第5話

好調に進んでいる。



貴妃を暗殺しようとした淑妃、朱茗恋。



真犯人である彼女を捕まえ、淑妃剥奪、返上し、茗恋を淑妃にした古参の臣下達を、その件で黙らせた。



直接この事件に関わりはないが、昔からの知り合いだった門下省侍中、陸志勇も、自らその役割を放棄した。だが彼は有能であり次の後釜がいない事、そしてあの裁判で最終的に陛下側についたこともあり、解雇せず長期の休職という扱いをした。



落ちついた後にまた陛下は彼を呼ぶかもしれない。



だが、茗恋の侍女、つまりその事件に関わった司莉杏。彼女はあの裁判の判決通り流刑になり、その妹の貴妃の侍女頭、司侑鈴は解雇した。



ただそこに、表には出ていなかったがまだ茗恋に関わる者はいたようで、裏で協力したと見なす刑部尚書の陸定佳や古参の臣下の一部を一掃した。



なんとか、邪魔者だったあの古参の一部を一掃出来た事、それは自分にとって喜ばしい状況であり気分が良かった。



「なのに…何故、こんなに憂鬱だ」



ため息を零して無意識に言葉も吐いていた。



それを、書類の整理をしていた洸縁が聞き取っていた。




「今、憂鬱だと言いましたか?」



見るからに険しい顔つき。



鋭い目つきに、琉凰はギクリとした。



「聞き違いだ。余は、何も言っていない」



ふいっと顔を背け、微かに舌を鳴らす。



「いいえ…?私の耳は、数百里離れた所からの言葉も拾います。ですから今の陛下の言葉ははっきりとこの耳に届きました」



微かに笑ってみるが、その目は冷たい。



「洸縁、そなたの耳は地獄耳だな。イヤラしく余の言葉を拾いおって…」



「憂鬱と、そんな事を口走るあなたが悪い。まさか…貴妃の事が、気になるのですか?」



まだ本調子ではない貴妃から離れている事に。



もっと側にいたかった様子の琉凰を無理やり連れて来た。



仕事が山のように溜まっているからだ。



貴妃の体調管理を気にかけているのも陛下の務めとなるが、一刻も早くこの事件の後始末をしなければならない。



事件の事をまとめて、今後の歴史的な事件に繋がるこの件を処理するのが先だった。



「貴妃…虹珠麗か。あの者は気にはなるが…余は、おかしいな。貴妃より、今はあのとき現れた女刺客が気になる」



洸縁も直に会っている。



彼は眉を訝しげに寄せたが、ふと何か思い出したように、パチンと手を叩く。



「ああ、あの…黒装束の女子ですか?あのような女子…そう珍しくはないですが…」



刺客にも女はいる。



これといって変わらない、何処にでもいる刺客の一人。



しかし、洸縁の感覚とは違って、琉凰には彼女が何故か特別に見えた。



「前にも話したが、あの髪…貴妃もそうだが、それよりももっと綺麗な月のように輝いていた」



あのとき偶然にも読んでいた書物のせいか。



黒装束を着ているのに、あの書物の女子のように月から天女が舞い降りてきたのかと思った。



それ程、彼女の存在は輝いていた。



「はぁ…それは、目の錯覚では?たしかに、貴妃の故郷、真珠国には白銀の髪を持って産まれる子がいるようですが…。それは今の王族に月の輝きのような白銀の髪はいないと聞きます。貴妃の髪でも、水色に近い銀色です。ん…?あっ、だから、気になるのですか?」



最後にそう問いかけると、琉凰は微かに顔をしかめ、頷いた。



「鋭いな…。あの噂は本当だったかもしれない。今になって思い出したが、当時、国王の娘は貴妃だけと聞いたが…彼女にはもう一人同じ時刻にこの世に産まれた、双子がいたと聞いた」



「いや、あれは酔っ払いの戯言ですよ。あのアル中ジジイはいつもいつもおかしい事を口走ると近所では有名でした」



「アル中ジジイって、洸縁の祖父だろ?定年まで真珠国の宮廷で働いていた立派な侍医だろ?」



「あんなジジイが、偉大な宮廷医師なものか!散々家族に迷惑をかけて…っ」



何を思い出したのか、洸縁の顔が大きく歪み、声を張り上げた。



悪い事を思いださせたか、と琉凰は気まずげに咳払いした。



「ヴホン!ま、まあそうかもしれないな。だが、何となく気になってな。貴妃に、頼んでみた」



「…はい?今、なんと?貴妃に直接、頼まれたのですか?」



琉凰の言葉に祖父の悪口をぶつけていた洸縁が途中で口を閉ざし、ギョロッと恐ろしい形相で彼に視線を向けた。



「な、なんだっ?別にいいだろ?」



即座に反応した彼に琉凰は顔を引きつらせ、困惑したように尋ねた。



すると洸縁は露骨に顔を歪ませ、壮大なため息をつく。



「陛下…あなた、なんて事をしてくれたんですか?刺客に、あろうことか貴妃本人に、そんなことを頼むなんて…っ」



嘆くように言って、彼は頭を抱えてしまった。



そんなによくなかっただろうか?



琉凰には分からない。



「どういう事だ?何か、いけなかったか?」



琉凰はオロオロして、彼に問いかけた。



途端、洸縁がその恐ろしい形相のまま、琉凰に詰め寄った。



「いけないに決まっているでしょ!刺客ですよ!?しかも、貴妃側が秘密裏に雇っている刺客です!あなた、まだ治ったばかりの彼女に追い討ちをかける気ですか?しかも他の女に興味を持っているなんて、暗殺されかけた彼女がどう思うことかと…」



琉凰は女心がわかっていないようだ。それに洸縁は他にも危惧していることがある。



あの朱茗恋が貴妃暗殺を企んだ原因を考えて、今、琉凰が誰かにそういう興味を持つのは、第二の彼女が現れるかもしれないという事。



それは他の妃にも限らず、後宮の女達全員が危ない。



琉凰が一人の者に執着するという事は、そういう意味を含む。



「今はおとなしく、朱茗恋が仕出かした事を終わらせるべきです。女刺客に会っている暇などありませんよ!」




非難と説教を言ってくる洸縁に、嫌だなどとは言えず、その場凌ぎに頷いて見せた。



彼には悪いが、どうしてもやはり会って確かめたいことがあった。

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