【百二十三丁目】「私達はチームですから、ね」

「…で、俺達に白羽の矢が立ったわけか」


 降神町おりがみちょう内某所に立つ、マンションの一室。

 居並ぶ特別住民ようかいの中の一人、飛叢ひむらさん(一反木綿いったんもめん)が、そう言った。

 ここは、降神町役場が主催する「人間社会適合セミナー」の受講者の一人、沙牧さまきさん(砂かけ婆)が経営するマンションの空き部屋だ。

 そして、先の「絶界島トゥーレ」での一件の際、打ち合わせに使われていた部屋でもある。

 あの一件以来、沙牧さんの厚意もあり、僕達はこの部屋を「K.a.Iカイ」に関わる情報交換の場として、利用させてもらっている。

 広い上に設備も充実しているし、何より外部の目が入らない

 とにかく便利な、秘密基地みたいなものだ。

 そして、今ここには、奇しくも「絶界島トゥーレ」の時の関係者が勢ぞろいしていた。


 理由は一つ。

 先日、この降神町の町長である御屋敷みやしき町長(座敷童子ざしきわらし)から告げられた「あやかしサミット」の関することである。


 御屋敷町長は、何故か下っ端職員に過ぎない僕にサミットの補佐役を命じた。

 また、どういうわけか、同時に「サミットには、この降神町に住む特別住民ようかいを何人か同行させよ」という課題まで出してくれた。

 その同行する特別住民ようかいのメンバーは、僕に一任され、それについて飛叢さん達にお願いするために集まってもらったのだ。

 僕…十乃とおの めぐるは、飛叢さんの言葉に頷き、説明した。


「そうなんです。御屋敷町長の話では、メンバーについては、間車まぐるまさん達特別住民支援課の職員では駄目らしいんです」


 それに、釘宮くぎみやくん(赤頭あかあたま)が首を傾げた。


「何で役場の職員じゃダメなのかな?」


 鉤野こうのさん(針女はりおなご)も、頬に手を当てて、


「あの町長のことですもの。何か魂胆がありそうですわね」


 三池みいけさん(猫又ねこまた)が、不安げな声を出す。


「“酒吞童子しゅてんどうじ”とか“山本五郎左衛門さんもとごろうざえもん”、“神野悪五郎しんのあくごろう”っていったら、武闘派ですごく有名な、妖怪の中の重鎮だよね…何ていうか、だいぶヤバい相手じゃないの?」


 すると、沙牧さんがコロコロ笑い、


「そうですね。まあ、万が一、彼らの眼前で粗相そそうでもしようものなら、東京湾辺りに浮かぶことになるんじゃないでしょうか」


 それを聞いた三池さんが盛大に青ざめる。

 …笑顔で、縁起でもないことを言わないで欲しい。

 そんな物騒な連中の前に立たねばならないのは、僕なのだから。


「ふむ…しかし、なかなか難しい選択でござるな、これは」


 分厚い眼鏡を光らせながら、愛用のパソコンを前にしたあまりさん(精螻蛄しょうけら)が、険しい表情で腕を組み、考え込む。

 僕は沈黙した。

 余さんの言葉はもっともだ。

 元々、皆には関係のない話だし、そもそも目的が不明瞭だ。

 何より、ことによっては三池さんの懸念の通り、危険すら伴うだろう。

 他に頼めそうな相手がいないため、真っ先に皆にお願いしてみたが…いくら何でも虫のいい話である。


「そ、そうですよね…こういうルートでいくってのは、やっぱり甘えすぎでしたね」


「そう、甘い。甘いとしか言えないでござる」


 余さんの眼光が鋭くなる。


「ことは今後に関わる選択でござる故、それがしとしては、安易な決断には賛同いたしかねるでござる」


「す、すみません…」


「おい、余。少し言い過ぎじゃねぇのか」


 飛叢さんが、眉根を寄せる。

 が、余さんは首を横に振った。


「いや、口を挟まないで欲しいでござる、飛叢殿。男として、こうしたことは、筋を通して考えるべきでござる。相手の気持ちを踏みにじらないためにも」


 「男として」とか切り出されたせいか、飛叢さんも思わず口をつぐむ。


「いや…本当にすみません。やっぱり、この話はなかったことに…」


 肩を落とす僕に、余さんが聞き咎めたように顔を上げた。


「…何の事でござる?」


「え?い、いや、ですから…皆さんに『妖サミット』の同行をお願いするという話はなかったことに…」


 それに余さんはキョトンとした顔で言った。


「はて?それなら、別にいいんじゃないでござるか?」


 一同が顔を見合わせた。


「おい、言ってることがさっきと逆だろ。断る気満々だったじゃねぇか、お前」


 飛叢さんがそう言うと、余さんは首を横に振った。


「そんな勿体ない!」


「勿体ない?」


 鉤野さんが、怪訝そうに言った。


「ことによったら、あの鬼王きおう魔王まおうの前に出なければなりませんのよ?そんな危険があるのに…?」


 すると、余さんは眼鏡をキラリと光らせた。


「ふっふっふ…ご存知ないでござるか、鉤野殿。今回のサミットに列席予定の『霊王れいおう玉緒たまお殿や『海王かいおう勇魚いさな殿は、何でも見目麗しい女性とか」


 そして、低い声で呟くように続けた。


「ならば『美の探究者』として、彼女らの艶姿、是が非でも記録せねばならんでござる…!」


「…十乃さん、僭越せんえつながら御意見します。今すぐこの方をメンバーから外した方がよろしいかと思いますわよ?」


 ぐふふふ…と笑う余さんを指差し、ジト目でそう告げる鉤野さん。

 いや、気持ちは分かります…


「でも、だったら、何でさっきあんなことを?」


 僕がそう尋ねると、


「某、何か言っていたでござるか?」


「え、ええ。確か、僕がお願いしたことに『甘いとしか言えないでござる』とか『安易な決断には賛同いたしかねるでござる』とか『男として、こうしたことは、筋を通して考えるべきでござる。相手の気持ちを踏みにじらないためにも』とか…」


「ああ、それでござるか」


 合点がいったようにそう言うと、余さんは眼前にあったノートパソコンのモニターと、ゲームのパッケージを僕に向けた。


「実はいま人気の新作のギャルゲーを攻略中で、ちょうど幼馴染のメインヒロインを選ぶか、クールビューティーの先輩を選ぶか、選択肢にブチ当たっていたでござるよ」


 見れば、画面には見るからに「正統派」といった女の子と、クールな美女っぽい女の子のグラフィックと、それに重なるように二つの選択肢が表示されている。

 余さんは、難しい顔で腕を組んだ。


「かたや、小さい頃に結婚の約束をして、離れ離れになっていた幼馴染。かたや、中学校時代から憧れていた先輩…どちらを選ぶか、男として安易な決断に走らず、筋を通して選ぶ必要があるでござる」


 そして、余さんはニヒルに笑って、親指を立てた。


「何せ、二人の『今後に関わること』でござるからな…!」



……


………


 何だか…どっと疲れた。


「ねぇねぇ、余兄ちゃん」


 画面を見ていた釘宮くんが、不意に余さんの袖を引いた。


「何でござるか、釘宮どの?」


「パッケージのここに描いてある、18の数字と手でバッテンしているマークってなあに?」


「ん?知らないでござるか?つまり、このゲームは大きなお友達用のいわゆるエロ…」


ザァリッ!!バリバリッ…!!


キュルルル…ギュウウウウウッ…!!


 抜く手も見せずに閃いた三池さんの爪と、高速で巻き付き、全力で引き締められた鉤野さんの鉤毛針。

 それらを受け、ズタボロになった余さんは、ドォッと倒れ伏した。

 痙攣する余さんを、絶対零度の視線で見下ろす三池さんと鉤野さん。


「ホンッとに懲りないわね、アンタ…!!」


「いい加減、学習したらいかがですの…!?」


 それを見ながら、飛叢さんが苦笑しながら頭を掻いた。


「やれやれ…んじゃあ、全員OKってことでいいのか?」 


「私は構いませんよ。面白そうですしね。何より、町の権力者である町長に貸しを作れるわけですし?」


 楚々と笑いながら、さりげに腹黒発言を放つ沙牧さん。


「うーん…ちょっと怖いけど、みんなが一緒なら…」


 三池さんも、戸惑いつつ、そう言ってくれた。

 残った釘宮くんと鉤野さんが顔を見合わせ、笑い合った。


「無論、僕達もね!」


「ええ、何せ…」


 鉤野さんは珍しく、僕に向けて悪戯っぽくウィンクした。


「私達はチームですから、ね」

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