第7話

涼しかった気候は蒸し暑さへと変わり、色とりどりの花が咲く美しい景色は、翠国の名のように、新緑へと変わっていた。



それは雑木林に近づくにつれて強く感じた。



(もう、こんなに日が経ったのか…)



あれから毎日忙しい日々が続き、周りの事など全く見えていなかった。



その目まぐるしさに、自嘲気味た笑いが洩れた。



「出会った頃の、あの日の季節は過ぎた…か。何もかも、もうあの時には戻れない」




どんな理由で刺客の珠華を呼び出したのか、これでハッキリとする。



珠麗として生きたい珠華は、皇帝陛下の一言で今後どうなるか…。



ふと地面を見れば、手入れを忘れたのか、燻んだ色をした薄紅色の花びらが落ちてあった。



「まるで花のようね」



綺麗に咲いて周りに散る、儚い命。



珠華は感傷に浸りながら、雑木林の中へゆっくりと進んだ。



サワサワと風に吹かれ木の葉がさざめく。



足音なく歩き、少し入り組んだ茂みの先に目的の相手がいた。



「よく来たな」



迎え入れるように、彼は言った。



あのときと同じ動きやすい質素な格好だ。



白の服に翠色の綺麗な羽織り。



「あなたのような人にまた呼ばれるなんて…。何のようですか?」



ある程度距離を置いた場所で立ち止まると、淡々とした口調で珠華は言った。



「来た早々か。そなたも変わらんな」



刺客として出会った時間はそんなに経っていない。だが、彼は珠華が始めと変わらない事に苦笑した。



「まぁ良い。今日そなたを呼んだのは、以前に中途半端に話した引き抜きの事だ。それを詳しく話せないかと思ってな」



出会って二度目に協力を迫られて、引き抜きの話を持ちかけられて勝手に話を終わらせた。三度目には誰に仕えているのかと疑われて、四度目は今、この瞬間、また引き抜きの話をしようとしている。



「懲りませんねあなたも。そういう話は私からでは無理ですよ」



珠華はあきれたようにため息をついた。



「そうだな。あのときは無理にも余のモノにしようと思ったが、そなたはあの黄侍医に仕え、貴妃の事件に関わっていた。しかし、それももう終わったんだ。そなたが彼女の周りを探る必要は当分ないのではないか?」



事件解決したから、調査の仕事は終わったと彼はその話を持ちかけてきた。



食い下がらない彼の態度に、眉間にシワを寄せた。



「確かに、貴妃様の調査は終わりましたよ。無事犯人も捕まりました。ですが、陛下。私には次の仕事があります。今度は刺客の方ですね」



仕事などないが、こうはっきりと忙しい事を伝えておかないと、琉凰には効き目がないだろう。



珠華の言葉に、琉凰はクッと小さく笑う。




「嘘が下手だな。そうやって仕事があって忙しさを伝えれば、余が諦めると?」



どうやら嘘とばれている。



一瞬息を飲んだが、珠華は平静を装い、琉凰に冷たい視線を向けた。



「そう勘違いしていればいい。私は忙しい。今日は貴妃様に言われたからここに来たんです。私からはあなたに用などありません」



続けて冷たく言い放ち、琉凰を睨む。


彼は驚くことなく突然ニヤリと、自身ありげに笑った。



「それは良い事を聞いた。そなたはあの貴妃には逆らえないのか。なら、話は早い!今からその貴妃に会いに行こう。彼女は優しいから、余の話を聞いてくれるだろう」



途端、珠華はギクリとした。



(今から会いに行くですって?無理に決まってるじゃない!私がここにいるんだから!)



「それは無理よ!貴妃様は…その、今は誰ともお会いにならないわ!」



咄嗟に叫ぶように告げてから、ハッとした。



琉凰がおかしそうに嘲笑したからだ。



「それは何故だ?余はこの国の皇帝陛下だぞ?貴妃と言えど、余には逆らえない」



その言葉には絶対服従。



琉凰が迫るようにゆっくりとこちらに近づき、冷たく見下ろす。



今更権力を逆手にとってモノを言わす態度に、珠華はムッとした。



だが、彼の場合は違う目的があった。



それこそ、珠華がずっと隠していた秘密…。



「そなたがそう言うのは…貴妃がいないからではないのか?」



一瞬、何を言われたのかわからなかった。



「は…?えっ?何を言っている…?」



顔が引きつるのがわかる。



珠華は無意識に拳を握る。



「ここいらではっきりとした方がいいと思ってな。そなたのその綺麗な白銀の髪と、顔立ち。余にはどう見ても貴妃…虹珠麗に見える」



琉凰の鋭い指摘に、珠華は愕然とした。



(どういうこと?何もかも、初めから気づいていたのか…!?)



「わ、私が…貴妃様だって?何をとち狂った事を申されますか。陛下と言えど、冗談がすぎますよ」



すぐさま笑い飛ばして、冗談にしようとしたが、琉凰にはそれは通じない。



更に近づいた琉凰が真剣な表情でじっとこちらを見つめる。



その何もかも見透かすような目に怖気づいたのか、じりじりと後退した。



その顔は真っ青で、嘘だと咄嗟に訴えることなどできない様子だった。

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