第29話 番い(つがい)
あんな事があっても真衣との約束は途絶えることはない、放課後の図書室で真衣の勉強を見る事は、もうすっかり慣れ、完全に僕の1週間の中に溶け込んでいた。そもそも真衣は非常に優秀だ、僕が教える必要などないように思えるくらいに。だが、真衣はこの約束がなくなる事は認めない。
故に僕は注意しなければならない。うっかり口を滑らせてしまう訳にはいかないのだ、完璧な偽りを真衣には真実と思ってもらわなければならない。
「先輩?聞いてますか?」
「あ...え~と、すまない、少し考え事してて聞いてなかった、何だ?」
「もぅ、ちゃんと聞いていて下さいよ、この応用問題ですが、先輩に言われた通りに解いたんですけど合ってますか?」
「ん...問題ない、正解だ」
駄目だ、真衣に何か知られまいと逆に意識し過ぎてしまっている...これじゃ、僕が何か警戒していると勘づかれるかもしれない。
今はちゃんと勉強の方に集中しよう。大丈夫だ、いつも通りに振るまえば良い。真衣の家に行って以来、真衣は僕に変わった質問を投げかけては来ていないのだから。
「やっぱり先輩と一緒に勉強した方が効率が良いですね、自分一人だと壁にぶつかった場合の対処に割と時間がかかるんですよね、先輩は分からない所はどうやって対処してるんですか?」
「普通に対処する、解答や教科書、参考書を確認するだけだ、理解後は自分に合わせていかに簡潔に答え出せるか考える、お前も似たようなものだろ?」
「まぁ確かに先輩に聞けない時は、そうしますけど...もしかしたら、分からない所なんてないとか言うと思ってました」
残念ながら僕はそんなに万能ではない。自分の成績だって、単に勉強時間の賜物に過ぎないのだから、僕に才能などないのだ、あるとしたら周囲から大きく外れた異端たる考え方だけ...
「そんな訳ないだろ、僕にだって分からない事なんていくらでもある、僕は真衣が思っているほど万能じゃない」
「先輩は知ってますか?全てのものは自分以外の存在に認識される事によって初めて存在できるんですよ」
それはそうだろう、自分という存在を誰も認識してくれないんじゃ、存在そのものがないのと同じだ。だが、だから何だと言うんだ。
「お前は何が言いたいんだ?」
「それはですね。私の先輩への認識は分からない事なんて何もなくて、とても優しい尊敬すべき人です。つまり、私からはそんな万能な先輩が認識されている訳で、存在しているんですよ」
「傲慢な考え方だな、要は僕は少なからずお前からは万能だと思われている訳だから、万能たる認識を持った僕も確かに存在しているという訳だ」
あまりにも無理矢理な考え方だな、その考え方が確立させる理論が正しいのかすら僕には分からん。だが、当の本人は自信をもって自分の理論は正しいと答えるだろうな。万能たる僕を存在させるために...
「はい、それに万能でない先輩というのは先輩本人の自分への認識なので、この場合は他者である私の認識の方が正しいと思います」
「...それじゃあ、僕の成績が著しく落ちたらどうするんだ?」
「そんな事絶対に起きませんよ、だって先輩にはそんなつもり微塵もないじゃないですか」
真衣は僕が何を言っているのか、理解できないと言うような表情で逆に僕自身が自分の質問が滑稽に思えて来るような冷たい声音でそう言った。
瞬間、まるで僕の額に冷たい汗がつたったような気がした。真衣には僕の異端たる考えの中身が見えているのではないだろうか?などと言う有り得ない問が自分の中に生じ、必死でその考えを否定する。
「何故そう言える?」
「勉強中の先輩の顔を見ていると思うんですよ、凄く真剣でまるで何かに取り憑かれているんじゃないかって思うくらいです、それでふと思ったんです、先輩には何か成し遂げないといけない事があって、それは先輩にとって凄く重要な事で...かつ、その先には安寧があるんじゃないかって」
「...」
重要な部分こそ分かってはいないようだが、真衣の言っている事に間違いなどなく、またもや全てが正しかった。勉強している姿だけでそこまで分かったというのか?そもそも何故先の事まで見通せるのか。
「図星、ですね?顔に書いてありますよ。それならその安寧のためのお手伝いを私にさせて下さい。駄目ですか?」
「...駄目だ、僕には確かに安寧を与えるだろうが、お前には決して与えないような事だからな、手伝わせる訳にはいかない」
そぅ、あくまでもあれは僕には安寧を与える事だろうが、多くの者にとっては不幸でしかない。故に僕は異端なのだ。
「先輩のためなら死んでも良いです!」
「な!」
「先輩のためなら何だって出来ます!だって先輩は私の全てですから!」
僕が真衣の提案を否定すると、急に真衣は声を荒らげて必死に僕に自身の本気さを伝えようとして来る。
...そこまで言うのであれば試してみるか。
「...じゃあ今から一つだけお前に質問するから答えろ、認めるが認めないかはお前の返答次第だ」
「はい」
「お前は僕を殺せるのか?」
「え?先輩を、殺す?私が?」
「この場に他に誰がいる?殺せるのか?殺せないのか?」
「それは...」
真衣は動揺を必死におさえつけながら、頭脳をフル稼働させて適切な考えを探しているようだった。
鞭だけでは余りにも不憫か...
「それなら、仮に僕がお前にこの命令をした場合、僕はお前の願いを死ぬ前に何でも一つだけ聞いてやる、死なないで下さいとか、命令を否定するような事以外でな」
「...殺せます」
「決まりだな...いいか、これから話す事を誰にも話すなよ」
「はい、ですが場所を移して後日あらためてお話しして頂けませんか?少し頭を整理したいので...」
「分かった、時間と場所はお前の好きして構わないから、頭の整理がついたら連絡してくれ、それとやっぱり無理ですとかは止めてくれよ」
「言いませんよ、そんな事、やっと先輩の特別になれたんですから...それじゃあ帰りましょうか」
言いませんよの後から声が小さくなり、聞こえなかった部分があったが、帰りましょうかと言われたので何を言ったのか聞くのは止めた。
「そうだな」
美麗との話が意味を成すのはここからだな、確かに当初の方針とは少しズレてはいるが...まぁ良い。
真に真衣が僕にとって意味を持つ存在という認識を持てるまでは真実を語るつもりはない、真衣に話すのは偽り混じりの真実だ。重要な部分は虚偽の情報を掴ませて騙し、真の真実たる情報は決して教えない。
だがもし、真衣が僕にとって意味を持つ存在になったその時は異端で滑稽な真実を語るとしよう...
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