第19話 関所

 リールレント王国の首都・ウェルディには4つの関所がある。東西南北の4カ所だ。それは盗賊や盗人、野獣を中に入れないために設けられたもの。しかしその中でも北側を利用するものは少なく、冬である現在は旅人もいなくもっと少なかった。その理由は至極簡単なものである。そこはクローフィ街道と呼ばれ、盗賊や野獣が多く住んでいるからだ。それに襲われないように迂回してウェルディに入るには南口から入るしかない。

 あと数時間もすれば日が暮れると言ったところで、1台の箱型馬車が遠くから駆けてくるのが砂埃が上がっているおかげで遠目に見えた。20分ほどすれば関所の中に入るといったところで、関所の中に詰めていた人々は腰を抜かしたり驚きと嫌悪に顔を歪めたりしていた。なぜなら、その箱型馬車の御者台にいたのは白金の髪を持つ上質な容姿のエルフと10歳にもなっていないように見える子どもだけだったからだ。別に子どもを嫌悪したわけではない、エルフに向かっての顔だ。

 そして、ここが北の関所であることに気付いてまた顔が驚きに染まる。なぜならここの関所を使うということは、レーメの森を抜けクローフィ街道を突き抜けてきたということで。幼い少女たった1人と1匹のエルフでしかも愛玩奴隷との旅なんて自殺行為にも等しいというのに。それを成し遂げたことに驚愕を隠せなかった。




「見えたわ! フラン、あそこが関所よ!」

「もうずっと前から見えてたわよ」

「フランは目がいいのねぇ」

「エルフならこれくらい当然だわ」


 ふんっとつまらなそうに鼻を鳴らして、50ホール先に見える関所に向かって視線をやる。アンルティーファはともかくとして、あきらかにこちらを歓迎していない雰囲気の関所に。フランの口角がつりあがる。大嫌いな人間の嫌そうな顔が見れるなんて最高である。そんな、急ににやにやし始めたフランを不思議そうに見て、アンルティーファは馬に鞭をやって速度を上げる。これから町の中に入って本日の宿を探さなくてはならないのである。あと数時間もすれば夕方になってしまうことは太陽の位置から確認できるため、予断は許されない。

 やがて箱型馬車が関所についた時、立ちはだかる金と赤の制服を着た王国騎士団の衛兵たち2人に止められた。長い槍で×印を描くように互いの槍を交差させている。手綱を操り、アンルティーファは馬車を止めた。


「名前と出身、何の目的でウェルディに来たのかを答え、また身分を証明できるものを出せ」


 年若い衛兵の上から目線の言い草に怒りもせずに、アンルティーファはとんとんっと御者台から身軽に降りて。槍を縦に持ち近寄ってきた衛兵の方をまっすぐ見上げながら告げた。


「名前はアンルティーファ・ヴェルトフォード、出身は旅人でしたので不詳。母の遺骨を届けるために参りました。身分証明はこれでいかがですか?」


 幼い外見に反しての立派な口上に、衛兵たちが毒気を抜かれたように呆けた。そして、身分証明としてアンルティーファがポケットから差し出したのは銀貨くらいの大きさの、5角形。7色に輝くオパールに月桂樹と王冠、剣が描かれたバッジ。細かい細工されたそれは王家の紋章だった。さらにコッコの卵に似た果実が彫られたそれは。切絵師しかもちえない、特別なバッジだった。

 一方、威圧的ではない方の壮年の衛兵はアンルティーファを見たことがあった。今年の初めの日、いまも食べられず聖堂に飾られるほどに美しい切絵を作って見せた、10代の最年少天才切絵師の名前は――。


「アンルティーファ・ヴェルトフォード……」

「はい?」

「いや……。そうか、母の遺骨を届けに。母も同じ切絵師だったな。それは大儀だ、通ってよし」

「ちょ、いいんですか!? これ偽造の可能性も!」

「黙れ、今年の王家主催の切絵品評会を観に行かなかったのか」

「は? 観に行きましたけど今年はすごかっ……た。あ、あ! あの時の子かぁ!」

「じゃあ失礼しますね」


 深々と頭を下げて、アンルティーファはまた御者台にのり込む。

 フランの隣に座れば、横にいるフランが驚いたようにアンルティーファを見つめているのがわかった。その視線まっすぐさに、照れたようにアンルティーファは笑った。まるで悪戯がばれてしまった子どものようにぺろりと舌を出して。馬に鞭を打って、関所を抜ける。


「お前、切絵師だったの?」

「うん。今年なったばかりの新米だけどね」

「……切絵師になった者を新米とは言わないわ」


 そうかしら? と首を傾げているアンルティーファにフランは深く息をついた。切絵師は切絵職人たちの頂点だ。それを成りたてだからといって、新米とは呼ばない。それにしても納得だ。この子どもがどうしてあんなに技量のある切絵を作れたのか。母仕込みのそれと、元々の才覚だろう。きっと母が切絵師だったのなら、小さい頃から切絵職人として育てられたはずだ。小さい頃から、切絵をして遊んでいたのだろう。それでその才能もあり、切絵師になったのだろう。この小娘は。だまされていたとは感じない、そんなこと関係ないからだ。ただ、ほんの少しの寂しさがよぎる自分に、フランは緩慢に首を振った。いけない。これは。フランは自由になるのだ。自由になって、そして――。

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