第2話


…………フッ、と。



意識が浮上し、目を開ける。



珠華の目に薄暗くぼんやりとした、高い天井が見えた。



手には人の温もりを感じた。



「…?」



不思議に思って珠華がそちらに顔を向けると、横に誰かが手を握ったまま眠っていた。



(誰…?あ、あの髪どこかで…?)



蝋の明かりで見えるのは癖のない真っ直ぐな漆黒の髪、肩から羽織るのは、緑と金の鳳凰の柄の上着。



(あ…っ!これって、陛下の上着…っ!?)



ハッとして思わず力み、体に力が入った。



握られた手が震えてそれに気づいたのか、眠っていた琉凰がハッとしたように体を起こした。



「今…動いた?珠麗。起きたのか?」



覗き込むように顔を寄せる。



珠華は思わず寝たふりをした。



「ふむ…間違いか。はぁ…まだ目を開かない」



ため息とともに切ないような悲しいような声で呟く。



(咄嗟に寝たふりしちゃった!でも、なんで陛下が手を握ってここにいるの!?)



状況が飲み込めず混乱する。



手を握らせる事も初めてでどうすればいいかわからなかった。



「…あの、陛下」



そこに、遠慮がちに琉凰に声がかかる。



(あ!この声、天狼だ!よかった)



彼と二人っきりではなかったようだ。



珠華は気づかれないようにホッと息をついた。



「黄侍医か…。まだ貴妃は目を覚まさんが、どうなっておるのだ?」



彼が動き、珠華から手を放す。



「疲れが溜まっていた体であの場にいたので、意識が戻らないのも無理はありません」



天狼は元気のない声で説明しながら近づく。



その答えに琉凰は微かにため息をついた。



「先ほども同じような事を言っておった。熱は下がったはずだ」



「ええ。そうですが……陛下、もう一度診察しましょう」



天狼の言葉に珠華はドキッとした。



(診察って、そんなことしたら目を覚ましたのバレて…っ)



珠華は内心焦り、無意識にギュッと敷布を掴んだ。



「ああ、そうだな。そうしてくれ」



絹の滑る音、琉凰が立ち上がる気配がした。



(うっ。こうなったら、今目を覚ましたようにすれば…!)



寝たふりをしたことがバレないし、怪しまれない。



「では陛下は外に…」



天狼の声が身近に聴こえた瞬間。



「う、うーん…っ」



珠華はそれらしく顔をしかめ、呻き声を上げた。



「…!今、貴妃から声が!」



ギシッと、琉凰が寝台に身を乗り出した。



「どうやら目を覚ましたようですね」



天狼がどこかホッとしたように呟いた。



「貴妃!貴妃よ、起きたのか!?」



(声が大きいわよ。もう起きてる!)



そんなに声を張り上げるな、と悪態をつきたいがこれは我慢して、珠華は瞼を震わせ、ゆっくりと目を開けた。



「…陛下?」



ぼんやりしている様子に見せかけて、こちらを覗き込む琉凰を見つめた。



「珠麗っ!よかった!ようやく目を覚ましたのだな!」



途端、琉凰が歓喜の声を上げた。



その表情は少し泣きそうに歪んでいた。



(あれ…?もしかして陛下、ずっと付き添っていたのか?)



よく見ると、目の下にはクマができ、あの真っ直ぐな髪がボサボサに、着ている上着のその下の服は胸下が開いて帯は崩れ、微かに体臭がした。



「珠麗!そなたはずっと眠っていた。余は…今度こそもうダメかと…っ」



そこで堪えきれず涙を流しては、ギュッと珠華の手を握った。



「陛下…」


(まさか本当に…?これ、悪いことしちゃったな…)



こんなに心配してくれていたのか。



スン!と鼻をすすり、琉凰は握った手に額をつけて、「よかった」とまた小さく呟いた。



罪悪感と彼のその変貌ぶりに戸惑い、珠華は気まずそうに視線を逸らした。



すると、こちらを見つめる天狼と目があった。



彼もまた泣くのを堪えるような顔をしている。いや、よく見ると、目が少し赤くなっていた。泣いた後だったかもしれない。



「貴妃様、意識が戻られ…本当に良かったです」



彼はそう言ってお辞儀をした。



その姿勢にハッと胸をつかれ、珠華は体を起こそうとした。



「あ、珠麗!大丈夫か?」



すぐに気づいた琉凰が、サッと手を伸ばして珠華の体を支える。



「だ、大丈夫です陛下。ありがとうございます」



まだ力が戻らず震えながら体を起こした珠華を労わる琉凰に、申し訳なさそうに言うと、珠華はゆっくりと頭を下げた。



「へ、陛下にこのように心配をおかけして…申し訳ありませんでした」



そう心配してくれた彼に感謝し、その横の天狼にも頭を下げた。



「黄侍医も…大変、お世話になりました」



その言葉に天狼は微かに息を飲み、辛そうな顔をする。



「貴妃様、そのようなお言葉…私には見に余る言葉でございます」



サッとその場で両手を前で組むようにして体勢を低くし、頭を下げる。



「貴妃よ…そんな畏まらないでくれ。余は何も…何もできなかった」



ふっとどこか遠くを見つめて、琉凰は小さく呟いた。



珠華が倒れた時、側にいたのは慧影だった。



そのあとは彼と天狼が付きっ切りで看病して、琉凰は裁判の事もあり、すぐには動けず何もできなかった。



それを知らない珠華をどこか悲しそうに見て、握っていた手を名残り惜しそうに放した。


どうやらその時のことを思い出したのか、顔を伏せて落ち込んでしまう。



(でも…そう言ってはいるけど、見るからにずっと居たような感じ、だよね?)



その身嗜みはそれを物語っている。



言っている事とその姿に困惑する。



(前なら…この姿を見て、『いい気味だ』とか思った。でも今は…なんか違う。モヤモヤするな。本当に落ち込んでいるようだし…なんか、彼らしくない)



目の前で何も喋らず落ち込む様子は、本当に彼らしくなかった。



「あの…陛下?」



珠華はおずおずと、落ち込む琉凰に声をかけた。



「…なんだ?」



微かに肩を揺らし、弱々しく声を出して顔を上げる。



「陛下。私がこのような事を仰るのもなんですが…。陛下も心配してくださって、今、ここに居るのですよね…?私、それだけで胸が熱くなりました」



一旦そこで言葉を切り、珠華は落ち込んでいる暗い表情をした琉凰の方に身を乗り出して、ニッコリと笑顔を浮かべた。



微かに琉凰が目を見開いた。



「とても嬉しいです。前は来て下さらなかったので、それが余計に…嬉しいです」



そう噛みしめるように吐露して、本当の珠麗のように、珠華は笑う。



それを見た天狼が驚愕して、微かに口を開き何かを呟いた。



だが、それは前にいる二人の耳には聴こえなかった。


天狼はそのまま静かに、部屋を出て行った。



それに気付かず、珠華は笑って琉凰が見舞いに来ている事を喜んだ。

























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