第20話 再び屋敷へ
シュトレ達を見送ったヴィーダは、ファインと合流し、街中に散らばる悪魔達の討伐を続けていた。
数こそ多かったが、暫くすると悪魔達が増えることがなくなり、徐々に数を減らしていく。
「これで――――終わりだ」
向かってきた最後の悪魔を斬り捨てたヴィーダは、木造の屋根に着地すると、周辺を見渡す。
壊れた建造物が広がる無人の街。悪魔の姿は消えたが、ゴーストタウンと化した街は平穏とは程遠い。視界の端々に赤い点が映りこむ度、余計に感じ入る。
だが、これで終わりではない。最悪、ここは街だったという痕跡さえ消えてしまう可能性があるのだから。
ヴィーダが、少しばかり物思いに耽っていると、同じように悪魔を斬り伏せたファインが、屋根を伝って近付いてきた。
「これで終わりのようね。少し、楽しかったわ」
「そうかよ」
興味なしとばかりに素っ気なく返すが、ファインは気にした様子もなく笑みを浮かべ楽し気だ。
今回の事件の一因を担っているファインが一番得をしているというのは、なんとも腹立たしい。どこかで痛い目をみないものかと、ヴィーダは半眼で睨みつける。無論、効果なぞないが。
「ふふ。これで事件解決にして、帰る?」
「分かっているくせに白々しい。そんなわけにいくか。本命があるだろうが。そうじゃなきゃ、誰が好き好んでお前みたいな狂人と手を組むか」
ヴィーダの返答を訊くと、ファインの唇がニイィッと吊り上がる。
「ええ、そうよね。私も、これで終わりだなんて言われたら、退屈で仕方ないもの。たかだか、こんなことの為にゼーレ卿に手を貸したわけではないわ」
「……本当に、お前を斬れないのは悔しくてたまらないな」
反省の色の見えない快楽主義者から視線を外し、ヴィーダは今回の事件の発生源である屋敷を睥睨する。
「どうにかなるといいが、な」
――
ゼーレ卿の屋敷へと訪れたヴィーダとファイン。
エントランスホールへと辿り着いたヴィーダは、肌で感じる異様な空気に端正な顔を歪める。
「気味の悪い魔力が漂ってやがる。前と同じ屋敷とは思えないな。それに……胸糞悪い」
この場所でファインに殺されたはずの騎士団の死体がなくなっている。それだけならまだしも、絨毯に飛び散っていた血痕までも消えている状況に、舌打ちを一つ。
「随分、悪趣味な悪食がいるようだ」
「いいではないの。血の痕跡すら残さないなんて、綺麗になっていいわよね?」
人の死をなんとも思わない無神経な物言いに、意識せず刀に手が伸びる。
「ここでお前を殺せば、痕跡も残らず後始末が楽だな?」
後先なぞ考えず、殺してやろうかと赤い瞳に剣呑な光が帯びるが、ファインは変わらず態度を崩さない。そんなヴィーダの反応こそが面白いといいたげに。
「別に私は構わないわよ? ここでヴィーダくんと戦うのは、それはそれで楽しいそうだもの。けれど、貴方はそれでいいのかしらね? なんのために、手を借りたくもない私と組んでいるのか、考えなくともヴィーダくんは理解しているもの」
まるで、相手の全てを見通すような血に濡れた瞳。
笑顔を描く瞳は、如実に語っている。手を出せるはずがない、と。
こちらを挑発する態度に血管が切れそうになるが、ファインの言葉に間違いはない。
苛立たし気に柄から手を放すと、額を抑えて先頭へとファインを促す。
「分かってるなら早く行け。ゼーレとかいう糞貴族を殺して、終いだ」
「ふふ、理性的。素敵よ?」
「抜かせ。どうせいる場所は分かってるんだろう? 先導しろ」
「ええ。案内してあげるわ。しっかり付いてきてね、ヴィーダくん?」
「…………酷く、付いて行きたくなくなった」
足取り軽いファインとは対照的に重い足取りのヴィーダだが、先導する彼女の後を歩く姿に隙はなく、注意深く辺りを見回している。
屋敷の奥へ。赤い絨毯が敷かれた廊下を歩き続ける。
一歩進むごとに、魔力が濃くなっていく。元凶へと近付いている証拠だ。
「魔力が大分濃くなってきたか。儀式はほぼ完了しているようだな」
「そうでなければ、貴方に手を貸したりはしないわ。だって、邪魔されたらつまらないもの。けれど、随分と落ち着いているわね? まさか、これから起こる事態を理解していないわけではないでしょう?」
興味本位といったような問い。
答える義理もないが、意地を張って口を閉ざす程でもない。
周囲を警戒しつつ、適当に会話に乗っておく。
「別段、焦っても意味はないからな。今回の依頼を受けた時点で、こうなることも想定していた。儀式の完了前だろうが、一日二日程度の差で止められるようなものではない。儀式が一定以上進んだら、どうしようもないんだよ」
「それは、術者を殺したり、儀式場を破壊しても?」
振り向いたファインに向けて、肩をすくめる。
「悪魔の召喚という目的は失敗しても、儀式に使用していた大量の魔力まではどうしようもない。悪魔召喚という指向性を失った魔力がどうなるかなぞ、想像に難くない。最低限、ここら一帯は人の住めない魔物の巣窟となるだろうな。悪魔が召喚されるのとどっちがマシ、なんてわかるものか」
だから、焦っても結果は変わらない、と。
ヴィーダの説明にファインは頷き、一定の理解を示す一方、つついてみたい点を見付けたらしい。その表情は好奇心に溢れた幼い子供のようだ。
本当にこいつは人の気持ちを察しようとしないな、と彼女の無神経な態度に怒りを通り越して半ば呆れる。
「初めから気になっていたのだけど、随分と悪魔について詳しいのね? 街を襲った翼の生えた人型の悪魔にも驚いていなかったようだし、以前にも悪魔と戦ったことがあるのかしら?」
問われ、頭の中に師匠の顔を思い浮かべるが、直ぐに霧散させる。これ以上の苛立つ要因が増えるのは、精神上宜しくないと。
「さあな」
答える気はなく、適当にあしらい黙々と先へと歩を進める。
そんなヴィーダの態度も不快ではないのか、ファインは気分を害した様子もない。
以降、言葉を交わすことなく歩いていると、ファインが不意に足を止める。
目の前には、背の丈以上の大きな扉。目的の場所へと到着した、ということか。
「ここが、悪魔召喚の儀式を執り行っている大広間になるわ。
――貴方に、進む勇気があるかしら?」
生と死の狭間の問い。
笑みを殺し、ファインが問う姿は死神にも似ていた。これから先に踏み入れれば、逃げることは敵わないぞ、と。
首に鎌を添えられたような錯覚を覚えるが、ヴィーダは鼻を一つ鳴らし、躊躇なく扉に手を掛け開く。
「愚問だろうが」
鈍い音を響かせながら、扉を開ききった瞬間、大量の魔力が体を通過する。それを、鬱陶しそうに受け流しながら、ファインと共に室内へと歩いていく。
鏡のように反射する白と黒の床に、見上げねばならない程背の高い天井。大きな広間は、本来客を招いてパーティーなどを行う場所なのだろうが、そのように豪奢な趣は存在しない。
床の至る場所に燭台が設置され、蝋燭の微かな明かりが室内を灯す。
広間の中央には、複雑な文様が幾重にも施された魔法陣が描かれ、この場所が悪魔を呼ぶための儀式場であることを示唆している。
そして、魔法陣の中心には、黒の書物を手にした男が一人。
今回の事件を起こした主犯であるアンファング伯ゼーレ家当主ナール・ゼーレだった。
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