第2話 無月と真衣

「先輩。この問題はこれで良いんですか?」


一日の授業が終わり、放課後のことだ。今は人気のない放課後の図書室で後輩の真衣の勉強を見ている。うちの高校の生徒はほとんど図書室を利用しない。そもそも、何故、僕が後輩に勉強を教えないといけないかと言うと、学校で真衣と話している際に考え事をしていて、何となく返事をしていたら、週一で放課後に僕が勉強を教えると言う約束を交わされてしてしまったがためだ。


「合っている……。お前は頭が良い。それなのに何で僕が勉強を見なければいけないんだ?」


「先輩がいると分からない所を理解するのにあまり時間をかけずに済むじゃないですか 。解き方をすぐに聞けるので」


真衣は基本的に自分の考えを無駄なく伝えてくる。その考えは確かにその通りで、分からない所をすぐに聞けるから自分で解き方を探すと言う工程を省けるのだ。時間だって短縮できるはずだ。


「成程。確かにその通りだ」


「えぇ。私がどうすれば時間をもっと有意義に使えるかを考えた結果に出した答えです」


そこまでして勉学に励む理由が真衣にはあると言うことだろうか?少し気になるが詮索するのはやめよう……。


「先輩。聞きたいことがあるんですが、良いですか?」


「あっ!ああ、構わない」


ぼうっとしてしまっていたのか……。また約束が増えては困るから会話に集中しなければ。


「先輩は好きな人とかっているんですか?」


いきなり、妙な質問をされた。どうするか?でも、まぁそのくらは教えてやるか。


「いない」


「ですよね。先輩は好きな人とかまったくいなさそうですし。じゃあ先輩はフリーって言うことですね」


教えてやったというのに失礼なやつだ。だが、僕がフリーとはどう言う意味だ?


「真衣。僕がフリーってどういった意味なんだ?」


「先輩に交際相手がいないってことですよ」


交際相手がいないこと?だとすると、僕は当てはまらいじゃないか。


「それなら、僕はフリーじゃないぞ」


「え?だって先輩。好きな人はいないって……」


僕がフリーであることを否定した瞬間に真衣の顔は、いつものどこか余裕のある表情が消えて、血の気が引いていくかのように驚いた表情に変わっていった。


「え?つまり先輩は好きでもない女性と付き合ってるって言うことですよね?」


他人の口からあらためて聞くことによって、詩音との関係がいかに奇妙であるかが理解できる。真衣の言う通り僕は好きでもない。むしろ大嫌いな女と付き合っているのだから。


「そういうことになるな。だが全てのカップルがお互いを好きかどうかと言うとそうでも無いだろ」


「それはそうかもしれませんが……。それでも、それなら何で別れないんですか?つまり、その女性のことが好きになれないんですよね?」


真衣は頭が良いせいか妙に鋭い。実際そうなのだ。何故、別れないのか?と問われたら、それは間違いなく、詩音が僕の秘密を握っているせいだろう……。だが、それを真衣に話す訳にはいかない。


「別にお前には関係の無い話だ。詮索はするな 」


「っ!関係なくなんてありません!だって……。私は先輩のことが大好きなんですから!」


いきなり何を言い出すんだ。大好き?僕のことが?さっぱり意味が分からない。だが、真衣にしては珍しく感情的にそう僕に告げてきたのだ。真剣に、今にも泣きだしそうな顔で……。おそらく、その言葉と表情に偽りは無いのだろうが……。


「僕には彼女がいるんだぞ……。」


「そんなの知りません!だって先輩はその人のこと好きじゃないんでしょ?それなのに先輩が交際を続けているのですから、きっと別れないのではなく、別れられないんですよね?

だって先輩は言いたいことは言う人ですし、そもそも先輩が好きでもない相手と付き合うなんておかしいです!」


何で……。こんなに鋭いんだ……。言っていること全部正確だ。それでも、僕は詩音とのことを話す訳にはいかない。


「……お前は知らなくてもいいんだ!」


「先輩……。その返答は私の言っていることが正しいと言っているようなものですよ……。それに先輩のその動揺の仕方を見れば尚更、私の言ったことが正しいということが分かります」


もはや真衣には僕と詩音との関係の大体の構造が見えているのだろう。だが、それでも相手が僕と同学年の詩音であることと、僕が別れられない理由までは知られていないはずだ。それがせめてもの救いか……。


「いったいなにをするつもりなんだ?」


「私が先輩を助けてあげますよ。相手だって探し出して、必ず先輩を救ってあげます。先輩が相手を教えてくれればいいんですけど……。絶対教えてくれないでしょうし」


真衣の顔は気付けば、いつものどこか余裕のある表情に戻っていた。そして、僕にとっての最悪が始まろうとしていた……。


「おい!勝手なことはやめろ!」


「待っててくださいね♪せ、ん、ぱ、い♪」


僕が静止しようとするのも無視して、真衣は行動を始めようとしていた。


「あっ!こんな事になっちゃいましたけど、来週もまた勉強は教えて下さいね♪それでは、また明日」


そんな事を言う真衣の顔は笑顔だった。傍からすれば、天使の微笑みに見えるだろうが、僕からすればこの上ない位に邪悪に見えた。そして真衣は図書室から出ていった……。

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