【百三十二丁目】「と、十乃さん!貴方という人は…!」

 コンコンと、部屋のドアがノックされる。

 中で待機していた僕…十乃とおの めぐるは、それに応じた。


「は、はい、どうぞ」


 部屋のドアが開かれ、身ぎれいな黒服の男性が入室してくる。

 この「夕宴堂せきえんどう」における「あやかしサミット」スタッフだ。


「十乃様、御屋敷みやしき様よりお呼び出しがありました。恐れ入りますが、『紅月べにづきの間』までお越しください」


「はい…!」


「いよいよか」


 緊張しつつ、立ち上がる僕に続き、部屋の中にいた飛叢ひむらさん(一反木綿いったんもめん)が、座っていたソファーから腰を上げる。

 彼だけではない。

 待機室になっているこの部屋にいた、他の特別住民ようかいもそれぞれに反応する。


 赤毛の少年、釘宮くぎみやくん(赤頭あかあたま)。

 ネコミミの美少女、三池みいけさん(猫又ねこまた)。

 和服美人(その1)、鉤野こうのさん(針女はりおなご)。

 和服美人(その2)、沙牧さまきさん(砂かけ婆)

 そして、部屋の片隅で意気消沈しているオタク男子、あまりさん(精螻蛄しょうけら)。


 僕以外にも六人の特別住民ようかいが、今回のサミットに同行人として出席してくれている。

 それは、御屋敷町長(座敷童子ざしきわらし)の一言が発端だった。


『今回のサミットには坊以外にも、何匹か一般の特別住民ようかいを連れて行こうと思っておる』


 理由は定かではないが、人選については御屋敷町長に許可をもらい、皆さんに同行をお願いしたのである。


「う~、緊張するなぁ」


 スタッフが部屋を辞すると、僕の心を代弁するように、三池さんがそう漏らす。

 今日は格式ある会議への出席ということもあり、彼女をはじめ、全員が正装に身を包んでいる。

 僕はお馴染みの背広姿。

 釘宮君と飛叢さん、余さんはそれぞれ公式の場に出ても恥ずかしくない、きっちりしたよそ行きの服装だ。

 三池さんは、清楚な白のカクテルドレス。

 鉤野さん&沙牧さんの二人は、雅な和服で身を固め、まさに一分の隙も無い。


「ねぇねぇ、おしずさん。この恰好、おかしくないかな?」


 ドレスの前後を確認しつつ、鉤野さんにそう尋ねる三池さん。

 今まで室内の姿見で何度もチェックしていたが、まだ気になるようだ。

 そんな彼女に、鉤野さんが微笑む。


「ちゃんと着こなしているから大丈夫よ、宮美みやみちゃん。あとは普通にしていれば、何の問題もありませんわ」


 鉤野さんは、清涼感溢れる青い着物をきちんと着こなしている。

 彼女は会社社長として、日頃から各界の大物と顔を合わせているせいか、雰囲気にも余裕があった。


「…でも、万が一」


 と、横から沙牧さんが神妙な面持ちで割り込んで来る。

 こちらも桜色の着物で、パッと見は上流階級の婦人みたいだ。

 沙牧さんは、低い声で続けた。


「大妖の中に、猫に恨みを持つ妖怪がいたら、宮美ちゃんは簀巻すまきにされ…」


「みゃああああああー!東京湾に浮かぶのはいやあああああああああっ!」


 途端に目を見開き、頭を抱えながら、ガタガタ震え出す三池さん。

 そういえば、この六人に同行を依頼した時も、そんな風に三池さんを脅かしていたな、この人…

 すると、すかさず鉤野さんが肘で沙牧さんを小突いた。


「ちょっと、美砂みさ!いい加減脅かすのはお止めなさい!」


「あらあら、私としたことが、つい♪大丈夫よ、宮美ちゃん。あくまで可能性の話だから」


 虫も殺さないような笑顔で、ころころと笑う沙牧さん。

 言うまでもなく、この人の心臓の強さは破格だ。

 これから大妖達を顔を合わせようというのに、微塵も緊張の色が無い。

 嘘か真か、以前、とある暴○団と単身事を構えたことがあるらしいし、そもそも肝の座り方が僕達とは次元が違う。


「ねぇ、大丈夫?余兄ちゃん…」


 一方、部屋の片隅で膝を抱えながら、さめざめと涙を流し続ける余さんに、釘宮くんが心配そうに声を掛ける。


「うう…それがし野望ユメが…せっかく立てた計画プランが…」


 しくしく泣きながら、そう呟く余さん。

 サミット関係者として入苑できたのは良かったものの、手持ちの撮影機材一式を取り上げられ、意気消沈しているようだ。

 まあ、この人が「計画プラン」と呼んでいるものがどんな内容なのか、日頃の言動から容易に想像がつく。

 そう考えれば、むしろ、取り上げてもらって良かったような気がする。


「余さんも、いつまで泣いているんですの?いい加減、しっかりしてください」


 鉤野さんにそう喝を入れられるも、余さんは膝頭に顔を埋めて訴えた。


「鉤野殿、そうは言うでござるが、某は滅多にお目にかかれない大妖の皆さんの雄姿を…」


「女妖の盗撮する気だったんでしょう?薄い本のネタにするには、うってつけですものね」


 ニコニコ笑いながら、沙牧さんがそうピシャリと言い放つ。

 余さんの身体が、ビクッと震えるのを、全員見逃さなかった。

 …やっぱり、この人からカメラを取り上げて正解だ。

 下手をしたら、訴訟どころの話では済まなくなるところだった。

 そんな風にワイワイやっていると、鉤野さんが、一人壁際に立っていた飛叢さんに気付いた。


「…今日は、珍しく口数が少ないですわね」


 それに飛叢さんは、ついと視線を逸らす。

 鉤野さんは、からかうように笑った。


「まさか、貴方も緊張していますの?」


「…まあな」


 そう答える飛叢さんに、僕と鉤野さんは思わず顔を見合わせた。

 何だろう?

 飛叢さんの様子がどこかおかしいような…

 今のやり取りだって、いつも飛叢さんなら威勢よく否定し、鉤野さんと言い合いになるのがお決まりのパターンなのだが…


「飛叢さん、何かあったんですか?」


 僕がそう尋ねると、飛叢さんは口を開きかけ、思い直したように言った。


「いや…昨日、よく寝付けなくてな。情けねぇが、そこの暴発寝癖女が言った通り、少し緊張しているのかも知れねぇ」


「寝癖ではありません!これはナチュラルカールをかけてるだけです!」


 やいのやいの言い始める鉤野さんに、いつものようにからかい始める飛叢さん。

 その様子は、いつも見慣れたものだった。


(気のせいかな…)


 僕はそう思い直し、皆に声を掛けた。


「さあ、行きましょう、皆さん!」


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 スタッフの案内で「紅月の間」に通された僕達。

 両開きの扉が開き、大きな円形の部屋へと足を踏み入れる。


「遅いぞ、坊。何をしておった」


 その声に振り向くと、高い席に座す御屋敷町長と目が合った。

 僕は慌てて頭を下げた。


「す、すみません」


 彼女は、今回のサミットで議長役を任されており、開会に当たって、先に会議の場に来ていた。

 そして、彼女と共に大妖達が見下ろすように座し、僕達を出迎えた。


「こ、これが…」


「…あらあら。さすがは、いったところでしょうか」


 僕の背後で、鉤野さんが息を呑む音と、沙牧さんの呟きが聞こえた。

 無理もない。

 合計六人。

 一つの空席はあるものの、そこには伝説に名を連ねる妖怪達の姿があった。

 いずれも、破格の大物オーラを漂わせ、僕達を見下ろしている。

 僕は昨晩、全員と顔を合わせていたが、改めて面と向かうと、それぞれが放つ雰囲気にあっという間に呑まれそうだ。

 恐らく、背後の鉤野さん達は、彼ら・彼女らから放たれる妖気をも感じているはずだ。

 普通の人間の僕には感じることは出来ないが、きっとその濃さは普通の妖怪の比ではないだろう。


「十乃く~ん♡昨日は出迎え、おつかれさんどしたなぁ」


 居並ぶ大妖の一人、玉緒たまおさん(天狐てんこ)が、そう言いながら手を振ってくる。

 白髪白肌に赤い隈取が、その美貌と相まって今日も神秘的だ。

 僕はやや引きつった笑顔でそれに一礼する。


「ど、どうも」


 老若男女問わず、可愛いものに見境が無いという彼女、どこをどう気に入ったのか、僕に対してえらく親愛の情を向けてくる。

 いささか度を過ぎたきらいがあるのが、悩みの種だ。


「ごきげんよう、十乃様。昨晩は熱い歓迎をいただき、感謝いたしますわ」


 もう一人の大妖、見るからに貴族の令嬢といった紅刃くれはさん(酒呑童子しゅてんどうじ)も、花のような微笑を向けてくる。


「あ、あはは…そ、その節は失礼しました」


 僕は身体に変な汗がにじむのを感じつつ、それに笑顔で返した。

 実は昨日、彼女を出迎える際、アクシデントが生じ、彼女を押し倒してしまった。

 偶然とはいえ、相手は鬼族最強の一角である、あの酒呑童子(七代目)である。

 言うなれば、暴○団の令嬢相手に粗相そそうをしたようなものだ。

 結果、僕はお供として付き従っていた白菊しらぎくさん(茨木童子いばらぎどうじ)という鬼女に散々追い回され、危うく死にかけたのである。

 もっとも、何故か紅刃さん自身は怒っている様子はない。

 むしろ、心なし嬉しそうにしていたようだが…


「そんな、失礼などと…わたくし、殿方からあのように情熱的な迫られ方をされたのは、生まれて初めてでした♡」


 そう言うと、紅刃さんはうっすらと頬を上気させ、目を細めた。


「あの時の貴方の温もり…まだこの身が覚えていますわ」


「と、十乃さん…?」


 呻くような声に振り返ると、鉤野さんに三池さん、沙牧さんの女性陣が、僕へケダモノを見るような視線を送っていた。


「よ、よりによって、あの酒呑童子相手に、な、何てことを…!」


「ちょっと!今の話、本当なの!?ま、まさか、あの鬼女と一線越えちゃったの!?」


「あらあら、まあまあ。前から『妖怪たらし』だとは思っていましたが、ここまでとは…」


 女性陣は、三者三様のドン引き方で僕を見詰めている。


「ち、ちちち違いますよ!ちょっとしたアクシデントです!何にもありません!」


「あら、あんなに激しく(押し倒)してきましたのに…」


「紅刃さんも、誤解を招くような言い回しと端折はしょり方は止めてください!」


 絶叫する僕。

 一方、陶酔する紅刃さんに、玉緒さんが目を剥いて噛みついた。


「ちょい待ちぃな、泥棒鬼!目の前で、堂々とうちの獲物とおのくんに色目使うんやない!厚かましいにも程があるわ!」


「あら、だって事実ですもの」


 しれっと言い放つ紅刃さん。

 それにますます激昂する玉緒さん。

 が、一転、余裕の笑みを浮かべ、


「フッ、語るに落ちましたな。聞けば、昨夜の『情熱的な迫られ方』とやらは、事故やったそうやおまへんか」


 紅刃さんの視線が鋭くなる。

 それに、玉緒さんは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「それにぃ、事実で張り合うならぁ、うちなんか『ぎゅうううぅ♡』って、あつぅい抱擁ハグを交わしてますぅ♪」


 いやあの…それって、玉緒さんから問答無用で抱きついてきただけですよね?


「と、十乃さんっ!貴方という人は…!」


「ヒドイよ、十乃君!あたしというものがありながら、一人どころか二人まで…!」


「出会い頭に大妖を二人も毒牙にかけるとは…もはや『たらし』どころか『ジゴロ』の領域ですねぇ」


 そんな事情を知らず、更に僕へ疑惑の目を向けてくる鉤野さん達。

 さっきまで厳かな雰囲気が漂っていた会議場が、一転して痴情のもつれに満ちた修羅場と化す。

 自分の力の及ばないところで、破滅へとまっしぐらの最中、一人の大妖…山本五郎左衛門さんもとごろうざえもんさんが不意に笑い声を上げた。

 意表を突かれた全員が、山本さんを注視する。


「いや、失敬。面白いもんを見させてもらった」


 「最も危険な魔王」という世の評価など微塵も感じさせずに、心底おかしいといった風に山本さんが言った。


「会って間もない女妖二人…しかも、稀代の大妖をここまで虜にするとはな。面白い奴だ」


 山本さんは、僕を見下ろしニヤリと笑う。

 それに同意したように、勇魚いさなさん(悪樓あくる)も笑った。


「あははは!十乃だったよな?お前、他にも随分と女妖おんなを泣かせてるクチだろ?」


 そう指摘され、僕は慌てて首を横に振った。


「い、いえ、そんなことは…」


わしが知っておるだけで、片手はくだらん」


「御屋敷町長!?」


 横から割り込んで来た御屋敷町長に、僕は思わず声を上げる。

 が、それに構わず御屋敷町長は肘をついてジト目で僕を見下ろした。


「しかも、本人は自覚が無いから、本当にタチが悪い。まったく、女妖にとっては猛毒じゃよ、コイツは」


「あらぁ、可愛い顔して、実に悪い子ちゃんねぇ」


 呆れたように肩をすくめる神野悪五郎しんのあくごろうさん。 

 ハッとなって見回すと、全員から白い視線が集中している。

 僕は頭が真っ白になった。


「それでも」


 御屋敷町長は、山本さんをまっすぐ見据えた。


「こいつの周りには、妖怪が寄って来よる。ここにいる妖怪達も、そんな連中じゃよ」


「そいつを聞こうと思ってたんだ」


 小源太こげんたさん(隠神刑部いぬがみぎょうぶ)が、口を挟んだ。


「座敷童子、お前が十乃こいつを俺達に引き合わせるために連れてきたのは分かったけど、その他のおまけは一体なんだ?」


「ああ?おまけだと?」


 不遜な物言いに、途端に反応する飛叢さん。

 それを、背後にいた余さんが無言で引き留める。

 振り向く飛叢さんに、余さんが首を横に振った。

 飛叢さんは、何故かチラリと山本さんへ目を向けると、大人しく口をつぐんだ。


なれら、十乃コイツについて色々と知りたいことがあるんじゃろ?」 


 御屋敷町長は、姿勢を戻すと大妖達を見回した。


「なら、儂や本人が語るより、十乃コイツ自身を間近で見てきた、特別住民ようかい達の口から、その人となりを聞いた方が良いじゃろうと思ってな」


「…成程。そういうことですか」


 沙牧さんが小さく呟く。

 今更だが、僕も何故、御屋敷町長が特別住民ようかい達をここに同行さたのか、ようやく理解した。

 そう言えば、前に秋羽あきはさん(三尺坊さんじゃくぼう)が言っていた。

 今回、サミットに集った大妖達は、ここ最近起こった妖怪絡みの事件に関わりを持つ人間…つまり、僕に興味を持っているらしい。

 そうなれば、彼らの前に僕が立つのは必然だ。

 その上で、あれこれ聞かれることも多いだろう。

 それを見越した御屋敷町長は、飛叢さん達も同行させ、彼らの口から僕の事を話してもらおうと考えたのだ。

 確かに、僕の評価を語る上で、上司である御屋敷町長や僕自身よりは適役だ。

 加えて、同じ妖怪なら、その言葉の信も得やすいだろう。


「いいだろう。なら、聞かせてもらおうか」


 山本さんが薄く笑う。


「妖怪から見た『十乃 巡』という人間の事を」

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