第14話 ファイン・レッチェルとの共闘
「――死ね」
ファインが声を掛けてきた瞬間、ヴィーダの身体は動いていた。
地面、壁を駆け、ファインと同じ屋根に足を付けた後は、一足。彼女の眼前へと迫り、横薙ぎ。
研ぎ澄まされた一撃ながら、ファインも予想していたのだろう。後ろに下がり難なく躱してみせる。
「いきなりご挨拶ね」
「舐めてるのか? 斬らない理由がないだろうが」
敵対し、別れてから一日も絶っていない。というのに、今度は手を貸すと言われて誰が信用するというのか。
なにより、ファインが騎士達を殺し尽くしたのは変えようない事実。どういったところで目の前の女は敵でしかない。
だというのに、まるで彼女はこちらがその提案を受けるという自信でもあるのか、剣も構えず終始穏やかだ。
「悪魔の対処が追い付いていないから、手を貸してあげるというのは、斬らない理由になるわよね?」
「どの面下げて言ってんだお前?」
そもそも、この状況を作った一因は間違いなくファインにもある。なにより、この状況こそを望んでいただろうと、ヴィーダは考えていた。
最終的な目的は知れないが、悪魔の召喚に手を貸していたことは間違いないのだから。
今度こそ殺してやると、殺意を滾らせたが、思いもしなかった相手に止められた。
「ヴィーダ君。ここは抑えて下さい」
ヴィーダを追い掛けてきた燈凛が、彼の肩に手を置き力を込める。
まさか止められると思っておらず、ファインから目を離さないようにしつつも、燈凛に抗議する。
「っ。おい。何故止めた」
「ここで彼女と戦っている時間はありません。ヴィーダ君が彼女に時間を取られた分だけ、悪魔による被害が広がります。分かっていますよね?」
言われ、頭に血が上っていたことを自覚する。
燈凛の言う通り、このままファインと戦えば、悪魔を止められる戦力はなく、街への被害は広がる一方だ。最悪、全滅もありえる。
だからと言って、ファインを信用できるかと言えば、否であり、放置するのも怖い。
悪魔との戦闘中に横やりを入れられるなぞ、堪ったものではない。
どういう立場であろうが、厄介な奴だと、狂言回し染みた立ち回りに嫌気が差す。
不意に肩に掛かっていた力が抜けると、燈凛が前に躍り出る。
「ファイン様。手を貸して頂けるというのは、事実でしょうか?」
「ええ、もちろん。私の目的は半ば達成できたし、ゼーレ卿に義理立てする理由もないもの。それに、今はヴィーダくんに興味があるから」
怪しく目を細め、ファインは艶やかな下唇を軽く舐める。
新しい玩具を見付けた、子供にも似た瞳。
黒衣のドレスが映える美女に見初められたならば、気を良くする者もいるのだろう。例え、それが死を告げる死神であったとしても。
けれど、ヴィーダにとってファインから向けられる感情は、負の感情しか生まない。
「怖気がするようなことを口に出すな」
「ふふ。そういった小生意気な態度も、好ましい理由の一つよ」
心底楽しいと物語る表情に、ヴィーダは押し黙る。いくら反論したところで、相手を楽しませるだけだと理解したからだ。
にしても、と。
どうしてこう悪態を付いているのに、どいつもこいつも「それがいい」と好感度が上がるのか、ヴィーダは不思議でならない。
ファインだけでなく、燈凛やこれまであった女性(特に年上)は、悪態を付いても何故か必要に絡んでくるのだ。それも嬉しそうに。
罵倒されて一体何が嬉しいのか分からないヴィーダとしては、女心というのが一切理解不能だ。総じて被虐体質なのか、と考えるのがやっとである。
燈凛は、ファインの返答に一つ頷いみせる。
「かしこまりました。……ヴィーダ君。先のことを考えれば、彼女を味方に付けられるのは大きいです。もともと、一人でどうにかなるとは思っていませんよね?」
「む。それは、そうだが……」
感情ではなく、理詰めで攻められては口を閉ざすしかない。
街を襲っている悪魔達は、凶悪とはいえ下級なのだ。こんなものは余波でしかなく、本命はまだ出てきていないはずだ。
これがヴィーダの勘違いならいいが、ほぼ間違いないと見ている。
どのようなものが出てくるかは分からないが、本命相手にヴィーダ一人でどうにかなるとは考えていない。
燈凛はゆっくりと、ヴィーダを諭すように話し掛ける。
「心情的に協力をしたくないのは、私も一緒です。けれど、ここは抑えて頂けませんか? 例え、ヴィーダ君とファイン様が協力しても、どうにかなるかはわからないのですから」
「………………」
燈凛の言いたいことは理解できる。どういう腹積もりであれ、協力できるのであれば、戦力的に心強いのは確かだ。
だが、納得はできない。
自身の悦楽がために、平気で人を殺す狂人と一緒に戦うなぞ、考えたくもない。背中を斬られる可能性も高い。
しかし、ヴィーダの感情は逃げ惑う人々には関係のないことで、選ぶべきは彼らを一人でも多く助けられる可能性の高いほうでなくてはならない。
腹立たしい状況だ。なにより、自身の力の無さが一番苛立つ。
昔からそうだった。自身の無力故に、心情を曲げなくてはならない状況を生む。だからこそ、強くなろうとしてきたのに、なんら変わっていないとは、あまりにも情けない。
変わらず弱い自身を嘆くが、それら感情を抑え、決定する。
「燈凛。行け。ここは俺とこいつでどうにかする。お前はお前で、やることをやれ」
「……ありがとう。それと、ごめんなさい。このようなことを言っておいて都合が良いと思うかもしれませんが、なにより貴方の命を優先して下さい。無茶はしないように、お願いします」
憂いを帯びた表情を浮かべ、彼女はヴィーダへと振り返ると、思い切り抱きしめてくる。
燈凛の柔らかな体の感触に、鼻孔をくすぐる彼女独特の甘い香り。
「死なん。絶対にだ。例え、腕が潰されようが、足が斬られようが、意地汚く生き残ってみせる」
「――なら、安心です」
ヴィーダの言葉に安堵したのか、今一度、背に回した腕に彼女は力を込める。
一頻り抱きしめると、燈凛はヴィーダの横を通り過ぎて、ミュンツェ達の元へ戻っていく。
一連のやり取りを見ていたファインは、やはり楽し気だ。
「愛されているのね」
「お前の想像する下世話なものではないぞ」
一歩、一歩、ファインへと近付いていく。そして、彼女を一刀にて斬り伏せられる距離まで近付き――あっさりと彼女の脇を通り抜ける。
「納得も、信用もできない。だが、それでもお前が味方すれば、救われる命もある。不本意極まりないが、今回は燈凛の顔を立てて目を瞑る。だが――二度目はない」
「その時は、また敵同士ということね?」
「馬鹿が。今も関係に変わりはない」
手を貸してもらうからといって味方だ、と考えられるほど、ヴィーダは柔軟ではない。必要に迫られれば敵とも手を組むなど、燈凛がいなければ選択肢にすら上げなかった。
だが、こうなってしまった以上、背を任せるのなら聞いておかなければならないこともある。
「一つ、聞いておく。お前は、多くが望むのであれば、死を選ぶか?」
真っ直ぐにファインの目を見つめて問う。
最初こそ彼女の目には疑問が浮かんでいたが、ヴィーダの眼差しに真剣なものを見てか、表情を引き締めた。
常に浮かべていた笑みすら引っ込め、ヴィーダの真意を測ろうとするように、目を逸らさない。
そして、はっきりと、答える。
「死なないわ。例えどれだけの多くの人達が私の死を望もうとも、絶対に私から死を選ぶことはない。世界が滅ぼうとも、私はなにより自身の命のほうが大切よ」
正に我を貫く彼女らしい答えであった。
狂人らしい、自分勝手な生き様だ。世界と自身を天秤に賭けてなお、自身の命を取るとは見上げた自分勝手さだ。
人によっては罵倒を禁じ得ない答えだろう。
だが、ヴィーダにとっては違う。彼はファインのことが嫌いだが、この回答に関してのみ、大いに共感を覚えた。
「そうか。そうか。世界と比べてもなお、自身の命を取るか。なるほど、その点に関してだけは、認めてやる――ファイン」
最後に、彼女の名を零し、ヴィーダは悪魔の群れへと突撃する。
一人、残されたファインは、飛び去る彼の背を見て思わず笑う。それは、悦楽とも違う、ファインが浮かべるには珍しい、穏やかな微笑み。
「ふふ。やはり面白いわね、ヴィーダくんは。それに、人をやる気にさせるのがお上手なようで」
魔法によって生み出した二本の剣を両手に持ち、ファインは機嫌良くヴィーダの後を追い掛ける。
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