第27話 暗証番号の1桁目 5

詩音の要望により僕達はマンションまで戻って来た、現状は詩音の自室のベッドに二人、隣り合わせで座っている。


こうなって以来ずっと、互いに何も話していない。ただ時が過ぎていくだけ。このままでも埒があかないので思い切って僕はそれに終止符を打った。


「なぁ、これで暗証番号は教えてくれるのか?」


「ん、ええ勿論、だけど最後に一つだけ条件があるのだけど良い?」


たとえどんな内容であろうと断る訳にはいかない。僕は何としてでも暗証番号を聞き出さなければならない。


「分かった」


「そぅ、やっぱり内容も聞かない内に了承するのね...それじゃあ私の唇にあなたからキスをしなさい」


「な?!」


キスをしろと言ったのか?僕から?


「何をそんなに驚いているの?キスするの?しないの?しないのなら暗証番号は教えられないわよ」


「く...する」


もう後には引けない、はじめから僕に選択の余地などない。分かっていた事だ、だから詩音の望み通りに僕は動かなくてはならない。


詩音はこちらの方に顔を向けそっと目を閉じた。その姿に何故か美しさを覚えた...夕焼けの暖かな光が窓から差し込み、まるでこの空間がこのために用意されたのではないかという錯覚さえしそうになる。


激しい動悸の中、僕は意を決し、そっと詩音の唇に口付けをした。口付けの際に感じたほのかな柔らかさが僕の動悸をより一層激しくさせる。


「これで満足か?」


「ええ、とても嬉しいわ」


詩音は静かに僕に微笑み、そう口にした。


思わず見とれそうになってしまい、僕は慌てて理性を取り戻した。まだ気を緩める訳にはいかないのだから。


「これで教えてくれるんだよな?」


「約束は守るわ、暗証番号の1桁目の数字は0よ、分かった?」


「分かった」


これでようやく1桁目か、この先まだ3桁分の言うことを聞かないといけないと思うと鬱になりそうだ。だが、確かに一歩前進する事が出来た筈だ。この調子で頑張れば良い。


「ねぇ無月君」


「ん?」


「今日、私は凄く楽しかった、あなたと毎週ここで過ごす時間も勿論楽しいのだけど、今日はそれとは違って、上手く言葉には出来ないのだけど、とにかく私は今日あなたと一緒に過ごせて本当にに良かったって思える」


「...僕もまぁ、色々あったが楽しかったのだど思う」


確かに色々あり、困惑に陥った場面は多いが、それでも何故か今、僕の心の中は満たされているという実感がある、つまりこれは僕も今日がなんだかんだで楽しかったという事なのだろう。


「クスッ、ありがとう」


「あぁ」


また少し無言の時間が過ぎた、それはとても暖かで穏やかな時間だった。


何かと文句を言いながらも詩音との時間を大切に思っている自分が居るという事は薄々感じてはいた。だが、僕はそうなってしまってはいけない。それだけはあってはいけない...


「そろそろ帰る、今日はありがとな」


「どういたしまして、私の方こそ今日はありがとう、気を付けて帰ってね」


そして僕は詩音のマンションを後にした。


微かな寂しさを押し殺して、僕は帰路に着いた。

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