第10話 切絵

「これ……」

「ふふー、きれいでしょう? 折り鶴っていうの! わたしが作ったのよ」

「お前、切絵職人だったの?」

「うん、まあね」


 それは羽に切り絵の施された小さな折り鶴だった。白い鶴の翼に、無数に這う茨とその合間に咲いたいくつもの薔薇の花。薔薇の1つ1つは違う水で薄めた淡い色合いの食紅で染められて。尻尾の先まで細工がしてあって、それは触るのがためらわれるほどに美しかった。その鶴の首の付け根に革の紐を通して首につけられるようにしてあった。このリールレント王国では「オリガミ」は一般的ではないため、フランは最初なにを握らされたのかわかっていなかった。見惚れたのを誤魔化そうとフランはわざと嫌なそうな顔を作って、声を低くする。


「……これを、私にどうしろっていうわけ?」

「うーん、そうね身に着けててほしいわ。大事なものだから」

「大事?」

「ええ、王都についてあなたとお友達になる予約の証だから」

「くだらないわ」


 吐き捨てたものの、美しいそれをどうしても破り捨てることなんて出来なくて。結局アンルティーファの思うがまま、首に革ひもをかけて服の内ポケットの中にしまったのだった。にこにこしたアンルティーファは馬車に括り付けた袋の中から鍋を取り出すと水と乾燥野菜と塩コショウを入れしばし煮込むことで簡単スープを作った。全国を旅していたルチアーナは岩塩や海塩、コショウなどのスパイス類をその土地に行って安く大量に仕入れていた。それから干し肉をもってちらりとフランを見た。


「ねえフラン、あなたお肉食べられる?」

「別に食べられるわよ。好きじゃないだけで」

「そう、じゃあ止めておきましょう」

「……お前、聞いていたの? 食べられると言ったじゃない」

「でも好きじゃないんでしょう? だったらいいのよ」

「私の分を無くせばいいでしょう」

「いやよ。わたしはそんなことしたくないもの」


 平然とのたまいながらつんとそっぽを向いて、アンルティーファは干し肉を馬車の横の袋にしまった。きゅっと紐で口を強く結んだそれはもう開けることがないのだという意志を強く感じさせて、フランにため息をつかせた。


「私たちエルフはいいけど、お前は人間のそれもまだ子どもなのよ。必要な栄養とかもあるでしょう。食べなさい」

「……心配してくれるの?」

「……は? そんなわけないじゃない。ただ道中で倒れられると困るから言ってるのよ」


 王都に着いたら自由にしてくれるんでしょう? 厭味ったらしくフランが言えば、うん! と大きく頷いて、固く結んだそれを一生懸命ほどこうとしていた。その後ろ姿がなぜか微笑ましくて、フランの唇が少しつりあがる。アンルティーファが振り返る前に口元が緩んでいることに気付いたフランは、そのことを認めたくない一心でぎゅっとその赤い唇を噛みしめてアンルティーファの後ろ姿からは目をそらして、焚き火を見つめたのだった。焚き火の近く……というかフランの横に座ってきたアンルティーファの手には重ねられた2個の木の椀と干し肉が一枚握られていて。なめし革の敷物の上に木の椀をおくと、2個重なっていたそれをずらして1個ずつにしその上から片方の椀に干し肉を切ってアンルティーファは自分の前においた木の椀の中に入れる。スープで柔らかくする作戦らしい。

 やがてスープが煮えたころ、アンルティーファはまずなにも入っていない方の木の椀を掴みその中に木のおたまでスープをすくいいれた。それをフランに渡すと、次に自分の分の干し肉が入った椀にスープを注ぐ。肉が柔らかくなるのをいまかいまかとわくわく待っているアンルティーファに、フランはきょとんとその白皙の美貌を瞬かせた。


「なぜ?」

「ん? なあに?」

「なぜ私に先に渡したの? お前は私の使役者でしょう? だったらお前の方が先によそるべきじゃない。それに、私は食べなくても」

「フランはお野菜のスープきらい? なら食べなくてもいいけどビスケットくらいしか食べられるものないわよ」

「そうじゃなくて!」


 敷物から立ち上がって馬車に括り付けてある袋に再び向かおうとしたアンルティーファの木綿のドレスの裾をあわててフランは掴んだ。言いたいことはそうじゃないのだ。なぜ奴隷ごときを、替えのきく道具ごときの食事を先によそったのかということを聞きたいだけで。しかもなぜビスケットしかないと別の食べ物を出そうとしているのか。食べなくても空腹は感じるが死にはしないエルフなのだから放っておくなり、わがままを言ったから痛めつけるなりなぜしないのか。フランは不思議でたまらなく、この目の前の少女が怖かった。使役されているはずの自分が、まるで少女と対等だと言われているようで。


「……先にスープをよそったのは、配膳している人の役目だからだし。ビスケットはけっこうたくさんあるのよ? だからきらいなら遠慮しなくても……」

「……別に嫌いじゃないわ。もらうから座りなさい」

「そう? じゃあいいわね」


 またフランの横にぺたんと座り直すと、スープの中で柔らかくなった干し肉を嬉しそうに木のスプーンでつつきながら食べていた。

 そんなアンルティーファを眺めながら、フランは手袋越しに感じる熱に意識を集中させて食べ始めた。それは急速に中のスープが蒸発する光景にも似ていて、ちまちま柔らかくなった肉や野菜を食べていたアンルティーファがなにげなくその光景を見てすごいすごいと目を輝かせた。おかわりいるかしら? とすでにおたまをもって、給仕する気満々のアンルティーファに、フランは大きく肩を下げてため息をついたのだった。

 その夜は焚き火を消さずに夜を過ごして、またアンルティーファの強い希望で2人は隣り合うようになめし革の敷物を敷き、安全だから一緒に眠ろうと言ってきたアンルティーファの隣で身体を久しぶりに横たえて。フランは寝たのだった。

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