71,朝目覚めたら見ず知らずの妹が隣に寝てました
「あ、そうだ真幸と美空ちゃん」
たったいままでの憤怒が嘘のように、友恵がケロッとして言った。
「真央ちゃんと会ったことは心の内に秘めておいてね。これからも会う機会はあると思うけど、芸能関係の人だからさ」
「うん、わかった」「わかりました」と、僕と美空はそれぞれ返した。
芸能関係の人と会ったとき、それを秘密にしてほしいと頼まれるケースがあるのは知っていた。なにしろここは多くの芸能人ゆかりの地、茅ヶ崎。そういった約束事は何気ない日常会話の中で聞いている。
「ごめんね。でも私たちはもうお友だちだから!」
長沼さんが手を合わせて申し訳なさげに詫びた。
「あ、いや、いえいえ!」
そうか、僕と長沼さんは友だちになったのか。人見知りの僕はこれまで友だちの概念がよくわからないまま生きてきたけれど、相手がそう言ってくれたのならそうなんだ。友恵にも「うちら友だちじゃん!」と知り合って間もないころに言われた。
高校生になったばかりの僕にとって12歳も上の人と友人関係になるのは不思議な感覚だけれど、僕を取り巻く人々の、とりわけ日本学生の
こうして新たなことに気付くたび、僕は前へ進めている気がする。
大人になるって、こういうことも含まれているのかな?
まだまだ思春期真っ盛りの僕は、ふとそんなことを思った。
大人になってからの交友関係はただワイワイガヤガヤ遊んだりお喋りをするだけではなく、加えて互いを高め合い、支え合う関係になると誰かが言っていた。
僕は長沼さんという大きな存在に、何かを与えられるだろうか?
それを問うたとしても彼女はきっと、そんなこと気にしなくていいよ、友だちだもん。そんな風に言ってくれる気がする。
いまの僕にはまだ確かなことはわからないけれど、いまは新しい仲間ができたという事実だけを受け止めておこう。
僕がアニメ作家を目指していると友恵に打ち明けなければきっと、長沼さんとは友だちになれなかった。努力が実って十数年後にアニメ作家になり彼女と知り合ったとしても、単なる仕事仲間という淡白な関係にしかなれないとような気がする。
「ありがとう! 真幸お兄ちゃんっ!」
こ、この声は!!
「ふぁっ、ふあああ!!」
ほ、ホンモノだあああ!!
こ、これは人気ラノベ原作のアニメ『朝目覚めたら見ず知らずの妹が隣で寝てました』略して‘みずいも’のヒロイン、みずきちゃん(CV:長沼真央)の超絶プリティーボイス!!
あぁやばいやばい胸がバクバクする不意討ちは反則だろ……。
「お兄ちゃんの絵が上手になってくの、みずき楽しみだなぁ♪」
「ふああ、ああ! お兄ちゃん頑張る! 頑張るよ!!」
なんだなんだこのリアル妹では味わえない感覚は!!
「うん! がんばるお兄ちゃんがぁ、みずきはだぁい好きっ!」
「うぇへへへへへへ……」
「真幸完全にぶっ壊れたわ。真央ちゃんも悪ノリしてるし」
「まおちゃんってだぁれ? 新しいおともだち? みずきも仲良くなりたいなぁ♪」
「そうだね、みずきちゃんに声を当ててるおば、お姉さんかなぁ」
身も蓋もないことを言う友恵。
「おい友恵、いまわざとおばさんって言いかけただろ」
ん? この声もなんかのアニメで聞いたことある。確か男の子のキャラクターだったと思う。声優さんってすごいな、本当に色んな声を出せるんだ。
「いっけえええパシフィックドラゴン!!」
当該キャラクターを思い出そうと記憶の本棚を物色していると、数十メートル離れたところからドラゴンのフィギュアを持って戦いごっこをする男の子たちの声が聞こえてきた。
「そうだ、パシフィックドラゴンの!」
「うん、
男児向け夕方アニメ『深海モンスターパシフィックドラゴン』の主人公、海人。普段はオンエアを見れないけれど、春休みなどの長期休業や祝日には見ている。
「いっしょに遊んであげたら子どもたち喜ぶんじゃないですか?」
「うーん、子どもたちにとってアニメキャラは実在する人物かもだから、夢を壊さないようにやめとくよ。私もちっちゃいときはド○え○んが本当にいると思ってたけどの○太くんはいないと思ってたから」
「え、何その差」
友恵が言った。
「なんか、ド○え○んはロボットだから実在して、の○太くんは人間だからいないと思ってた」
「それ、わかります!」
美空が激しく同意。
え、何その理屈!?
「さすが美空ちゃん! 夢を与える絵本作家!」
なんだかよくわからないけれどいまこの瞬間、長沼さんと美空の謎の同盟が結ばれた。
「はい、夢を与えられるようになりたいです!」
「大丈夫、自分が夢を持っていれば、誰かにも夢を与えられるようになる。みんなもね」
長沼さんは僕や友恵、三郎にも語りかけた。
「あぁ、でも本当は、海人になってあの子たちといっしょに遊びたいなぁ」
そう語る長沼さんの頬は少し紅くなっていて、心底嬉しそうに穏やかでやさしい眼差しを彼らに向けている。人生経験を重ねないと出せない、慈愛に満ちたオーラにあふれている。
自分が演じているキャラクターの真似をしてくれる子がいる。それはきっと、声優にとってとても大きな喜びなのだ。
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