第11話 光の束

 その次の日も朝は夜の残っていた焚き火で水を沸かして白湯とビスケットを頬張ると1の鐘が鳴る前から馬を走らせた。

 クローフィ街道の全長は1980ホール。その間にある旅籠の数は全部で12カ所。その全てに泊まれるわけではないだろうから、人が少ないところを狙っていくために馬車の台数が少ないところに行くのだ。そうすればもうそこはいっぱいだろうと思い避けていく人がほとんどで、実は馬車の台数が少ない旅籠は穴場なのである。

 ぺしりと馬に鞭をくれながら、ふとアンルティーファはフランのほうを見た。生まれたての朝日にきらきらと光る白っぽい金髪が風に流れてふわっと持ち上がったのを、ただ呼吸も忘れて見惚れていた。


「なによ」

「え?」

「なにか言いたいことがあるんじゃないの? さっきからじろじろ見てくるくらいなんだから」

「うーん。フランの髪ってきれいねって思っただけよ。まるで光を束にしたみたい」

「は?」


 驚いたように声をあげ、足を組んで前を向きながらふんぞり返っていたフランはアンルティーファのほうを振り向いた。


「あとで櫛を通させてもらってもいい? もちろんいやならいいんだけど」

「別に……構わないわよ。……こんな忌色が綺麗とか、あなた本格的に頭おかしいわよ」

「ほんとう!? やった!」

「ちょっと聞いてるの」


 嬉し気に声を上げたのと同時に、大き目の石を踏んだのかがたんと馬車が大きく揺れる。その勢いで手綱を手放しかけてしまったアンルティーファは空中でそれをうまくつかんで、ほっと胸をなでおろした。一方フランはきゅっと唇を結んで、くるくると絹糸のような細く繊細な自らの金色を指で巻く。まあ、もともとストレートだからしゅるりとほどけてしまうのだが。

 アンルティーファは知らない……というか人間は知らないことだが、エルフの「美」の着目点はどれだけその髪が白金に近いかどうかである。だからエルフにとって髪を褒められるというのは最高の賛辞になる。下手に「君は綺麗だね」というよりもよっぽど効果があるのだ。そんなこととは知らず、きれいきれいと目を輝かせてそれしか知らぬ子どものように繰り返すアンルティーファに。フランは頬を真っ赤にしてそっぽを向いたのだった。


 クローフィ街道を抜けるにはあと6日。アンルティーファは陽の高い比較的安全なうちに出来るだけ距離を稼ぎたかった。ときおり遠くの方に野獣の群れらしき黒い点を確認することはあったが、それはこちらに気をやらない様子でアンルティーファとは真逆の方向へと走って行った。昼過ぎまでは順調だったのだ。

 あと数時間もすれば日が暮れるというときには2日目の旅籠と決めた場所に余裕で着くはずだった。そこに着けば250ホール進んだことになって、やっと王都までの道のりの1/5進んだことになるはずだったのだ。途中、盗賊に出くわさなければ。

 静かで穏やかな日差しに相応しくない剣を交える甲高い音が空気を伝わって耳の中に入る。馬のいななきが聞こえ、人の悲鳴が聞こえたから思わず手綱を引く。ゆっくりと馬たちが足を止めると、それにつられて馬車も動きを止める。がたんと足を下ろして立ち上がったフランの長い耳は、人間とは違い鋭い五感は。正確にそれがなにであるのかを感じ取っていた。

 前方では砂煙が立ち、その中心にあるのは古びた箱型馬車だ。こちらに荷台の後ろ姿を向けているから御者は見えない。しかし鉄同士を交える音がしているのだからきっと剣で戦っているのだろう。その周囲をぐるぐると5騎の馬に乗った人々が愉快そうな奇声や口笛を吹きながら駆けまわっている。身なりはそれぞれ違うが、全員頭に同じ色の布……バンダナを巻いていることから盗賊だとわかる。旅人を襲っているのだろう。

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