第8話 予期せぬ二日間 2
「何で僕がお前と一緒に風呂に入らなきゃいけないんだよ」
「何でって、私が無月君の質問にこたえるのは最後にご褒美としてって言ったでしょ、だから無月君は私の言う事を聞かないと私に質問出来ないっていうこと」
詩音は食器を洗いながら僕の質問にこたえる、手伝うと言ったが、案の定、大切なお客様に雑用なんてさせられないと言われて断わられた、それで仕方なく僕はリビングのテーブルの席に座ったまま話している。
ご褒美と言うのはそう言う意味だったのか...つまり僕はまんまと詩音の策略に引っかかったと言う訳だ、言う事を聞かないと、質問にこたえないと言う事だろう、本当にふざけたやつだ。
「チッ、分かったよ、風呂くらい、ただし、妙な事はするなよ」
「あら、意外と素直なのね、でも、妙な事はするなって普通は女の子のセリフだと思うのだけど...」
「うるさいな、お前の命令で僕はお前と一緒に風呂に入らないといけないんだから、その普通は適用されないだろ、それに、ここにきて諦めるなんて事は絶対にしたくなんいんだよ」
僕はここで引き下がって、詩音に対しての質問を断念するなんてごめんだ、なんとしてでもノートのありかを聞き出してやる。
「確かに、この場合は私の言う普通は適用されないかもしれないわね、まぁ良いわ、早くお風呂に入りましょう」
「...ああ」
風呂くらいとは言ったが、やはり、いざ入る羽目になると、酷く憂鬱な気分になる。
「先に行っていて、私は洗い終わった食器を棚に戻してから行くから、お風呂の場所は洗面所の側だからね、それと、タオルは脱衣所のカゴに入ってる物を使って、着替えは指定のカゴがあるからそこに入れて、カゴを見れば分かるから、それと脱いだ衣服も指定のカゴに入れて、私の服と一緒に洗濯しちゃうから 、このカゴも見れば分かる筈よ」
「別に洗濯までしてくれなくても構わないんだが」
「ついでよ、どうせなら、一緒に洗濯しちゃった方が良いじゃない、一人分も二人分も対して変わらないんだから、それと安心して無月君の洗濯物は乾燥機にかけておくから明日には乾いた物を返せる筈よ」
僕はそう言われた後に言われた通りにした、着替えは無月君の着替えと書かれた紙が貼ってあるカゴがあったのでそこに置き、脱いだ衣服は洗濯する物と書かれた紙が貼ってあるカゴがあったので畳んで入れた、そして、風呂場の扉を開けて風呂場に入った、風呂場は大分広く、僕の家の一般的な風呂場よりも全体的に二周りくらい広く、浴槽も大きめだった、まぁ流石は厳重過ぎるセキュリティをもったマンションだけはあり、セキュリティ以外にも結構な力を入れている。
そして僕は詩音なら体を洗ってあげましょうかなどと言いかねないと思ったので、僕に出来る僅かな抵抗として急いで体を洗った、髪も洗おうとしたが、風呂場の扉の奥から衣擦れの音が聞こえ始めたため、僕は腰にタオルを巻きなおして湯船に浸かった。
衣擦れの音が僕の意思に逆らうように自らの心音を激しくさせる...本当に詩音には良いように弄ばれてばかりだ、だけど僕はそれに従うしかない、そうする以外にノートを取り返す手段がないから、まるで自分が道化にでもなったかのように思える。
そんなふうに思考していると衣擦れの音は止み、やがて扉が開かれる音が風呂場に木霊した、僕はそちらを向かないように扉に対して背を向けた。
「別に見ても良いのよ、バスタオル巻いてるし」
「断る、それでお前に視線を向ければお前は僕に対してとやかく言ってくる未来が目に見えるからな」
「そんなつもり無いわよ、私が誘ったんだから」
背後からシャワーの音が聞こてくる、さっきにも増して心音が激しくなるのを感じる、意識しない様に自分に言い聞かせても、そう思う程に変に意識してしまう。
「私も入って良いかしら?」
「...っ!あ、ああ、好きにしろ」
「何を驚いているの?」
「何でも無い」
「そう、じゃあ入るわよ」
詩音が浴槽に入ったため、浴槽内のお湯のかさが上がるのを感じる。
「なぁ詩音」
「なに?」
「これに一体何の意味があるんだ?」
「特に意味なんて無いわ、ただ私が無月君と一緒にお風呂に入りたかっただけ」
ただ一緒にお風呂に入りたかっただけ?何だよそれ、つまり僕はその気まぐれに付き合わされている訳か、本当に道化の様だ、詩音の言われた通りに事を行うばかりで、だがその中に希望を持てるだけ僕は道化の中でも、いくらかマシな方なのだろうか...
「あっ!ねぇ無月君、あなたもう体洗ったでしょ」
「なぜ分かった?」
「首元に少し石鹸が付いてる、食器を片付けるのに手間取ってしまったばっかりに無月君の体を洗えなくなるなんて...もう一回洗いましょ!私が洗ってあげるから!」
「嫌に決まってんだろ!それが嫌だから急いで洗ったんだよ!」
危ない所だった...案の定、予想が的中した、思わず詩音の方に一瞬だけ視線を向けると、珍しく悔しげにしているので、初めて詩音に対して、してやったりと思った。
「ん?でも、髪はまだ洗ってないのね、あまり濡れてないし」
「だから何なんだよ?」
「私が洗ってあげる」
「自分で洗うからいい」
言ってもいなにの、僕が髪を洗ってないのに気付かれた、普通、髪が濡れてる、濡れてないの区別になんて意識をもっていかないだろうが。
「あら、ご褒美が欲しくないの?」
「お前、少しずるいぞ」
「何とでも、本当は無月君の体を洗いたかったけど、髪で我慢してあげるって言ってるんだから、ありがたいでしょ」
「...確かに、体をお前に洗われるよりはマシだが、そう言う問題じゃないだろ」
僕はここまで言う事を聞かないといけないのか...まぁ最後にご褒美としてと言う言葉をろくにその意味も確認もしないで承諾してしまった僕が悪いと言われれば、それまでなのだが...
「最後にご褒美としてって私が言ったのを無月君は承諾したでしょ?だからあなたがご褒美を貰うためには私の言う事をある程度は聞かないといけないの、分かるわよね?」
「くっ、分かったよ...」
「よろしい、さぁ、浴槽から出て」
浴槽から出て思わず詩音の方を見ると、詩音は確かにバスタオルを巻いているが、お湯に浸かった事により大分濡れてしまい、バスタオルが肌に貼り付いていて、会話のおかげで多少は安定した心音がまた激しくなる。
そして、詩音は風呂場の隅に置いてあった、背もたれの無い、よく銭湯にあるような小さい椅子を持って来て、僕に此処に座るように促した。
「此処に座って」
仕方ないので、詩音に言われるがままに僕はその椅子に座った。
「シャワーかけるから、目を瞑っていてね」
「分かった」
詩音はシャワーを使って、僕の髪を濡らしていく。
「注意して洗うけど、もし泡が目にでも入ったら痛いだろうし、このまま目を瞑ってもらっててもいい?」
「構わない」
そして詩音は僕の髪を洗い始めた、思えばこうして誰かに髪を洗ってもらうだなんて、いつ以来の事だろうか?少しだけ懐かしく感じる。
「無月君、痛くない?力加減、これで大丈夫かしら?」
「大丈夫、痛くない」
「そぅ良かった」
詩音は手際良く、僕の髪を洗っていく、そこに痛みは無く、むしろ心地良いくらいだ。
「流すわよ」
「ああ」
気付けば髪は洗い終わっていた...早く出たかったので、僕は風呂場を出ようとしたが、詩音によってそれは止められた。
「何で出ようとしてるのよ、次は無月君が私の髪を洗うのよ」
「は?僕もやらないといけないのか?」
「当然よ、早くしなさい」
「...分かりましたよ、やれば良いんだろ」
「素直でよろしい」
そして僕はシャワーを受け取り、詩音は椅子に座ったが、その時、詩音はタオルの結び目を解いたので、詩音の白い背中があらわになった。
「お、おい!何してるんだよ!」
「うるさいわね!この方が洗いやすいでしょ!それに前はちゃんと隠してるじゃない!」
確かに前はバスタオルを当てて隠してあるが、そう言う問題じゃないだろ、また心音が激しくなる、この方が洗いやすいからと言っても、この状況で結び目を解くなんて。
「私だって恥ずかしいんだから、早く洗いなさいよ! 」
「わ、分かったよ!」
こうなったらしょうがない、早く終わらせる他にないだろう。
そして、僕は言われるがままに詩音の髪を洗い始めた、手順は詩音が僕にしてくれた通りに行った、目は一応瞑ってもらい、力加減には細心の注意を払った。
「力加減、間違ってないよな」
「ええ、上手ね、気持ちいいわよ」
「そ、それなら良かった」
「フフ、動揺しちゃって、無月君は可愛いわね」
「っ!馬鹿にしてるのか?」
「馬鹿になんてしてないわ、素直にそう思ったのよ」
何で僕が可愛いだなんて言われないといけないんだ、それに、どう考えても馬鹿にされている様にしか思えないのに、素直にそう思った?全く意味が理解できないが、ひと通り詩音の髪は洗い終わったので、ようやく流せる。
「流すぞ」
「ええ」
ようやく終わった...大分疲れた、流石にもう充分だろ、早く出よう。
「もう良いだろ?僕は出るからな」
「まぁ流石にこれ以上は可哀想ね、ありがとう、出て良いわよ、でも私は体を洗ってから出るけど、間違っても先に寝ちゃう様な事はしないでね」
「まだ何かするつもりなのか!?」
この期に及んで、まだ何か企んでいるだなんて、とことんふざけたやつだ、いい加減にしてもらいたい、睡眠くらい普通にとらせくれ。
「フフ、それはどうかしら?」
詩音は楽しそうに笑っていた、この笑顔は純粋なものだと分かる、とても愉快だと言う様な表情をしているのだ、確実にまだ何かある...今の僕は詩音とは逆にとても憂鬱そうな表情をしている気がする。
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