第9話 笑顔の裏の素顔 (花恋視点)
今日、兄さんは友達の家に泊まりに行ってしまったので、この広い家に今は私一人しかいない、朝食と昼食はともかく、夕食は私だけだったため、午後に食料品を買いに出た際に一緒に買って来た適当なお弁当を食べた、自分のために料理をする気はまるで起きなかった。
「変なの...たった一日だけなのに、何でこんなに寂しいんだろ?」
答えは分かっている、あの頃を思い出してしまうからだ、両親が死んで兄さんは父親の方の祖父母に引き取られ、私は母親の方の祖父母に引き取られた、引き取られた後で私はその時、初めて兄さんが私の前からいなくなってしまった事に気付いた、そして、あの時の幼い私は異常なまでの喪失感に襲われた。
以来、私は常に絶望の中をさまよい続けた、祖父母は凄く私を大事にしてくれていたが、私の中の喪失感が晴れる事は無かった...それが起因して転校先の学校で私はいつも一人だった、転校当初は話しかけて来てくれる子はいたが、とても友達を作る気にはなれなかった、やがて私は少しだけいじめを受けるようになってしまった、それほど酷いものではなかったが、それがきっかけで私は兄さんがいてくれたらと言う思いが強くなり、やがて私と兄さんを引き離した全ての因果に対する憎しみが私の中に生じ、事故であっけなく死んでしまった両親すら憎いと思った。
そんな歪んだ感情の中でも時は経ち、気付けばいじめは無くなっていて、私をいじめていた奴を中心にクラスメイトはやたらと私に対して親切になっていた、いじめの事に気付いた祖父母が学校に手をまわしたのだろうか?そんな中、私も自分の進路を決めなければいけない時期になっていた、特にこれといった希望はなく、適当な高校にしようとした時、祖父が「兄さんとまた一緒に暮らしたいかい?」と尋ねてきたので、私はすぐさま、本当にまた兄さんと一緒に暮らせのるか尋ね返した、そして祖父の口から「暮らせるよ」と聞かされた時、私の中の喪失感と憎しみが晴れていくのが分かった、そして新たに一筋の希望が生まれた。
進路は兄さんと一緒の高校にしようとしたが、兄さんの通っている高校の偏差値が思いの外高く、仕方なく付近の別の高校にした、自分の頭が悪い訳ではないが、最近まで自らの未来にまるで希望を持てなかったため、あまり熱心に勉強をして来なかった、それが原因で兄さんと一緒の高校に行くために必要な学力を得るには時間が足りないという事と、下手に無理をしてもしも落ちた時の事を考えると、再び絶望が蘇ってくるので、私は安全策をとった方が得策だと思った。
そして、私は自分の思い通り、志望校に合格した、兄さんと一緒に暮らすには住む事になる家から問題なく通える高校でなければいけなかったため、選択肢は結構少なかったが、自分に合った手頃な高校があったため、そこを受験した、それでもやはり、兄さんと一緒の高校に通いたかったので、合格はしたが、心の底からは喜べなかった。
だが、これで私は兄さんとまた一緒に暮らす事が出来るようになった、今では毎日がとても楽しく思える、友達だって出来た、以前とはまるで違う、全て兄さんがいるからこそ、成り立っている事だ。
「だから、兄さんがいないと寂しいと感じるんだろうね...」
私はお風呂から出た後、いつも通り髪を乾かした、普段なら、その後は自分の部屋に行くのだが、今日は隣の部屋の前で足を止めた。
「...今日くらい良いよね?」
私はその部屋の扉を開けて、部屋の中に入った、部屋はとても整理されており、この部屋の住人がいかに几帳面な性格かが見て取れるが、同時に住人が無趣味だという事も分かった、本棚に入っているほとんどの本が参考書等の勉学の本で、それ以外の本などもはや無いに等しいのだ。
「フフ、兄さんらしいけど、少しくらいは勉強以外の事にも目を向けた方が良いと思うよ」
この部屋は兄さんの部屋だ、普段であれば私が兄さんの部屋に入る事など無いのだが、何故か今日は気付けば足が自然と動いていた...
「本当に兄さんは友達の家に泊まりに行ったのかな?」
私はそれがずっと気がかりだった、休日はいつも家にいて、友達と遊びに出掛けた事なんて一度すら無かったのに、いきなり泊まりに行くなんて言ってくるとは思いもしなかった、だから聞いてしまったのだ、本当に友達の家に泊まりに行くのかを...私には兄さんが友達との交友を避けている様にしか見えなかった、いつも勉強ばかりで他の事にはまるで興味を示さない、こんな兄さんに果たしてそこまでの友達が出来るのだろうか?
そして、私の中に一つの推測が生じた、恋人がいるのではないだろうかと言う推測だ、兄さんは頭は良いし、運動もそこそこ出来るし、おまけに優しいのだ、告白の一つや、二つくらいならあったって別におかしくない、勿論、仮にあったって兄さんなら間違いなく断るだろうが、もしも断わる事が出来ない状況だったらどうだろうか?
友達と言う関係を築くだけなら、こうはならないだろう、友達で良いのなら相手への執着はあまり強くない、だが、恋人と言う関係を築く場合は違う、相手への執着は友達を作る時の執着とは比較にならないものがほとんどだ、故に時として想像もつかない事をしでかす事も十分に有り得る。
「もしも、兄さんが今、そんな人の所に泊まりに行っているのだとしたら...私は許さない、兄さんを奪おうとする奴はみんな敵だ!」
ああ、でも、よく考えてみると、あの時の兄さん、凄く動揺してたっけ、自分に彼女がいる訳ないだろとか言ってまで自分が友達の家に泊まりに行くって言う事にしたかったって事だよね?それってつまり、少なとも友達の家に泊まりに行った訳じゃないって言う事でしょ。
「本当に兄さんは頭が良いのに、隠し事は凄く下手だよね...もぅ、私は兄さんの前では素直な良い妹でいたいのに、これじゃあ、その内に私が本当は欲深い女だってバレちゃうじゃん!私はね、兄さんと死ぬまでずっとずっと一緒にいたい、もう二度と離れ離れになんてなりたくない、だから私から兄さんを奪おうとする奴は誰だろうと絶対に許さない!」
ずっと立って考え事をしていたため、少し疲れてしまったので、私は兄さんのベッドの上に仰向けに倒れた。
「今日はここで寝ようかな、兄さんがいない訳だし、また子供の時みたいに一緒に寝たいなぁ、断られるだろうけど...」
兄さんに恋人がいるかどうかを聞くつもりはない、下手に聞いて兄さんを不快にさせたくはないから、それに私の推測が正しいとすると、一番辛い思いをしてるのは兄さんだもの。
「おやすみなさい、兄さん...」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます