【九十三丁目】「…悪趣味ですわ」

「「さあ、いよいよ始まりました『六月の花嫁大戦ジューンブライド・ウォーズ』!司会は私、降神町おりがみちょう役場特別住民支援課の二弐ふたにが、ここ特別実況席よりお送りして参ります!」」


 「降神町ジューンブライド・パーティー」会場。

 そのステージ裏に密かに設置された実況席で、マイクを片手に二弐(二口女ふたくちおんな)がそうアナウンスする。

 二弐の思惑により突如開催されることとなった「六月の花嫁大戦ジューンブライド・ウォーズ

 大仰な名前にはなっているが、中味は五人のイケメン(?)達との「一日デート権」をエサにした、恋に飢えた花嫁達による「五つの花束ブーケ」争奪戦である。

 そして現在、二弐にまんまと扇動された花嫁達は、人妖問わず、各々の野望を胸にレースを開始。

 近隣最大級の公園である「ウインドミル降神」…その園内に隠された「五つの花束ブーケ」を得るべく、奔走する彼女達の様子は、会場内のオーロラビジョンに生中継され、来場者たちの目にするところになっていた。

 花嫁達が散り、閑散としていた会場内には、突如行われたこのお祭り騒ぎを聞きつけた観客が徐々に集まり始め、盛り上がりを見せている。

 二弐はその観客の声援に応えながら、更に続けた。


「そして、今回、解説者としてお越しいただきましたのは、本イベントに多数のウェディングドレスをご貸与いただいた株式会社『L'konoルコノ』の代表取締役であり、…」

「人間社会において躍進する特別住民ようかいの女性の旗頭として、日々ご活躍されている鉤野こうの しずさんです!」


「ど、どうも…」


 予告もなしに「解説者」という荒業あらわざを強いられた鉤野が、しどろもどろにそう挨拶する。

 「降神町ジューンブライド・パーティー」の協賛企業という立場もあり、もともと来賓の一人として出席していた鉤野は、普段通りの和服姿だった。

 その横では、本来のイベント担当者であり、未だにイスに縛られたままのめぐるがもがき続けている。

 それを横目に、鉤野がおずおずと切り出す。


「あの…二弐さん?これは一体どういう…」


「「さあ、今回サプライズとして開催されることになったこの企画!参加者である花嫁達のあでやかな姿を、私達二人が余すことなくお伝えして参ります!宜しくお願いいたしますね、鉤野さん!」」


「は、はあ…宜しく」


 勢いに押された鉤野が、思わず頷く。


「「では、改めてこのイベントのルールをご説明しましょう!」」


 二弐が用意していたフィリップを目の前に表示する。


「「この『六月の花嫁大戦ジューンブライド・ウォーズ』では、園内に隠された『五つの花束ブーケ』を手に入れ、制限時間内にこのステージまで持ち帰ることが勝利条件です。それぞれの花束ブーケ…即ち、バラ・チューリップ・ハイビスカス・ヒマワリ・白百合の花束ブーケは、それぞれの殿方のブーケニアに対応しており、見事勝者となった花嫁は、彼らとの『一日デート権』を獲得できることとなります!」


「はぁっ!?それは初耳ですわよ!?」


 フィリップに掲載された五人の男性…即ち、飛叢ひむら一反木綿いったんもめん)、釘宮くぎみや赤頭あかあたま)、なぎ磯撫いそなで)、楯壁たてかべ、巡の顔写真を見た鉤野が、思わず目を剥いて立ち上がる。

 それににっこりと微笑む二弐。


「はい。何しろ、サプライズですから♪」

「人選に何か問題でも?」


「…………………………い、いえ…別に」


 ニヤつく二弐の言葉にハッとなり、咳払いをしながら着座する鉤野。

 そして、ブツブツと、


「全く、あのお祭り男は…!また、変なことに首を突っ込んで…!」


「「では、中継を見てみましょう…おっと!早速、大池の方で何か動きがあったようですね?」」


 二弐の言葉と共に、オーロラビジョンでコマ割りになっていたカメラの一つが拡大される。

 そこは園内にある「水鏡みかがみの池」…通称「大池」と呼ばれる場所だった。

 大池はその通称通りの大きな池である。

 池の中央には小島があり、藤棚と東屋あずまやが設けられていた。

 池には貸しボートもあり、普段は恋人達が白鳥達と戯れる人気のデートスポットでもある。

 カメラはその小島にある東屋…木製の大きな机に飾られた、黄金の飾り紙に包まれた「チューリップの花束ブーケ」を映し出していた。


「あ、あれ!」

「見つけたぁぁぁッ!!」


 それを目にした付近の花嫁達が、我先にと小島へと架る橋に殺到する。


「おおっと、早くも第一の花束ブーケが見付かったようです」

「あれはチューリップ!となると、釘宮君とのデート権を獲得できる花束ブーケですね」


 二弐がマイクにかじりつく。

 鉤野はそれを白けた目で見ていた。


「…悪趣味ですわ」


 そして、モニターの向こうでは、花嫁達による一進一退の攻防が繰り広げられていた。


「ちょっと、どいてよ!」

「あ、コラ、髪を引っ張らないでったら!」

「『りっきゅん』の貞操は誰にも渡さないわよ!」

「ダメよ、あたしが保護するんだから!」

「りっくん、マジ天使!ハァハァ」


 まさに人妖入り乱れての大激戦。

 髪の毛を引っ張る程度はまだ可愛い方で、中には妖力を使う妖怪に対し、数で勝る人間の花嫁達が徒党を組み、熾烈な争いが展開する。


「おーっと、さすがはキュートさ断トツナンバーワンの釘宮君!本日の来場者にもかなりのファンがいたようです!」

「ショタを奪い合うお姉さん達の構図は、かなり犯罪チックな香りもしますが、いかがでしょう、解説の鉤野さん?」


「あ、ああ…うちのドレスが…!いやあっ、それは今年のニューモデルなのに…!」


激闘にまみれていく自社製ドレスに鉤野が頭を抱えて悲鳴を上げる。

そんな中、


「もらったぁっ!」


 一人の花嫁が、激闘の隙間をぬって小島へと走り出す。

 それに気付いた他の花嫁達が血相を変えた。


「「「「「「させるか!」」」」」」


 慌てて追いすがる花嫁達。

 が、互いに邪魔し合う形となり、一歩リードした花嫁との距離は更に開いた。


「やった!」


 それを見て、花嫁が快哉を上げる。

 が、その時だった。

 それまで静かだった大池に不意に水柱が立ち上った。

 同時に、その中から現れた一つの影が、花嫁の眼前に降り立つ。


「おっと、ここから先はそう簡単には通さないぜ!」


 金色の髪に褐色の肌。

 筋肉質の巨躯を純白のドレスで包んだ、一人の女性がそう告げる。

 それに、完全に勝利を確信していた花嫁が目を剥いた。


「あ、あなた、誰よ…!?」


「あたいは焔﨑えんざき かがり!この『水鏡の池』…『水の宮』を守護する守護花嫁ガーディアン・ブライドさ!」


 そう言いながら、ニンマリ笑う篝(牛鬼うしおに)。

 突然の伏兵の登場に、他の花嫁はもとより、実況席の鉤野、そして二弐も驚愕の表情になる。


「なっ!?『守護花嫁ガーディアン・ブライド』…!?」

「ウソ!そんなの手配してないんだけど!?」


 二弐がそう言うと、篝がカメラに向かって親指を立てる。


「おう、二弐あんたに『地の宮』の守護花嫁ねえちゃんから伝言だ。ええと…『このままでは盛り上がりに欠けるので、少しアレンジを加えました♡』…だってさ」


 伝言メモを読みながら、篝がそう告げると、二弐は少し呆然とした後で不敵に笑った。


「成程…が考えそうなことね」

「いいでしょう。少し予定が狂いましたが、これも愛の試練…!」


 気を取り直した二弐は、再びマイクを手に実況を始めた。


「おーっと、ここで予想外のハプニングが勃発!」

「突如出現した『守護花嫁ガーディアン・ブライド』によって、花嫁達の行く手が阻まれたーっ!」


「そんなんありですの!?」


 思わずそう叫ぶ鉤野。

 一方、篝は笑いながら両手をガッシリ組み、ボキボキと指を鳴らす。


「面白きゃあ何でもアリだろ。せっかくのお祭りなんだしよ!」


 花嫁にあるまじきそのド迫力に、一歩リードをしていた花嫁が息を飲んで後ずさった。

 無理もない。

 篝は180センチを越える体躯の持ち主だ。

 並みの男性でも見上げる高さである。


「とにかくだ。この花束ブーケが欲しけりゃあ、あたし達『守護花嫁ガーディアン・ブライド』を倒していくんだね…!」


 ニヤリと笑う篝。

 そこに、


「何が『守護花嫁ガーディアン・ブライド』よ!」

「この数に勝てると思ってんの!?」


 出し抜かれていた花嫁達が、一丸となって殺到する。

 それを見た篝の笑みが、更に深くなった。


「思ってるよ?」


 そう言うと、篝は大きく息を吸い込んだ。

 そして、牙を剥いて天へと咆哮する。


「うおおおおおおおおおおおお…!!」


 瞬間、大気が震えた。

 同時に、篝の頭部に二本の角が生え、その身体が一瞬で硬質化する。

 妖力【狂角牛王きょうかくごおう】…全身の部位を任意で硬質化させ、破格の防御力と共に、初速で最高速度に達する突進力を得る妖力だ。


「ぃいいくぜぇぇぇっ…!!」


ドン…!!


 砲弾と化した篝の体当たりが、花嫁達の群れをさながらボーリングのピンのように一瞬で蹴散らす。

 あっという間に死屍累々と化した現場の様子に、二弐が興奮したように叫んだ。


「「あーっと、これは大番狂わせだーっ!五つの花束ブーケの守護者を名乗る『守護花嫁ガーディアン・ブライド』の一人、篝さんによって『水の宮』に集っていた花嫁達が一瞬で全滅-っ!!」」


「相変わらずの力技ですわねー…」


 鉤野が溜息を吐きながら、呆れたようにコメントする。

 そこで二弐が首を傾げた。


「でも、不思議なんですが、何故、篝さんのウェディングドレスは濡れていないんでしょう?」

「さっきまで、水中に潜んでましたよね?彼女。どうですか、解説の鉤野さん?」


「ああ、確かあのドレスは水棲妖怪用にしつらえたもので、特殊繊維で編まれているんですわ。理論上、水深三千メートルでの結婚式にも耐えることが出来ましてよ?」


「す、水深三千メートルの結婚式って…」

「普通の来賓が残らず圧死しますね」


「このように『L'konoルコノ』では、お客様のオーダーに合わせた汎用ウェディングドレスの受注も承っておりますわ。どうぞ、ごひいきのほどを」


 ここぞとばかりに営業スマイルを浮かべる鉤野。


「『L'konoルコノ』…恐ろしい会社…」

「…っと、おや?あれは…」


 何かに気付いた二弐が、大池のカメラに目を凝らす。

 その中に、一人の少女が映っていた。


「…状況確認終了。ここに来た来場者全ての沈黙を確認」


 周囲に転がる花嫁達を見渡してから、クラシックなメイド服に身を包んだ少女…フランチェスカが、篝を捉えた。


「ターゲット走査スキャン…終了…成程、かなりの魔力…いえ、妖力をお持ちのようですね」


「何だぁ、お前は?」


 ウェディングドレス姿ではないフランチェスカに、篝が胡散臭そうな視線を向ける。

 それに、フランチェスカはスカートの両端を持ち、膝を軽く折って挨拶をした。


「はじめまして。私はフランチェスカ。“雷獣らいじゅう”のです。以後お見知りおきを」


 言い回しは丁寧だが、おおよそ感情の欠けたフランチェスカの言葉に、篝は妙な違和感を覚えた。


(…何だ、コイツ。“雷獣”とか言ってたけど、本当に妖怪なのか?にしちゃあ、何か妙だな…)


 通常、妖怪同士であれば、意図的に正体を隠さない限りは「何となく」ではあるが、お互いに妖怪であることは知覚出来る。

 が、目の前のメイド少女は、妖怪が持つものとは何か違う空気をまとっていた。


「あたいは篝ってんだ。宜しくな、メイドの姉ちゃん。で…あんたはだ?」


「“どっち”とは…?」


「決まってんだろ」


 篝がゆっくりと身構える。


「あたいの『相手』なのか『そうでないか』だよ」


 それにフランチェスカは、少し黙考し、


「後者でないのは明らかなので、どちらかといえば前者だと思います」


「そりゃ、良かった」


 牙を剥き、ニッと笑う篝。


「この『水の宮』の守護を任されたはいいが、今の連中じゃあ歯応えが無くてガッカリしてたんだ。あたいの相手だってんなら、せいぜい楽しませてくれよな」


「楽しめるかは分かりませんが…任務を全うするために、全力は尽くさせていただきます」


 一方のフランチェスカは完全に棒立ちだ。

 気負いも構えもなく、無表情に篝を見詰めている。

 それが篝は気に食わなかった。


「言うじゃないか…じゃあ、こっちも全力で行かせてもらうぜ!」


 咆哮を上げる篝。


ドン…!!


 先程よりも早い加速で突進する篝。

 すかざず二弐がマイクを握り締め、叫ぶ。


「あーっと、篝さんの必殺の体当たりが再び炸裂―っ!!」

「し、しかし、フランチェスカさん、動かないーっ!?」


「危ない…!!」


 鉤野も思わずそう叫ぶ。

 もはや避けようがない距離になり、観衆の誰しもが篝の蹂躙劇を予想した。

 しかし…


ガシィッ!!


 迫りくる篝の巨躯を、フランチェスカは何と真っ向から受け止めた。

 そのまま後方に数メートル押し流されるも、遂には完全に停止し、そのまま両者は互いに拮抗きっこうする。


「な、なんだと…!?」


 渾身の一撃を小兵のフランチェスカに受け止められ、篝が瞠目する。

 中継を見ていた二弐や鉤野、観客一同も大きくどよめいた。

 そして、ハッと我に返った二弐が再びマイクに叫ぶ。


「「こ、これは何という結末だーっ!!フランチェスカさん、その小さな体で篝さんの体当たりを完全に受け止めた―っ!!」」


「そんなバカな…!篝さんのアレを真っ向から受け止めるなんて…何者ですの、あの娘!?」


 信じ難い光景を目にした鉤野も、思わず唖然となった。

 そして以前、篝と初めて相対した時、同じ小兵の釘宮が同じことをやってのけたのを思い出す。

 だが、あの時は、結果的に釘宮が篝の怪力を上手くいなし、逆にその力を利用してさばく形て終わった。

 しかし、いま目の前で繰り広げられた一幕は、完全に「力vs力」のやりとりによるものだ。

 少なくとも、あのフランチェスカという少女は、篝と同等の…或いはそれ以上のパワーの持ち主ということになる。

 組み合った姿勢のまま、篝が歯噛みした。


「…けっ、釘宮といいお前といい、最近のチビは怪力自慢ばっかかよ!?」


「すみません。私は、そういう風に生まれたものなので」


「へぇ…んじゃあ、お前さんの親に礼を言わねえと…なっ!!」


 一旦離れると見せかけ、篝は思い切りその拳を振るった。


「!?」


 それを咄嗟に腕を組んで防ぐフランチェスカ。

 鈍い音が響き、その小柄な体が更に数メートル吹き飛ぶ。


「お前さんの素姓なんて、もう、どうでもいいや」


 篝がニヤリと笑う。


「ただ、お前さんとなら真っ向から全力で殴り合えそうだ。心ゆくまでな…!!」


 それにフランチェスカが、初めて苦痛の表情を浮かべた。


「…両腕に機能損傷を確認。非常用バイパス作動。復旧まであと46秒…さすがは鬼族オーガ、規格外のパワーです」


「ハッ、こっちも怪力コレがウリでね!体当たりだけが能じゃないのさ…!!」


 更に追撃を行う篝。

 両腕から火花をまき散らせながら、フランチェスカがそれを防いでいく。

 防戦一方になったフランチェスカは、徐々に後退していった。


「とどめだ!」


 大きく拳を振り被る篝。

 しかし、その一瞬をフランチェスカは見逃さなかった。


「させません」


 すれすれで篝の拳をかわすと。フランチェスカはその懐に飛び込んだ。

 そのまま、渾身のアッパーを篝の腹に打ち込む。

 一瞬、篝の身体がくの字になって浮く。

 だが、苦しそうな表情を浮かべつつも、篝は笑った。


「いいパンチじゃねぇか」


 それを見て、今度こそ目を見開いくフランチェスカ。


「効いていない…?」


「いいや、ちょびーっとだけ痛かったぜ?」


 腹をさすりながら、篝が笑う。

 咄嗟に距離を取るフランチェスカ。


「対象の体表の構成の変質を確認…成程。それが貴女の妖力ちからですか」


 右目に手を当てながら、フランチェスカがそう呟く。


「これは困りました…物理的な攻撃で貴女を無力化するのは、極めて困難なようです」


「「あーっと、これはうって変わって一方的展開!怪力勝負は互角のようですが、頑丈さでは篝さんに軍配が上がったーっ!」」


 二弐がそう実況すると、鉤野も頷きながら、


「【狂角牛王】を発動させた篝さんには、沙槻さつきさんや太市たいちさんも手を焼いていました。こうなると、正面からの殴り合いなら、篝さんの方が圧倒的に有利ですわ」


 勝利を確信したかのように、フランチェスカに歩み寄る篝。


「悪く思うなよ。あたいもこういう風に生まれついたんだ」


「…やむを得ませんね」


 覚悟を決めたのか、フランチェスカも自ら篝に歩み寄る。

 両者とも背の高さは全く違えど、手を伸ばせば届く距離で立ち止まった。


「最初に申しましたが…」


 フランチェスカがゴキゴキと指を鳴らしながら続ける。


「任務遂行のため、全力を出させていただきます」


「おうよ、遠慮なく来な…!」


 瞬間。


ドゴオッ!!


 両者の拳がお互いを穿つ。

 篝はボディを。

 フランチェスカは左頬を。

 それぞれ打ち抜かれると同時に、再度拳を繰り出した。


「まだまだ!!」


「ふっ…!!」


 鈍い音と共に、再度拳が交錯する。

 女性ながら全力の殴り合いに、最初は呆気に取られていた観客が一気にヒートアップした。


「行けっ!そこだ、そこ!いいぞ、効いてるぞ、デカイ姉ちゃん!」

「メイドの姉ちゃんも負けんな!」

「そこでフック!そう、それだ!」

「相手が頑丈なら、連打で勝負だ、連打!」


 後○園ホールもかくやというような応援合戦に、二弐も興奮して実況する。


「おーっと、両者とも、物凄いパンチの応酬!しかし、堪える!全く倒れなーいッ!」

「これはまさにLalapaloozaきわめつけな一戦だーっ!!」


「花嫁とメイドの素手喧嘩スデゴロというシチュエーションは、確かにある意味『極めつけ』ですわね…」


 眼前で繰り広げられる、女性にあるまじき拳での語らいに、鉤野が頭を押さえながら嘆息する。

 そうこうしているうちに、案の定、頑丈さに長けた篝の手数が増え始めた。

 小柄ながらも、想像以上の耐久力を見せていたフランチェスカだが、徐々にその猛攻に押されていく。


「どうしたどうした!それがお前さんの言う『全力』かい!?」


 一旦間合いを図って飛び退いたフランチェスカに、篝が不敵な笑みを浮かべる。

 一方のフランチェスカは、ボロボロになりながらも、いつもの無表情だった。


「ここまでとは…正直、計算外でした」


 時折、肩や手足から火花を散らせながら、フランチェスカは続けた。


「やはり、正面からではこちらの分が悪いようです」


 そう言いながら、フランチェスカは初めて構えを取った。

 腕を前に掴みかかるように出し、腰を落としたレスリングで見られるような構えだ。


「時間も惜しいので、そろそろ決めさせていただきます」


はたくさんだ。いいから、かかってきな…!」


「では…!」


 瞬間、フランチェスカは猛然とダッシュした。

 体勢を更に低くし、地を這うようになタックルを繰り出す。

 身体を硬質化させ、それを真正面から受け止める篝。


ズザザザザ…!


 フランチェスカ渾身のタックルだったが、今度は篝が見事に受け切った。

 それは奇しくも先程とは攻守を入れ替えた形となった。

 互いに組みついたまま、動かない中、篝がニヤリと笑う。


「どうした、こいつがお前さんの奥の手か!?」


「はい。では、失礼します…」


 言うや否や、フランチェスカの両肩から、電極のようなものが突き出した。

 そして、その髪が放電しながら逆立つ。


「『天轟雷針ハウリング・ボルト』…!」


 その瞬間。

 世界が白い輝きに包まれた。

 その直後に、物凄い音と共に、巨大な落雷が二人を撃つ。

 二弐達の眩んだ視界が元に戻る頃、カメラには全身から火花と黒煙を立ち上らせて立つフランチェスカの姿があった。

 ざわめく観客。

 二弐が呆然と呟く。


「こ、これは…」

「篝さんの姿が消えてしまいました…!」


「いいえ、彼女の足元をご覧になって!」


 何かに気付いた鉤野が、フランチェスカの足元を指差す。

 そこには、黒焦げになった篝の姿があった。


「ミス・焔﨑エンザキ。貴女の防御力はまさに完璧でした。特に『外部からの物理的な衝撃』には」


 パンパンと服を叩きながら、両肩の電極を収納させ、フランチェスカはピクピクと痙攣する篝を見降ろし続けた。


「ですが、貴女と組み合った瞬間、気付いたんです。貴女が…いえ、そのウェディングドレスがしっとり濡れていることに」


「こ、鉤野さん…」

「これは一体…」


 二弐が鉤野に問い掛けると、鉤野は息を飲んだ。


「水ですわ」


「水?」

「そう言えば…確かに、篝さんは池の中に潜んでいましたが…」


 二弐の言葉に、鉤野は神妙な顔で頷いた。


「ええ。あのドレスは水の中でも普通に活動できるようにしつらえてありますが『完全防水仕様』ではありません。なので、篝さんのドレスは僅かですが濡れていた筈です。そこに大量の電気を流せば、どうなるか…結果はご覧の通りですわ」


「な、成程。つまり…」

「物理攻撃には無敵の篝さんも、電気を通しやすい水に触れていたのが災いした、と」


 どよめいていた観客が、その説明に徐々に歓声を上げ始める。

 それを受けながら、フランチェスカは「チューリップの花束ブーケ」を手にした。

 同時に、落雷の衝撃で篝の頭から外れたヴェールが風に舞い、フランチェスカの頭に掛かる。

 きらびやかなウェディングドレスとは程遠いものの、その質素で可憐な出で立ちに、観客からの歓声が更に大きくなった。


「とりあえず『ぶい』…です」


 フランチェスカは、かすかにはにかむと、Vサインを決めたのだった。

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