【九十九丁目】 「よーし、一旦落ち着け妹」

「はらいたまえ!」


 白無垢姿のまま、沙槻さつき戦斎女いくさのいつきめ)が、祝詞を奏上すると共に大幣おおぬさを振るう。

 瞬間、見えざる力場が発生し、数人の花嫁が吹き飛ばされた。

 退魔兵器“戦斎女いくさのいつきめ”である沙槻が本気になれば、人間はともかく、妖怪達を消滅しかねない。

 そのため、微妙な力加減の連続に、沙槻は内心辟易へきえきしていた。

 対する花嫁達は、人妖問わず遠慮が無い。

 おまけに妙な連帯感が生まれているのか、徐々に連携を図るようになっていった。


「妖怪組は下がって!その白無垢の娘の相手は、あたし達人間組が受け持つわ!代わりに、妖怪組あなたたちには同じ妖怪の相手を任せるわよ!」

「了解!頼むわ…!」

「いくわよ!みんな!」


 その声を合図に、四方から一斉に遅い掛かる花嫁達(人間組)。

 沙槻は、すかさず大幣を袖口にしまい、腰を落として身構えた。

 彼女が行使する「霊力」は、妖怪や霊体には効果があるものの、人間相手にはいささか不向きである。

 そして、こうした場合にも備え、沙槻は古武術を修めていた。


「みなさま、いたかったらすみません…!」


 相手の動きを読み、その力を利用した体術で次々と花嫁達を投げ飛ばす沙槻。

 舞い踊るようなその動きに、花嫁達の足並みがたちまち乱れる。

 しかし…


「このぉっ!」


 沙槻の足元に投げ倒された花嫁の一人が、がむしゃらにその右足に組みつく。

 完全に虚を突かれた沙槻は、反射的に手刀で相手の頭を潰そうとし、咄嗟に踏み止まった。

 これは人に仇成す魔物との命を掛けた実戦ではない。

 相手は普通の人間だ。


「くっ…!」


「隙あり!」


 その隙を他の花嫁達は見逃さなかった。

 数に任せて沙槻を押し倒そうと、数人の花嫁が一度に襲い掛かる。

 そこへ…


「舞え【暗夜蝙声あんやへんせい】」


 跳び回りながら複数の花嫁(妖怪組)と空中戦を演じていた摩矢まや野鉄砲のでっぽう)が、沙槻の窮地に気付き、手にした噴き矢を連続で放つ。

 噴き放たれた矢は、空中で不規則な軌道を描き、沙槻に襲い掛かろうとしていた花嫁達へ一斉に命中した。

 その途端、力を失ったように崩れ落ち、そのまま寝入ってしまう花嫁達。

 摩矢特製、睡眠薬仕込みの噴き矢の成せる技である。


「たすかりました。まやさま」


「ん」


 傍らに着地した摩矢と背中合わせになりながら、沙槻が礼を述べる。

 ここまで摩矢自身も複数の妖怪の花嫁を相手取っており、息こそ切れてはいないが、やはり消耗しているようだ。

 沙槻も摩矢も、百戦錬磨の戦闘のプロである。

 魔物や妖怪相手でも、これくらいの数が相手なら決して引けを取ったりはしない。

 しかし、今回は明らかに勝手が違った。

 なまら実戦慣れしている二人は、そもそも手加減という言葉とは程遠い世界にいる。

 命のやり取りを前提とした戦いと、相手を傷付けないよう手加減を要する戦いは、全く別物なのだ。

 しかも、相手は無尽蔵に押し寄せてくる、人妖混成の花嫁軍団ある。

 四方八方から一斉に襲い掛かってくる相手を、人間か妖怪か一瞬で見極め、その攻撃をかわしつつ行動不能にするのは、予想外に骨が折れる作業だった。

 一方で、摩矢達を取り囲む花嫁達の闘志は、衰えることが無い。


ひるむな!こっちは数で勝ってるんだから、前進よ、前進!」

「倒れた人を後方へ!衛生兵、治療よろしく!」


 どうやら、花嫁軍団の中には看護師や医術に通ずる妖怪もいるようだ。

 摩矢達に倒され、いま後方へ引きずられていく花嫁達も、程なくすれば彼女達の手により復活するだろう。

 沙槻は溜息を吐いた。


「これではがありませんね」


「うん。正直、雑魚の集団と思っていたけど、凄い気迫」


 ぼやく摩矢に、花嫁達は決死の表情を崩さずに言った。


「当り前でしょ!婚活中の乙女の執念をなめんな!」

「こっちはもう後が無いのよ!色々と…!」

「残留組はもういや!あたし達だって、勝ち組になりたいのよ…!」


 血を吐くような花嫁達の激白に、沙槻が怯んだ表情でゴクリと喉を鳴らした。


「…せ、せつじつなのですね。みなさん」


「下手に相手を高望みするから、そうなる」


 呆れる摩矢に、花嫁達が一斉に血の涙を流した。


「うるさい、うるさい!結婚は女にとって一生の一大イベントなのよ!」

「そうよ!妥協なんかできる訳ないでしょ!」

「少しでも条件のいい相手を探すのは、遺伝子が命じる女のごうなのよ…!」


 殺気に満ち溢れた花嫁達の包囲網が狭まる。

 摩矢と沙槻は、互いに寄り添うように身を引いた。


「せっとくは、むりのようですね」


 真剣な表情の沙槻に、摩矢が頷く。


「こうなると、もはや怨霊にしか見えない」


 摩矢は懐から数珠を取り出すと、珠を繋いだ糸を噛みちぎった。


「殺傷力を考えると、こっちの残弾はこれだけ…沙槻、そっちはどう?」


 沙槻は、歯を噛み締めた。


「…しょうじきにいえば、このじょうきょうでは、いりょくのたかい『じゅつ』はつかえません。それに、さきほどのように、にんげんのみなさまがあいてになると、あのかずでこられたら、そうながくはもたないかもしれません」


 それに、摩矢が溜息を吐く。


「絶体絶命、か…」


「そうでもありません」


 不意に。

 そんな声と共に上空から二つの影が降下してきた。


「申し訳ありません、淑女レディーの皆さま。少し痺れますよ?」


「摩矢、沙槻、私に掴まるネー!」


 そう言いながら、影…フランチェスカ(雷獣らいじゅう)が組んだ両拳を大きく振り被る。

 それに先んじて、おたふくのお面をつけた、通称「お助け無流むりゅう仮面」(=リュカ)が、その神速の足を活かして、摩矢と沙槻を抱えるとすぐさま離脱した。


「OK!Goブッ forぱなす itネー フラン…!」


「かしこまりました」


ドン…!

バリバリッ…!


 フランがその両拳を地面に叩きつけると、淡い放電が周囲の大地へまき散らされる。

 同時に、電撃を受けた多数の花嫁達が一様に体を硬直させ、次々に崩れ落ちた。

 それを見た摩矢が思わず呟く。


「凄い」


「い、いまのは…らいげき…ですか…?」


 お助け無流仮面リュカに掴まりながら、沙槻も目を丸くする。


「Yes!言うなれば『広範囲無差別攻撃型スタンガン』ネー!効果抜群ヨー!」


 何故か得意げに胸を張るお助け無流仮面リュカ

 だが、言葉の自信通り、押し寄せいていた花嫁軍団の半数以上が感電し、昏倒していた。


「とりあえず、これで何とか…」


 摩矢が一息つきながらそう言いかけた時だった。


「な…なめんじゃ…ないわよ…!」

「この…程度の…痺れなんてぇぇぇッ!」

「根…性ぉぉぉぉぉッ!!」


 突然。

 倒れ伏していた花嫁達が、雄叫びを上げながら次々と身を起こし始める。

 それは「最後の審判」に復活する死者さながらの光景だった。


「ジ…Jesusジーザス…!」


「…うわお」


 信じ難いその光景に、摩矢達は心底戦慄した。

 恐らくフランチェスカ自身も威力を抑えたのだろうが、あの電撃をまともに食らえば、妖怪でもしばらくは動けないはずだ。

 だが、目の前の花嫁達はそんな肉体の法則を凌駕した精神力を奮い起こし、次々と復活していく。


「ま、まだよ…!まだ、終わらせないんだから…!」

「言ったでしょ…!?『婚活中の乙女の執念をなめんな』って…!」

「バ、バージンロードが…あたし達を待ってるのよ…!」


 凄惨な笑みを浮かべながら、一人で、或いは互いに肩で支え合いながら、立ち上がる黙示録のはなよめたち。

 凄まじい執念だった。

 沸き立つ執念それらは、まさにオーラのように立ち昇り、摩矢達を圧倒する。


「な、なんという『ようき』!」


 かつて感じたことのない脅威に、沙槻がたじろぐ。

 実際、彼女達から放たれる妖気や妄念は、桁外れだった。

 お助け無流仮面リュカも絶望に満ちた声を上げる。


「Shit!ただのモブキャラ集団どころか、これはもう大妖クラスの迫力ヨー!」


「フランチェスカ!さっきのをもっと強めに…」


 振り向いた摩矢は、そこで声を失った。

 見れば、フランチェスカは両拳を地面に打ち降ろしたまま、石像のように硬直している。


「ふらんちぇすかさま…!?」


 異変に気付いた沙槻が駆け寄り、その顔を覗き込む。

 長い前髪に隠れたフランチェスカの瞳を見た沙槻は、思わず両手で口を覆った。


「そ、そんな…!」


「どうしたの!?」


 そのただならぬ様子に、普段冷静な摩矢も思わず身を乗り出して息を飲む。

 沙槻は悲痛な顔で振り返った。


「ふ、ふらんちぇすかさまの…めに…」


「目に…!?」


「『でんちぎれ』とひょうじされております…!」


 目が点になる摩矢。

 その横で、お助け無流仮面リュカが頭を抱える。


Goddamnガッデム!この肝心な時に…!だから、前からあれほど『ソーラー対応にしろ』って言ってたのニー!」


「…電気は大切にね…」


 やれやれと首を振りながら、摩矢は再び数珠を指弾の要領で構える。


「沙槻、お助け無流仮面リュカ、こうなったらもう覚悟を決めるしかない」


「OK!こうなりゃヤケねー!『武士道とは死ぬことと見つけたり』…やるだけやってやりまショー!あと、私は『リュカ』ではありまセーン!そこんとこよろしくデース!」


「しょうちしました。もはや、てごころをくわえているよゆうはありません…いまこそ、このみをやいばとし『ま』をはらいましょう…!」


 沙槻は大幣を取り出すと、「最上祓さいじょうのはらい」の祝詞のりとを奏上し、光の剣に変化させた。


「これで終わりよ…!」

「つ、ついにこの手に花束ブーケが…!」

「前進、前進ーっ…!」


 三人を花嫁軍団がじわり、と包囲する。

 息を飲む摩矢達。


 その時。

 風が変化した。


「…この臭いは…」


 摩矢が天を見上げ、鼻をヒクつかせる。

 そして、思わず手で口を覆った。


「まやさま…!?」


 沙槻が不安そうに摩矢を見やる。


「Hey どうしたネー?…って、What!?なに、この臭い!?」


 お助け無流仮面リュカも、風が運んでくる臭いにしきりに鼻を動かす。


「これは…ブラッドの臭い…!?」


 その呟きに、摩矢が呻くように応えた。


「…援軍が、来た」


 風は血の香りと共に、黒雲をも呼んだ。

 そして、同時に慙愧ざんきの念に満ちた詠唱をも運ぶ。


「…全ては愛するもののため 愛し子すらもにえとせん…!」


 瞬間。

 世界は反転し、いにしえの闇の伝承に浸食された。


 黒雲と血臭が舞う園内に、無数の大出刃包丁が突き立つ荒野が出現する。

 鮮血原野「安達ヶ原あだちがはら」…かつて、恐怖と共に語られた、一匹の人食い鬼女きじょの伝説の舞台となった場所だ。

 その中心…凶悪な輝きを放つ大出刃包丁に囲まれながら、一人の花嫁が一同を睥睨へいげいした。


「間にあったようだな」


 額に二本の角を生やし、頬に血涙の化粧を施した黒塚くろづか(鬼女)が静かにそう呟く。

 世界に起こった異変と、異様な黒塚の姿に、花嫁達が動揺する。


「な、何よ、あれ…!?」

「鬼…!?」


「いかにも」


 黒塚は傍らの大出刃包丁を引き抜くと、肩に担いだ。


「ようこそ、我が『安達ヶ原』へ。歓迎いたします、来場者の皆さま」


 ニコリと笑うその笑みに、花嫁達の背筋を氷の如き冷気が走り抜ける。

 彼女達の本能が告げていた。

 この相手は、まごうことなきであると。


「ですが、大変申し訳ありません。イベント運営における安全上の都合で、全員ここでリタイアしていただきます」


 大出刃包丁を返し、峰打ちの構えをとる黒塚。

 怯んでいた花嫁軍団だったが、その言葉に全員が気色ばんだ。


「…要するに、あなたも邪魔する側ね!?」

「そういうことなら、遠慮はいらないわね!」

「逆にリタイアさせてあげる…!」


 摩矢達を包囲していた花嫁達が、一斉に黒塚と対峙した。

 血臭漂う荒野と化した戦場に、風が吹く。

 その中で、花嫁たちは咆哮した。


「全員、吶喊とっかぁぁぁぁん!」

「おおおおおおおおおおおッ…!!」

「“鬼婆しゅうとめ”が怖くて結婚できるかぁぁぁぁぁッ…!」


 押し寄せる花嫁の大群を前に、黒塚は不敵に笑った。


「仕方ありません…では、全員強制執行おしおきです…!」


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 同時刻。


 摩矢や沙槻達と分かれたりん朧車おぼろぐるま)、美恋みれんともえ舞首まいくび)の三人は、ゴールであるステージへと向かっていた、

 ローラーブレードを手に入れた輪は、現在、美恋と巴を両肩に乗せた状態で走行中だ。

 妖力【千輪走破せんりんそうは】により、走力と共に「積載運搬力」も強化されていればこその芸当である。

 女性とはいえ、二人も担いでもなおそのスピードは凄まじく、ステージも目前に迫っていた。


「成程な。事情は大体分かった」


 疾走しながら、輪が事情を説明した巴に言った。


「つまり、めぐるを狙ってる奴に五つの花束ブーケを渡さないよう、あんた達が回収してたってことか」


「そそそそそうですぅ…!」


 想像以上のスピードに顔をひきつらせながら、巴が頷く。

 今日は何かとスピード走行に祟られる巴だった。


「わわわ私とリュカさんが手に入れようとしていた花束ブーケはぁぁぁ…無くなってしまいましたがぁぁぁ…残りの四つはそれぞれフランチェスカさん、沙槻さん、そして貴女が持ってることになりますぅ…!残りの一つも、たぶん黒塚さんが入手したと思いますぅぅぅ…!」


「んで、同時に秋羽さん達が、会場で犯人探しをしてるってわけですね」


 こちらはスピードに慣れたのか、幾分落ち着いた様子で美恋が口を開いた。


「はいぃ!でも、日羅ひら隊長やつぶら秘書官から、犯人が見つかったという報告がまだ無いので、犯人はこの会場のどこかに潜伏していると思われますぅぅぅ…!」


 飛びそうになる意識を懸命に繋ぎ止めつつ、頷く巴。

 全ての事情を知った輪と美恋は、お互いに口をつぐんだ。

 特別住民ようかいと人間の相互交流のために開催された、この「降神町おりがみちょうジューンブライド・パーティー」

 それを気に食わず、最初からその運営の妨害を何者かが画策していたという。

 だが、その何者かにも思わぬ誤算が生じた。

 それが、二弐ふたに二口女ふたくちおんな)がイベントジャックを行い、急遽開催されたこの「六月の花嫁大戦ジューンブライド・ウォーズ」である。

 恐らく容易く妨害できると思っていた犯人も、この突発イベントには泡を食ったに違いない。

 なにしろ、ターゲットに選んでいた巡本人が、景品同様に拉致された上、警護役ゲルトラウデの登場によって手が出しようもない状況になってしまったのだ。


「結果的に唄子の裏工作が、怪我の功名になったってわけか」


 そこまで言うと、輪は不意に何かに気付いたように顔を上げた。


「見えてきたぜ、大風車だ。会場まであと少しだな…!」


 美恋と巴が目を向けると、確かに大きな羽根をゆっくりと回す風車の姿が見えた。

 話している間に、相当な距離を稼いだようだ。

 美恋が腕時計に目を落とすと、フランチェスカが告げたタイムリミットよりだいぶ前に到着できそうだった。


「ここまで誰にも妨害されませんでしたね」


 美恋がそういうと、輪は得意気に胸を張った。


「まーな!あたしが本気出せば、追いつける奴なんぞそうそういない…っ!?」


 その台詞が終わらぬうちに、輪は不意に進路を左に大きくカーブさせた。

 不意に上空から襲い掛かって来た避けたのだ。


「二人共、つかまれ!」


「きゃああああっ!?」


「ひょえええええっ!?」


 美恋と巴が悲鳴を上げてお互いにしがみつく。

 慣性と戦いながら、辛うじて転倒を堪えつつ、急停止する輪。

 その目が、自分の進路上に降り立った何者かを捉え、鋭く変わった。


「…そういや、このルート上にはがいたんだっけな。すっかり忘れてたぜ」


 二人を肩から下ろしつつ、不敵に笑う輪に向かい、上空から飛び蹴りで輪を狙いすましてきた一人の花嫁が、ゆっくりと立ち上がった。


「随分じゃない。あたしが言うのも何だけど…このが!」


 そう言いながら女性…ウェディングドレス姿の三池みいけ猫又ねこまた)が、爪を閃かせて吐き捨てるように続けた。


「あたしの花束ブーケ、大人しく返しなさい!」


 目を三角にしながら、三池が「フーッ!」と威嚇する。

 その言葉通り、輪が持っている「白百合の花束ブーケ」は、もともとはこの“風の宮”の「守護花嫁ガーディアン・ブライド」である三池が、二弐から託されたものだった。

 しかし、三池がドレッシングルームで着替えた際、うっかり置き忘れてしまった花束ブーケを美恋が発見し、輪にコーディネイト用の小道具として持たせたのが真相だった。

 しかし、そうとは知らない二人は、いま剣呑な空気の中で対峙することになったのである。

 輪はあかんべーをしながら、


「やーだよ。欲しけりゃ、実力で来な!ブタネコ」


「にゃ、にゃんだとぉっ!?オンボロ車の分際で…!」


 一気にヒートアップする三池。

 今にも飛び掛からんばかりに、四足獣の体勢になり、二本の尾を逆立てる。

 対する輪も腰を落として身構えた。


「へっ…考えてみりゃあ、お前とは『グルメ決定戦』や合宿旅行での決着がついていなかったよな…丁度いいぜ、今日ここであの時のケリをまとめてつけてやるよ…!」


「上等!いつまでも逃げ回ってばかりのあたしじゃないわよ!今回は将来が懸かっているんだから…!」


 そう言いながら、爪を閃かせる三池。

 輪と美恋は顔を見合わせた。


「将来だあ?」


 怪訝そうになる輪に、三池は続けた。


「そうよ!この『六月の花嫁大戦ジューンブライド・ウォーズ』の趣旨はあんた達も知ってるはず!」


「そりゃあ、まあ…」


 美恋は、二弐がステージ上で告げた勝利条件を思い出しながら頷く。

 三池はニッと笑った。


「つまり、その勝利条件は、あたし達『守護花嫁ガーディアン・ブライド』にも適用されているってことよ!現に、その花束ブーケを守りきったら、優勝者の代わりに十乃君とデートしてもいいって二弐さんが言ってわ!」


「な、何だと!?」


「何ですってぇ!?」


 聞き捨てならない台詞に、輪と美恋が同時に叫ぶ。

 

「う、唄子うたこのヤツ『守護花嫁コイツら』にまで何てうらやま…い、いや、セコイ条件を…!」


「お兄ちゃんとデート…うう、今更ながら何て魅力的…いえ、横暴な条件なの…!」


 煩悶とする輪と美恋。

 だが、輪は何かを思い出したように顔を上げると、三池に指を突きつけた。


「…って、ちょっと待てコラ!こないだまで、楯壁たてかべとかいう金持ちのボンボンをオトしたいとか言ってなかったか、お前…!?」


 輪の追及に、三池は優雅にニンマリ笑った。


「にゃふふふ♡恋の解答アンサーはいつでも一つとは限らないのよ!勿論、本命は楯壁さんだけど、ぶっちゃけ、公務員の安定収入はオイシイし?十乃君、笑った顔が可愛いし、優しいし…恋人候補としては十分でしょ?」


「お兄ちゃんを馬鹿にしないで…!」


 最愛の兄をキープ扱いにされた美恋が、思わず激昂する。


「お兄ちゃんは、寝顔だってキュートなんだからねっ!」


「よーし、一旦落ち着け妹」


 いささか疲れた表情で、輪が口を挟む。

 そして、三池を睨みつけた。


「何にしろ、お前のふざけた将来設計なんぞ知るか!第一、こっちはこっちで事情があって花束ブーケは渡せないんだよ!分かったら、家で大人しく爪でも研いでろ、この色ボケ猫!」


「へへーんだ!そんな風に誤魔化して、結局あんたも十乃君が狙いなんでしょ~?」


 ニヤリと笑う三池に、輪は途端に真っ赤になった。


「な、ナニ言ってんだ、テメエ!そそそんな訳あるか…!」


「……間車さん……そうなんですか……?」


 氷点下の視線で見詰めてくる美恋に、輪はぶんぶんと首を横に振った。


「ち、違うって!妹まで、何言ってんだよ!?あたしは、純粋に巡を守ろうと…!」


「…アヤシイ…」


「…アヤシイわね…」


「…っ~、あーもう!なら、これでいいだろ!」


 そう言うと。

 輪は背に背負っていた白百合の花束ブーケを、美恋に投げて寄越した。

 一瞬呆気にとられながらも、何とか受け止める美恋。

 それに輪が指を突きつける。


「行け、妹!このアホ猫はあたしが相手してるから、お前は巴とステージへ急げ!」


「えっ!」


「あの電撃メイドフランチェスカがさっき言ってたろうが!もう時間がない!ステージは近いんだから、あとは二人で走っていけ!いいな!」


「間車さん…!」


「…ありがとな、妹。ウェディングドレス姿を褒められたのは…少しだけ嬉しかったぜ」


 ふと笑いながら、輪が片目をつぶってみせる。


「文字通り、。あたしらの分も巡を守ってくれ…!」


 手の中の花束ブーケを見詰めてから、美恋は意を決した表情で顔を上げた。


「分かりました!兄のことは任せてください…!」


「あ、ちょっと!そう簡単に行かせるもんですか!」


 慌てて追いすがろうとした三池の行く手に、不敵な笑みを浮かべて立ちはだかる輪。


「おっと、お前の相手はこのあたしだって言ってるだろ?」


 三池は歯噛みした。


「ぐぬぬぬ…そこをどきなさいよ!」


「やなこった!」


 三池は鋭い爪を構えた。


「なら、押し通るまで!ここでスクラップにしてあげる、オンボロ車!」


「出来るもんならやってみやがれ、ブタネコ!逆にぶっちめて、三味線にしてやらぁ!」


 そのまま目まぐるしい戦いを始める二人。

 それを尻目に、美恋は駆け出しかけてから、ふと巴の姿が無いことに気付いた。


「と、巴さん!?」


 見れば、巴は地面に仰向けになって倒れていた。

 どうやら、輪が急停止した時のショックで、あえなく気絶してしまったようだ。


「…道理で静かだと思った」


 外傷が無いのを確認してから、美恋は巴の体を揺り動かした。


「巴さん!巴さんてば!起きてくださいよ、もう…!」


「う…うう…」


 そう呻き声を上げる巴。

 それに、美恋がホッとした瞬間だった。

 突然、巴の体に変化が生じた。

 シニヨンにしていた髪がほどけ、髪先からゆっくりと変色していく。

 身体もそれに合わせて、豊満なボディラインを描いていった。


「…ウ、ウソ!?…変身した!?」


 目を剥く美恋の前で、別人と化した巴がゆっくりと身を起こす。

 美恋は恐る恐る尋ねた。


「あ、貴女…と、巴さん…なの…?」


「…ええ」


 氷のような美貌が美恋へと向けられる。


「私はトモエ。“舞首”の一つ『三の首』の凍若衣ともえと申します」


 そう言ながら。

 目の前の女性はをかき上げると、懐から取り出したをゆっくりと掛けつつ、冷たい微笑を浮かべたのだった。


「以後、お見知りおきを」

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