妖しい、僕のまち
詩月 七夜
序章 夜明け前
【零番地】『どうしたら、妖怪に会えるの…?』
夜の森は、深海に似ている。
暗く、静かで、誰もいない。
それは、きっと。
まだ、知りもしない“あの世”の光景に近い気がした。
サク、サク、と足元の葉や枝が音を立てる。
僕はどこに行こうとしてるのだろう。
どれだけ歩いて来たのだろう。
じいちゃんから聞いた「山には妖怪がたくさん住んでいる」という言葉にときめき、居ても立ってもいられなくなった四つの僕は、ワクワクしながら一人、山に向かった。
どこからか、小豆を研ぐ音はしないだろうか。
不意に木が倒れる音はしないだろうか。
突然、前に壁が立ち塞がり、進めなくなったりはしないだろうか。
木々という木々。
静かな池。
とても古びた祠。
全部探した。
全部確かめた。
でも、妖怪はいなかった。
それでも、一目、妖怪に会いたい一心で、暮れていく太陽にも目を向けなかった。
その結果、僕はあっさりと迷子になったのだ。
いま思えば。
何故、そこまで妖怪に執着していたのか…全く分からなかった。
このまま死ぬんだろうか、と幼い僕は暗闇の中で考えた。
祖父母と父や母は、きっと悲しむだろう。
保育園で仲の良い友達や先生も、泣くに違いない。
死んだらどうなるんだろう?
確か、ばあちゃんは「人は死んだら、極楽か地獄に行く」と言っていた。
僕はどちらに行くのだろう?
もしかして、いま僕は死んでいて、そのどちらかに向かっているのだろうか。
極楽は良いことをした人間が行くと、ばあちゃんは言っていた。
僕は良いことをしたのか…でも、心当たりはない。
では、悪いことをしたのか…こちらは心当たりがある。
母の言いつけを守らず、父に怒られたことがある。
わがままを言って、ばあちゃんを困らせたこともある。
欲しいおもちゃを間違って買ってきたじいちゃんをなじったこともあった。
他にも、思い当たる部分はたくさんある。
保育園の友達や先生にも、たくさん迷惑をかけた気がする。
…ふと、涙が出た。
いまの孤独感。
近付きつつある自分の死。
その後に忘れられていく無念さ。
それよりも。
死んだら、僕はみんなに謝れない。とにかく、それが悲しくて出た涙だった。
それでも何故か足は動いた。
視界は涙で曇り、足元は険しさを増す。
そして、そこでソレに逢った。
“いい夜じゃな”
いつの間にか、森は途切れていた。
波打つ広い
空には黄金の月が出ていた。
山の中にこんな場所があったのか。
幼い僕は、涙が風で乾くまで、その光景に目を奪われていた。
そこにいたソレは、立ち尽くす僕を見て首を傾げた。
“ほお、人の
ソレがつまらなそうに言う。
傍らの岩に腰かけ、大きな徳利をあおった。
酒の香りが流れてくる。
父が飲んでいる時と同じ匂いがした。
ここはどこか?
あなたは誰なのか?
そう聞く前に、僕は問い掛けた。
『どうしたら、妖怪に会えるの…?』
翌朝、僕は山の麓で保護された。
七日間、行方不明になっていたという。
母は僕を強く抱きしめ、大泣きしていた。
父は色んな人に頭を下げ、ちょっとだけ陰で泣いていた。
ばあちゃんは、ひたすらご先祖様に感謝し、手を合わせていた。
そして。
じいちゃんは、騒ぎの輪の外で。
『孫が世話になりました』と、山に向かってお辞儀をしていた。
これが20年前の記憶。
僕が本当に妖怪に出会う前の、小さな頃の思い出。
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