第20話 墓場
「あそこがパパが眠ってる場所らしいわ」
「……良く知ってるわね」
「ママと毎年お墓参りにきてたから。まあ、今年はママが事故で死んじゃったから来られなかったんだけど」
「そう」
「うん」
そこから先を考えようとして、目線が沈みかけたフランだったがアンルティーファの声に顔を上げる。町の外れでアンルティーファが指を指した先には、一面に芝生の植えられた小高い丘があった。そこには等間隔に並べられた石碑。そのうちのどれかがアンルティーファの父の墓であるらしかった。空元気のようにわざと明るい声でしゃべりかけてきたアンルティーファだが、それっきり黙り込んでしまい2人の間になんとなく沈黙が落ちる。それはけして嫌な沈黙ではなかった。
墓場と街をわける雑木林をからからと踏み固められた土の道を車輪が回る音だけがすることしばし。
ウェルディの街中は阿鼻叫喚の嵐だった。なにせ白金の髪のエルフがいる。それだけで人間たちは嫌悪や驚きをあらわにした。ついでに休日だったのが悪かったのだろう、道行く人間の中にはアンルティーファに石を投げようとする野蛮な子どももいて。それはまだ暗証番号を教えてもらっていないフランがにらみをきかすことで無力化したが。
まさかアンルティーファもここまでの騒ぎになるとは思っていなかったらしく、行く先々の宿でフランを怯えた目で見る宿主に宿泊を断られた。仕方なく、来た方向に逆戻りし。雑木林のちょっと拓けた場所に来た頃にはもうすっかり日も暮れていた。いまから新しい宿を探している時間もないし結局、今日もそこで野宿することが決まった。
フランのせいで宿に泊まれないというのに、そのことには全く触れずにアンルティーファは笑った。薪で火をおこし野菜のスープとビスケット、樽の中から水を持ってきてフランに手渡し。食事を終え2人分のなめし革の敷物を敷き、冬用の毛布を体に巻き付けているアンルティーファに、暗証番号はまだか、なんて言えなかった。なぜかわからないけれど、そのことを口に出そうとするたびに舌がもつれてうまく言葉が話せなかった。
10年だ。フランが奴隷として首輪をはめられ、商品として店頭に並んで10年。いまさら解放される日が1日延びようが2日延びようがどうでもよかった。必ず自由にしてくれるなら、それでよかったから。そう思って、自嘲気に笑う。アンルティーファが確実にフランを自由にしてくれる確証などないのに。すーすーと目の前で静かな寝息を立てて寝ているアンルティーファを眺めてから8つめの鐘を聞きながら見上げた夜空は、地上近くまで迫っているように感じるほどに見事な満月だった。
ふと目が覚めた。ごーんごーんと遠くの方で1つ目の鐘が鳴っていた。結局3時間くらいしか眠れなかったわねと思いつつフランは違和感にもう一度閉じかけたまぶたを持ち上げる。
寝る前まで隣にいたはずのアンルティーファがいなかった。
用を足しに行ったのかと思ったが、それにしてはなめし革の敷物が冷たすぎる。朝焼けに燃える空の光で身を起こすと。アンルティーファが寝ていたところに1枚の紙がおかれていることに気付く。それは不器用な、ミミズがのたくったような汚い字で文が書かれていた。
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