20,大涌谷の黒たまご
「うーん! やはり美味し!」
小田原駅から
登山電車は日本の鉄道でいちばんの急勾配をのそのそ上がり、沿線にはまだ
ここ閻魔台一帯は開けていて、山肌からはところどころ噴煙がもくもくと噴き出している、硫黄のにおい漂う火山地帯。
小さな売店の前、星川さんは名物の『黒たまご』を美味しそうにパクパク頬張っている。
実はこの場所、晴れていれば見晴らしの良いスポットだが、雨天のため眼下は霧に覆われている。だが平地に住む僕にとって霧の絨毯を見る機会は貴重だ。
「ほらほら、清川さんも食べて。美味しいですよ!」
星川さんは本当に満面の笑みで、心底幸せそうだ。黒たまごは専用の温泉池で生たまごを約1時間茹で、殻に付着した鉄分に硫化水素が反応し、殻が黒くなるそうだ。
「どんな味なの?」
「なっ!? ま、まさかキサマ、黒たまご未体験、なのか……!?」
「え? えぇ、実は」
「なんと!? ‘キミ’はそれでも神奈川県民か!? たまごだけに。ぷふふふふっ……」
うわぁ、星川さん自分が言った駄洒落で噴き出してる……。
「けれど過去を振り返っても仕方ない。あなたの失われた15年を私がいま! 取り戻して進ぜよう!」
言って、星川さんは抱えている5個入り袋から1個を取り出し、それを僕の口へ押し込もうと猟奇的な表情で詰め寄ってきた。
「ちょっ、ちょっと!? せめて殻剥いて!」
そんな真っ黒な殻食べたらどうにかなっちゃう!!
「おっとこれは失敬。我が身を支配するこの感動をいち早く堪能していただきたく、気持ちが
先ほどから星川さんの口調が急変しているが、特段驚かない。妹、つまり女きょうだいがいる僕は女性が態度まで化粧をする生きものと理解しているためか、ありのままを自然に受け入れられるのだ。
「ほら、お食べ?」
殻を剥かれ、ひとつまみの塩がふりかけられたそれを差し出されたので、半分ほどをかじってみた。
___な、なんだこれはっ!?
一刻も早く感動を星川さんに伝えたいが、飲み込む前に喋るとお下品なのでよく噛んで、じっくり味を堪能する。
「うまい! これはうまい!
「でしょう!? あぁ、こんなに美味しいものがすぐ食べられる神奈川県民の幸せよ!」
「本当だね。美味しいものも素敵な場所もたくさんあって、この土地に産んでくれたことだけは親に感謝してる」
父の姿が脳裏をよぎる。
「うん、そう、だね」
「星川さん、どうした?」
やはりちょっと、様子が変だ。
「ううん、大丈夫」
それ、大丈夫じゃないってことでしょ? さすがにそのくらい、しがない僕にもわかる。トリガーが壊れたら暴発するくらいの重荷を抱えている、そんな気がしてならない。
「そうだ、
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