何かまた変わった事があったら、すぐにお電話を下さい。昼間なら出られます」

 その後、二言三言、言葉を交わし、今回のラッパーの診察は終わった。




 数日後、彼はどこから入手したのか、自宅で拳銃を口にくわえて引き金を引き、後頭部を吹き飛ばして死んだ。警察から、彼のかかりつけの医師という事で事情聴取を受けたが、話の途中で聞いた近隣住民の証言によれば、彼はどうやら、引き金を引く直前にも

『あいつは浮気なんかしてない!』

と叫んだのだという。

 私は刑事に、診察の時にも彼女の幻覚をしばしば見てしまう事、その時に彼女に連絡すると、ほぼ確実に家にいると話していた事を打ち明けた。

 私にはアリバイがあったので、

『また何かご質問をさせて頂く事があるかもしれませんが』

と、お決まりの挨拶をされ、帰る事が出来た。




 それから何日後だろうか。私の好きなキャラクターが、街で別の男性に腰を抱かれて歩いているのを目撃した。コスプレかもしれないが、そんなものにぐらつく私ではない。そもそも私は二次元至上主義。好きなキャラクターが幸せになったり、そのコスプレをしている子が幸せになって、何がまずいものだろうか。

 だが、とてももやもやする。胸が引き裂かれそうな辛さが脳を、心を苛む。

……もしや、彼を悩ませていたのも、この状態なのだろうか。

 これから断続的にこの様な現象が発生し、私を苦しめるのだろうか。

 そして私を追い詰め、やがては彼の様に―



 私は実家の祖母に電話をかけ、その事を話した。

 電話の向こうからゲームの音が聞こえて来る。多分、最新機種で遊んでいるのだろう。最近は珍しくない、PCや携帯などにも詳しい老人なのだ。ボケ防止にはいいだろうと思う。

 さておき、祖母は一通り私の話を聞いて、こう言った。

「まーんずまんず、そりゃあ『ウィリアム・ウィルスンシンドロームマン』だもい」

「エドガー・〇ラン・ポー!?」

「んだのさ。おめえの患者さんや、おめえを、そういう辛さで苦しめて今日は楽しもうつう気持ちが、そういう風になって、おめぇ達にとっつくのよ。で、そっくりさんさ出すて、そういう悪さするっちゅうこっちゃなあ。

 それぬすても、弱ってる人を死なせるたぁ……患者さんはあわれなこっちゃもい」

「わっす、どすればいいのさ、ばさま!」

「だーれ(どれどれ)、今度そういう事が起こったらばさ、桑田佳〇の歌い回しで、SAD〇の『忘〇の空』さ繰り返し熱唱すてみればいいっさ。言葉に出さねえでも、心の中で歌い切ればいいっさ。ただ、桑田佳〇の歌い回しで清〇の曲を歌うっつうのを、これは絶対に忘れてはなんね。

 すっと、相手はそのまさかのマッスアップに仰天すて、音楽性のつがいから、解散の流れに至ってすまうんだ。それでそいつを生み出すていた奴もボン!

という訳なんだもい」

 バンドかよ、と思ったが、古今東西の目を見張る様な怪奇現象や珍しい出来事にも造詣が深い祖母の事だ、これにも守らざるを得ない重要な役割があるに相違ない。

 故に私はあえて理由は問わなかった。実践あるのみだ。

 唸れ、私の自慢ののど!

「……あんがとう、ばさま! おら、試してみっど!!」


 私は祖母に言われた通り、その方法を試してみた。

 繰り返している内に、果たして好きなキャラクターのそっくりさんは消え、出て来る事はなくなった。


 しばらくして、同級生が亡くなったという知らせが入った。

 学生時代、私を真似て、その上でマウンティングを図ろうと接近して来た、粘着質な男だった。

 祖母の言っていた事が一部当てはまるとしたら、どうも奴は自分同士で解散を図ったのか、頭のてっぺんからいきなり裂けて、診断した上では出血多量でショック死したのだという。

 私に『ウィリアム・ウィルスンシンドロームマン』を送り込んだのはもしかしたら、こいつだったのかもしれない。


「大人になっても真似ばかりしていたのか……芸人にでもなればいいものを、いい年ぶっこいて……」

 私は自分の部屋で、誰に言うともなく、そう呟き、身を震わせた。

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