第4話

利用される事を彼女は知っていた。



自国でも、彼女の人生は決まっていたからだ。



一国の姫と大国の王が結婚すると聞けば、政略結婚だと割り切り、政事のために使われ、利用されると。



『約束してください』



ひらひら、ひらひら。



池の畔に薄紅色の花びらが舞い落ちる。



その小橋に、月の光を浴びたように美しい銀の髪をした彼女がいた。



『あなたの妃にはなりましたが、私にも譲れない事がございます。私はそのためなら、あなたの手足となり、この命を賭けるつもりです』



その日は仕事が早く終わり、後宮に入った彼女に挨拶がてら久しぶりに会いに来た日だ。



二、三度程度会った事のある彼女はその日、何故か初めて会った時と随分印象が違った。




愛嬌のある可愛らしい容貌と誰からも好かれ愛される姫君として噂される彼女。今、その姿は別人のようだった。



凛とした佇まいに、こちらを射抜く冷たい目線。その近寄りがたい雰囲気と表情。



この時ばかりは可愛らしいという表現などでなく、綺麗で棘のある美女だった。



『ああ…それは、こちらも助かる。出来る限り、そなたの命は守るつもりだ』



嫁ぐと決めたその時、一応彼女にそう説明していたはずだ。



まだ即位したての王が、一番寵愛する貴妃の位にと、自ら選んだのだから。



それを他の妃から妬まれ嫌悪され、時に嫌がらせ以上の命が関わる危険性がある事も。それを十分理解した上での結婚だ。




すると、その答えに対して、彼女は険しい顔つきへと変わった。



『つもり…ですって?陛下っ!それはなりません!つもりではなく、絶対に助ける覚悟でいてくださいっ!あの子のために、私も全てをあなたに捧げる覚悟で嫁いだのです。必ず、それをここで約束してください!』



凄い剣幕で訴えられた。



それは自分が思っていた以上の、彼女の覚悟だった。



以前と全く違うその気迫と刺すような冷たさ、怒りにも似た激情。



これ程までに自分へと真剣に語り、覚悟を決めたと告げた者はいなかった。



いや…一人だけ、先の妃に似たような者はいたが…。



しかし、それとは別に、ここに嫁ぐことへの並々ならぬ決意。それが今の発言という訴えでヒシヒシと伝わってきた。



一瞬、その気迫に気圧されゴクリと喉を鳴らしたが、すぐにそれは感心したという感情へと変化して、思わず口元に笑みが零れた。


『ああ…そうだな。つもり、という表現は確かに失礼だった。謝ろう』



そう素直に頭を下げ、もう一度顔を上げる。



『では、こちらも約束しよう。そなたを必ずや守り抜くと、ここに誓おう』



中途半端ではなかったが、うやむやな発言は控えるべきだった。



彼女の決意さにそう答え返すと、ようやく彼女もホッとしたのか、表情を和らいだ。



目元が緩み、微かに口元に笑みを刻む。



それはまるで氷山が溶けたかのように、冷たい空気が和らぎ、こちらを見る彼女の顔つきが柔らかいものに変わった。



そのとき不覚にも、彼女に心を奪われた。



『ああ、ありがとう!ありがとうございます!そう言って頂き、私も嬉しく思います』



あとはもう、あの噂通りの可愛らしい姫君らしい態度だった。



柔らかい笑顔を浮かべて、本当に心から感謝をしてくる。



そんな彼女の笑顔も、あの時見せた表情も、何故かずっと目に焼き付き離れなかった。



そのとき交わした約束は、必ず守り抜こうと新たに決意した。



…後日、約束の印にあげた簪を、彼女はとても気に入ってくれたようだった。

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