第16話 剥がれ落ちた一つ目の仮面

美麗の家に着くと、予想通りに広大な敷地に異常にでかい屋敷、邸内は何処を見ても絢爛豪華な物ばかりが周囲を埋め尽くしており、その中で僕は指示されるがままに美麗の部屋に通された。


「そこのソファーにでも座って下さいな」


「ああ」


僕は言われた通りにソファーに腰掛け、美麗はそのソファーの近くの椅子に座った。


「ここまでで我が家の事は少しは理解できたでしょう?」


「まぁな、美麗の家が異常に金持ちだって事がよく分かったよ」


「クスッ、確かに簡単に言ってしまえば、そうなりますわね」


チッ、頭が痛くなってくる、早くこの件に片をつけてしまおう。


「早く本題に入ってくれないか?」


「それもそうですわね、それじゃあ本題に入ろうと思うのですが、その前に正直もう耐えられませんので、私も本来の喋り方に戻らせてもらいますわね」


「ああ」


今の喋り方が通常じゃなかったのか、普通にあの口調で喋っていたから、いつもあの喋り方なのだと思っていた。


「はぁ~しんどかった、やはり何処ぞのお嬢の様な喋り方は性にあわん、もう二度とごめんじゃ 」


「え?」


何だこの変わりようは...まるで中身が変わったみたいに、さっきまでとはまるで感じが違う。


「何をそんなに驚いておる、これが本来の<ruby>妾<rt>わらわ</rt></ruby>じゃ」


「妾って...一人称まで違うのかよ」


さすがに変わり過ぎだろう、喋り方一つでここまで変わるものなのか?


「もう良かろう、本題に入るとしよう」


「あ、ああ」


「何から話そうかのう、まずは何故無月が妾の家に来なければならなかったのか、それは妾の事を知ってもらう為ではなく、単に妾が面白い物事が好きでな、よく占いで面白い事を探しておるんじゃが...ちょっとした手違いで妾の運命の相手なんぞ占ってしまってな、占った以上、確かめに行かなければならんと思って何処ぞのお嬢ぶって無理やり此処に連れて来たと言う訳じゃ」


「は?」


「つまり、妾の運命の相手である無月がどう言った人間なのかを確かめるため、性にあわない何処ぞのお嬢の様なフリをして接触し、自分が何を言っても駄目だと悟らせ、妾に無理やり付き合わせると言う事が本来の目的じゃよ」


つまり僕は、美麗の策にまんまと引っかかったと言う訳か...だが、だとすると夫と言うのは僕を引っかけるための口実に過ぎないのだろうか?それなら良いんだが、


「じゃあ僕は別に美麗の夫にならなくても良いんだな」


「何故そうなる、まだそうとは決まっておらん、確かにあの際に口にした夫と言う言葉は無月を引っ掛けるために使っているようなものだが、無月が妾の運命の相手であると言う事が変わらん以上、一概にそうとも言えないであろう」


「...じゃあ美麗はまだ僕に自分の夫になれと言うのか?」


はぁ、あんまし変わってないな...変わったのは美麗の喋り方くらい何じゃないか?


「そうじゃな、だが実際に無月が妾の<ruby>婿<rt>むこ</rt></ruby>になるかどうかはこれからするゲームで決める」


「ゲーム?」


「言ったであろう、妾は面白い物事が好きだと、故に無月がこれから始めるゲームに勝てばもう二度と婿になれとは強要せんし、かつ何でも言う事を聞いてやろう、じゃがもし無月がゲームに負けたら...その時は」


「分かった」


要はゲームに勝てば良いんだ、それだけだ、それにここでゲームから逃げたりでもしたら、確実にその時点で僕の負けとなる筈、此処に来てしまった時から僕に逃げ場などないのだ。


「ゲームはとても簡単じゃよ、コイントスじゃからな」


「そんなんで良いのか?」


「良いんじゃよ、これなら経験も知識も関係ない、互いに運だけの勝負じゃ」


「分かった」


「決まりじゃな、このコインの男の顔が描いてある方が表、女の顔が描いてある方が裏じゃ、そして無月がはじめに表裏を答えるが良い」


美麗は席を立ち、近くの机の引き出しから一枚のコインを取り出し、そのコインを僕に向かって見せ、どちらの絵が表裏かを説明した。


「良いのか、先に答えても...」


「別に構わん」


わざわざ僕に先制を渡すなんて、一体何を考えてる?


「それじゃあ、始めるかの、ゆくぞ、はい!」


美麗は軽く握った右手の親指の上にコインをのせ、それを弾き、宙のコインが手元に戻って来たら、左手の手の甲で受け止め、そこに右手を手早く重ねた。


「表」


ほんの一瞬、男の顔が見えた気がする。


「じゃあ、妾は裏じゃな」


そして、美麗は左手の甲に重ねた右手を静かに離した。


「男の顔だから」


「表じゃな」


僕はゲームに勝ったのか...はぁ良かった。


だけど、何故だろうか、あまり勝った気がしない、むしろ勝たされた様な感じがする...


いいや、考え過ぎだ、何はともあれ僕は勝ったのだ、これで美麗の夫にならなくて済む。


「僕の勝ちだよな?」


「そうじゃな、無月の勝ちじゃ、もう妾の婿になれとは言わんよ、さぁ願いを言え、何でも聞いてやろう」


願い?どうする?これと言って...


...賭けにでるか、美麗に詩音や真衣の事を話すと言う大きな賭けに...


「それなら...」





僕は大きな賭けに出た、美麗に何故か詩音や真衣について話すと言う、馬鹿みたいな賭けに...


「クスッ、ハッハッハッハ、実に面白いのぉ、久しくこんなに笑わせてもらった」


「人が真剣に悩んでるんだ、笑うな」


「すまない、つまり無月はその詩音と言う名の恋人がおらず、真衣と言う名の後輩とともに勉強もしていなかった、以前ような状態になりたいと言う事じゃな?」


「ああ」


「何故そうなりたいかは分からんが、要は妾に自分一人では解決出来ないような事が起こった時に手を貸して欲しいと」


「その通りだ」


今後、確実にこのままでは自分一人では解決出来ないであろう問題が生じてしまう筈だ、あまり考えたくはないが...


そんな時に協力者がいれば、いくらか楽に解決出来るだろう、僕はそれを美麗に頼んだ。


「フッ、良かろう!これより妾は汝の道具となろう」


「道具?」


誰も道具になれとは言っていないんだが...


「妾に自分の言う事を聞いて欲しいのだろう?それなら道具と対して変わりあるまい」


「ん?そうか?」


「そうじゃよ、困った時はいくらでも頼るが良い、出来ない事などほとんどない筈じゃ」


確かにそうなのだろうな...こんな財力を持っていれば、まぁこの財力の世話になるような事など無い方が良いんだが...


「これからよろしく頼む」


「うむ、頼まれた」


この時の美麗の顔はとても愉快そうに見えたが、その中でまだ、自分が踊らさせている気がしてならないは何故だろうか?

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