【百二十七丁目】「ほんと、いけずな男じゃ」 

 「妖王」こと、神野悪五郎しんのあくごろうをどうにか無事に、この「宵ノ原よいのはら邸」に迎え入れた僕…十乃とおの めぐるは、すり減った心身を奮い起こし、残りの来賓の到着を待った。


「坊よ、その顔上半分に入った陰気臭い縦線は何とかならんのか?どう見ても『歓迎します』という顔ではないぞ?」


 この降神町おりがみちょうで開催されることになった「あやかしサミット」

 その来賓である大妖達を迎えるため、国や町のお偉方と共に、宵ノ原邸の玄関で入り待ちをしていた御屋敷みやしき町長(座敷童子ざしきわらし)が、僕を見上げながら嘆息する。

 

「…そんなにヒドイ顔してます?」


 虚脱感に苛まれつつ、そう尋ねる僕に、御屋敷町長は頷いた。


「うむ。儂が医者なら、即『どくたーすとっぷ』じゃな」


「じゃあ、ここいらで失礼してもいいでしょうか?」


「残念じゃが、儂は町長であって医者ではない。ダメじゃ」


「…ですよねー」


 ガックリとなる僕に、御屋敷町長はクスリと笑った。


「何か?」


 尋ねる僕に、御屋敷町長が言った。


「いや、のう。やはり、坊は面白い奴じゃ…と思ってな」


「?」


「さっき、神野の奴が来る前に、儂が『緊張しているのか?』と聞いた時、坊は『大妖達が来るから、当たり前だ』と、ガチガチに緊張しながら答えたじゃろう?」


「…ええ」


 思い出しながら、僕は頷いた。

 確かに神野さんが来る前に、そんなやり取りがあった。

 御屋敷町長は、そこで悪戯っぽく目を細めた。


「まあ、気分次第で天変地異を引き起こせるような、剣呑この上ない輩を出迎えるわけじゃから、人間のなれが緊張するのは仕方がないのじゃが…汝、笑っておったぞ?それも嬉しそうにな」


「えっ?」


 思わぬ指摘に、御屋敷町長を見やる僕。

 御屋敷町長は、流し目で言った。


「坊の『妖怪好き』は知っておったが…いやいや、そこまでだとはのう」


「いや、あの、え…?」


 笑ってた?

 僕が?

 これから、途方もない力を秘めた大妖達と向かい合わなきゃならないのに…?

 困惑の中にある僕へ、御屋敷町長がニンマリと笑う。


「『大妖共を前にするから、身がすくむ。肝が冷える』と言いつつも、伝説の大妖に会えるとなれば、気が逸る…と言ったところかの♪」


「いや、僕は別に…そういうんじゃ!」


「よいよい。皆まで言わんでもな。じゃが…」


 あどけない少女の微笑を浮かべながら、御屋敷町長は囁くように言った。


「坊のそういうところ、儂は好きじゃぞ?」


「はいいいいっ!?」


「…何じゃ、そのリアクションは?」


 一転、ムッとした顔になる御屋敷町長。


「こんな可憐な美少女から好意を告げられたというのに、何故、猟師に出くわした狸みたいな反応をする?」


 可愛い唇を尖らせて抗議する御屋敷町長に、僕はハッとして首を横に振った。、


「し、失礼しました!別に、そういうわけではなくて!その、不意打ちだったので、少し驚いたというか、何というか…」


 弁明にしかならないが。

 ここ最近、身の回りで女妖絡みのトラブルが続いていたせいで、彼女達に変な警戒心を抱くようになってしまい、今も意識と身体が変な反応してしまったのである。


「冗談じゃ。言葉のまま、受け取るでない」


 しどろもどろになる僕に、御屋敷町長は、クックックと声を殺して笑う。

 からかわれたのだと知り、今度は僕が不満の表情になる。


「…いくら来賓の到着が遅いからって、僕で暇潰しをしないでください」


「いやいや、それは悪く取り過ぎじゃ。暇潰しなんかではないぞ?」


 目尻を拭いつつ、そう弁明する御屋敷町長。

 …泣く程笑いを堪えてるし。

 全く説得力がないと思う。


「そんな顔をするな。可愛い顔が台無しじゃぞ?」


 更に吹き出すのを堪えている御屋敷町長。

 童顔で女顔を自覚している僕は、そっぽを向いた。


「真正『のじゃロリ』に言われたくないです」


 ちなみに「のじゃロリ」とは「~なのじゃ」とか「~であろう」いった古風な話し方をする幼女・少女のことをいう。

 もっとも、御屋敷町長は妖怪だから、外見=年齢の図式は、まったく成り立たない。


「そう、むくれるでない。済まんかった。昔の知人によう似ておったから、つい、な」


「昔の知人?」


「うむ。そ奴も坊のように、妖怪が大好きな人間じゃった」


 へえ。

 僕に似た人がいるんだ。

 少し興味が湧いた僕は、御屋敷町長に尋ねた。


「その人は、どこに?」


「もうあの世じゃよ。遠い遠い昔にな」


 そう言った御屋敷町長の目が、暮れゆく空を見る。


「そ奴はな、儂ら妖怪とは相反する退魔の一族の人間じゃった」


 僕は目を見張った。


「退魔の一族って…その、沙槻さつきさんみたいな…?」


 頷く御屋敷町長。


「そうじゃ。もう、坊は“斎貴十仙いっきとおせん”という連中を知っておろう?」


 ハッとなる僕。

 その言葉は、よく知っている。

 少し前に、研修旅行で訪れた深山みやま温泉郷で、僕は悪友や同期の女子職員と「幽世かくりょ」という異世界に足を踏み入れた事があった。

 その時、幽世で知り合った特別住民ようかい達が口にしていたのが、確かその言葉だった。

 僕は恐る恐る頷いた。


「『夜光院やこういん』でも、その言葉を聞きました…でも、何を意味するのかまでは知りません」


 僕がそう言うと、御屋敷町長は、僅かに目を伏せて語り出した。


「そうか…まあ、耳にしたなら、教えてやろう。“斎貴十仙”とはな、汝ら人間達が、儂ら妖怪や魔物に対抗すべく生み出した、退魔の十氏族のことを指すのじゃ」


「退魔の…十氏族?」


 御屋敷町長は頷いてから、歌うように口ずさむ。


一神宮ひかみや二侍城ふじしろ三ノ塚さんのづか四士道ししどう五猟ごりょう六堂ろくどう七杜ななもり八智垣やちがき九雅峰くがみね…そして、十野とおの


 僕は、目を剥いた。

 沙槻さん達「五猟一族」や、夜光院の一件で知り合ったなっつんさん…六堂ろくどう 那津奈なづなさんはまだしも…「さんのづか」に「ななもり」…そして「とおの」だって…!?

 気が付けば、御屋敷町長が僕をじぃっと見ていた。

 その視線に、僕は何も言えなかった。


 僕が…いや、雄二も、退魔の一族だというのか…!?

 沙槻さん達のように、妖怪を滅してきた一族なのか!?

 でも、そんな話、じいちゃんやばあちゃんもしてくれたことはない。

 今まで、そうしたことを告げられたことなんて…


 その時、僕の脳裏に閃くものがあった。

 少し前に関わった夜光院での一件…僕が悪友の雄二と共に初めて夜光院の中に通され、名前を名乗った際、宗主である北杜ほくとさん(野寺坊のでらぼう)が、僕達の名前を聞き、奇妙な反応を示していたことを。

 そして、わざわざ名前まで書かせて、何かを確認していたようだった。

 あれは、もしかしたら…いや、もしかしなくても、僕達の姓に反応していたんじゃないのか…?


 僕を見つめる御屋敷町長の目には、何の感情も浮かんでいない。

 だが、それだけに「妖怪が退魔の一族に向ける視線」として、ひどく乾いたもののように映る。

 混乱しつつも、僕は何か話さなければという思いに駆られ、口を開いた。


「あ…あの、ぼ、僕は…それに、雄二も…」


「偶然じゃ」


「…へ?」


 間抜けた声で聞き返す僕に、御屋敷町長は先程の乾いた眼差しが嘘だったかのように悪戯っぽく笑った。


「坊と七森んとこの坊主…それぞれの名字の読みが『七杜』『十野』と一致したのは、恐らく全くの偶然じゃよ。坊達からは、連中の血は感じぬからの」


 呆気にとられた後、僕は盛大に溜息を吐いた。

 な、何だよ、もう!

 一瞬、自分が何か特別な家系に生まれたのかと思って、ビックリしたじゃないか!


「ふふん♪一瞬『もしや、僕には隠された未知の力が…!?』とか想像したじゃろ?じゃろ?」


 ニンマリ笑う御屋敷町長。

 伝承にある座敷童子は、悪戯も好きだったらしいが、どうやら本当のようだ。


「そ、そんな中二病、もう発症してません!」


「ほう?『もう』ということは…昔、罹患りかんしてたクチかの?」


「…知りません!」


 うるさい。

 「中ニ病」は、大半の十代の若者が負う「夢の火傷の痕」だ。

 普段は痛まないが、ふとした拍子に触れると、ひどく疼きだす。


「まあ、それは置いておこう」


 ひとしきりからかって、気が済んだのか、御屋敷町長は笑みを引っ込めた。


「魔に対抗すべく、人間達が生み出した“斎貴十仙”は、各家ごとに様々な修練を積み、術や技を究め、人外に等しい能力を有するに至ったのじゃ」


 それは、僕も知っている。

 例えば、五猟一族だ。

 彼らは、膨大な時間の中で、人の道を廃した過酷な修練を重ね続けた果てに、人ならざる能力を持った退魔兵器“戦斎女いくさのいつきめ”を生み出した。

 また一方で、六堂一族であろうなっつんさんは、何故か西洋の「錬金術アルケミー」に精通していた。

 そして。

 御屋敷町長には言えないが、以前、僕の命を狙った三ノ塚さん(舞首まいくび)。

 彼女が、もし“斎貴十仙”の三ノ塚一族の末裔だとしたなら…陰陽道に精通していたのは、そのせいなのだろうか…?


「そんな異能ぞろいの“斎貴十仙”の中でも、そ奴が名を連ねていた十野一族は、特に異色の存在じゃった」


「異色の存在…?」


 思わず聞き返した僕に、御屋敷町長は頷いた。


「十野はの『魔を討つための力』を良しとせず、その真逆の道を選んのじゃ」


「ど、どういうことです?」


「それはの…『魔を討つ』のではなく『魔と共存する』という道じゃ」


 魔と…共存する…?

 不思議な親近感シンパシーを覚えつつ、沈黙する僕に、御屋敷町長は告げた。


「具体的に言えば、魔と交わり、人と魔の合いの子を生み出すことで、双方の融和を図る。または、術によって魔を制し、共に生きる…というものじゃ」


「そんな…ことが…」


 僕は絶句した。

 以前、黒塚くろづか主任(鬼女きじょ)も言っていたが、人と魔…妖怪は、本来は相容れない存在ものだ。

 遥か昔、それを覆そうとしていた人間の一族がいたなんて、にわかには信じられなかった。


「じゃが、その結果、十野の一族は他の“斎貴十仙”から異端視された。当然じゃな。人間の敵であり、本来討つべき存在と融和を果たそうとしていたのじゃから。そして遥かな昔、十野の一族は、深い山の中に姿を消し、以降、その姿を見ることは無かったのじゃ」


「じゃあ、その人は…」


 僕はその先を言い淀んだ。

 僅かな沈黙の後、御屋敷町長は、空に輝き始めた一番星を見上げながら、呟くように言った。


「行ってしまった。儂らを置いて、な」


 キラキラと輝きを放つ星を見上げたまま、小さな妖怪は舌を出して「あっかんべー」をした。


「ほんと、いけずなやつじゃ」 

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