回送
回送のバスが行ってしまうのを見送った私は、仕方なくその寂しい雰囲気のバス停を後にした。
嫁ぎ先の娘の家からもう少し早く出れば良かった。
家まで数キロの道のりをとぼとぼ歩くしかないのかと思うと、正直うんざりする。終電はとうに無くなり、タクシーに乗る様なお大尽な真似はとても出来ない。
(そうだ、途中のコンビニでビールでも買って……)
それを飲みながら帰れば、それほど遠さを気にせずに家に到着するだろう。
私は暗い夜道の向こうに見えるコンビニの明かりを見て、そこへ歩みを進めた。
「いらっしゃいませ」
椅子に座り、雑誌から顔を上げた店員が私を見て顔を強張らせた。
変なものを見る様な目つきだ。私の顔に何か付いているだろうか。
「何か?」
「いえ」
それでも店員は私から視線を外す事が出来ない様子である。まあいい。
私はビールのラックから良く飲む奴を一本取り出し、つまみの棚を眺めると適当に2、3品手に取り、レジへと向かった。
「うっ……」
店員が小声でうめくのを確かに聞いた。
一体どうしたと言うのか。
「君、さっきから落ち着かない様だが、どうかしたのかね」
「いえ、すみません。どうぞ」
……一種の諦めを含んだ声。
私は買い物カゴをカウンターに置き、財布を取り出しながら清算が終わるのを待った。
「○○円です」
店員の声に私は1000円札を取り出してカウンターに置こうと姿勢を傾けた。
ずるり……べちゃっ。
「わああああっ!」
カウンターに落ちたものを目撃するや否や、店員が後ろに飛び退いて尻餅をついた。
私とした事がうっかりかぶりものを落としてしまった。まあ、血で濡れているから無理もないだろう。手に入れたばかりだからまだ暖かい。
その温もりが私の心を癒した。
私はカウンターに落とした、愛する娘の頭部の皮膚を拾い上げると、再びしっかりとかぶり、カウンターの向こうで慌てふためいている店員にこう告げた。
「おつりは?」
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