きっといつか、幸せになれる。

水篠 皐月

それはいつかのさくらの思い出

私がはじめて書いた小説です。

一時期他サイトでも書いていました。

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ー遠い日のさくらとー


「ねぇりっくん!知ってる?」

この言葉はきっともう聴けない。


あの暖かい日差しに居るような心地良さの声もきっと。


僕があんなことしなければ、聴けたかもしれないけど。


それは5年前の4月。

桜舞う出逢いの季節に起きた


その日もさくちゃんと僕は遊んでいた。


「さくちゃん、危ないよ!」

「大丈夫だよ!ほら、りっくんもおいでよ!」

「さくちゃんダメだよ!怒られちゃうよ」

「怒られてもいいの!ねぇりっくん、知ってる?ここは桜がとっても綺麗に見える場所なのよ!」

「へぇ…知らなかった。ありがとうさくちゃん、でも降りておいでよ!」

「もう、りっくんはお母さんみたいだなぁ…」

「う、うるさい!」

「わかったわかった、降りるって」


こんなたわいもないやり取りしてただ普通の毎日を過ごしていた。


次の瞬間、強い風が吹いた。

それと同時に、僕の帽子が運悪く桜の花弁と一緒にひらりひらりと道路へ飛んでいってしまった。


信号は点滅し、取りに行くのはもう難しいと思い、帽子を諦めかけた瞬間僕の視界にはひらりひらりと舞う桜の間を駆け抜けるさくちゃんの姿が目に入った。


さくちゃんが帽子を掴んだ瞬間、車に跳ねられ桜と共に宙を舞ったことも、しっかりと目に焼きついた。


正直そこからの記憶はもう無い。

きっとショックで何も出来なかったんだろうと思う。


「ねぇさくちゃん、知ってる?君が事故にあってもう5年なんだよ、速いよね。」


あの日、僕が帽子をかぶっていなかったら、風が吹かなければ、今こうしてさくちゃんが病室で眠り続けることも無かったのかな?


「ねぇさくちゃん、早く起きてよ、また僕のこと、りっくんって笑顔で呼んでよ……」

きっと返事は来ないけど、今日もまたそう君に話しかける。




ー僕の知らない、はじめましてのさくらー



あれから数年後、さくちゃんは目を覚ました。


「ずいぶんと長い夢だった。それと、貴方、誰?」


まさか、僕を覚えていないのだろうか。

医師は記憶喪失の可能性は無いと言っていたのに。


「僕?」

「そう。貴方。」

「僕は、柿原律月。桜井茉奈、貴女の親友です。」

泣きそうになりながら必死に答えた。


「そうなの。私、記憶が無いみたい。私の事、いろいろ教えてくれないかしら!」

やっぱり、記憶喪失だったのか、わかったとはいえ辛い。この気持ちは変わらない。

「……っ、わかった、さくちゃん、いろいろ教えるね」

「ええ、よろしく!」


ああ、なんて日なんだ。

目が覚めたと思ったら僕のこと覚えていないようだし、すべて忘れてしまっているようだ。

生きてきてこんなに辛い日はあっただろうか?

きっとさくちゃんが眠ってしまった日以来だと思い、さらにつらくなっていった。





ーしあわせってくるしいんだねー


「ねぇ、りっくん聞いて」

「私、全部思い出したの」

「ほんとに?」

「ほんとに。りっくんとの楽しかった思い出と、思い出したく無かった事も」


私、実は病気にかかってて、もう長くは生きられないの。


二人だけの空間に響いたその声は唐突だった。かつ、薄々気がついていた事実を確信させるものだった。


「さくちゃんは本当に不幸と幸福を同じタイミングで贈ってくるね」

「実は、重い病気にかかってること、薄々気がついていた」


この数日間と、記憶を失う前、どことなく体調が悪そうだった。

僕はさくちゃんに言われなくても何か病気をしていてそれが重いものだと薄々分かっていた。


「流石私の幼馴染み。何でも分かっちゃうね!」

「そりゃあずーっと一緒だったからね」


こんな会話できるのもあと少しだと思うと本当に辛くなってくる


「_さくちゃん、ごめんね。いっつも君ばっかり不幸だ。」

「りっくん、そんな事言わないでよ。不幸になった私の傍にずっといてくれるの、貴方だけよ?」


ああ、この子はどうしてこんなに優しいのに、天に愛されていないんだ。

僕にはそれが、不思議で堪らなかった。


「僕、決めた。さくちゃんが居なくなるまで、ずっと幸せだって思わせてあげるよ」

「それは嬉しい。よろしくね?」


さくちゃん、絶対幸せにさせるから、どうか僕の隣に長く、永く居てね。




ー散ってくさくらと僕の世界はー


さくちゃんが僕に病気のことを伝えてくれてから半年。

今日は桜が舞う、さくちゃんが事故にあったあの日のような天気だった。

あれから何枚も写真を撮ったし、思い出を作った。

ただ、さくちゃんが幸せになると比例して、病気も重くなっていった。


「_りっくん…私、やっぱり幸せになっちゃいけなかったのか、なぁ…」

「そんなことないよ。幸せになっちゃいけない人間なんて居ないさ。」


僕はもうここで悟った。

きっと今日、さくちゃんが生きる最期の日になることを。


「わ、たし、りっくんに、会えて……ほんとに、よかった…」

「こんど、りっくんが、幸せになる為に、私のこと、忘れてね…」

君は笑顔でそう言った。

「それはできないよ。」

「どうして…?」

「最期の僕の主張。聞いてください。」


_桜井茉奈さん、僕は貴女のことを愛しています。

貴女が居なくなっても、貴女を僕の恋人として、必ず忘れません。


僕の最後の主張だった。最期の、最期


_私、桜井茉奈も、貴方のことを愛しています。

どうか、わすれな、い、で……


その直後、病室に響き渡る聴きたくない音。

僕は泣き叫んだ。もう冷たくなってしまった彼女の手を握り、泣き叫んだ。


_絶対に、忘れないから。

永遠に、愛しています。


僕の最初で最期の愛しい人。ありがとう。少し先に幸せになって待っててね。

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