2月12日『準備5』

「と言うことが昨日の夜あったのです」

「はぇ~、お兄さん優しいねぇ~。私一人っ子だから兄妹とか分かんないけど、自分がお兄さんの立場だったらゆかちゃんの言動許して優しくとかできないかもぉ~」

「そうなんですよ。お兄ちゃんは優しくて最高なんです」

「そういうことを言いたいんじゃなくて~」

「?」

「分かんないならいいけど~。ゆかちゃんは幸せ者だねぇ~」

「えへ。そうなんです」

「う~ん。伝わんないかぁ~」

「???」

「そんな、人として持ってる筈の悪意が天然で抜けてるゆかちゃんが私は大好きだよぉ~。そんなゆかちゃんだから私は仲良くできるんだと思ってるよ~」

「私、天然系なんですか? 自覚ありませんでした」

「天然の子は自分のこと天然だと思ってないとは思うけど、ゆかちゃんは天然の子とは違う天然だから良いんだよ~」

「はぁ」


 珍しく今日は私もミホさんも朝番だったので、夕方に仕事を終えてからカフェでひと息入れて帰ろうという話になった。

 昨日ミホさんから聞いた新しい作戦の詰めも兼ねて。

 ミホさんはノンシュガーのカフェオレを両手で持ってゆっくりちびちび飲んでいる。

 私はホットミルクをずずず、とすすりながら、ミホさんはやはり女子力あるなぁ、なんて思いつつ昨夜のエピソードを聞いてもらっていた。


「それにしてもだねぇ。そんな優しいお兄さんを、明後日は魔の手にかけると思うと、私の胸もチクチク痛むよぉ~。私はゆかちゃんの味方だけど、味方であるからこそゆかちゃんとお兄さんの関係に取り返しの付かないひびを入れることに加担しているんじゃ、って思うよぉ」

「壊してみないと変わらないことだってありますよ」

「……ゆかちゃんは、そういう真理めいたことを唐突に言うから恐いよねぇ~。たまにドキッとさせられるよぉ~」

「そうですか?」

「うん~。本当は私のことどう思ってるんだろぉって思う~」

「好きですよ? ミホさんのこと」

「うん~。それは伝わってる~」

「それが全部ですよ?」

「うん~。それも伝わってる~」

「じゃあ、『私のことどう思ってるんだろう』とか思うことなくないですか?」

「私はゆかちゃんじゃないからねぇ~。有りのままを有りのまま受け取ることができないんだよぉ~」

「ふぅん?」

「邪念がはいっちゃう。ノイズが」

「邪念。ノイズ……?」

「信用できる相手でも、疑っちゃうってこと~」

「そうなんですか?」

「私は人の害意とか悪意に敏感なとこあるから~」

「そうなんですか」

「うん。小さい頃から、イジメられてたからぁ~」

「こんなにカワイイ人を!?」

「えへ~。そう、こんなにカワイイ私をイジメる人がいたんだよぉ~」

「男子めぇ!」

「女子のほうが多かったかなぁ~」

「何ですと!?」

「男子もいたけどねぇ~」

「男子め!!」

「女子のほうが嫌らしいイジメ方だったよぉ~」

「何てことだ!!」

「大人は守ってくれたけどね~私が可愛かったから~。でも、だからまた同年代の子にはイジメられたなぁ~。あ~、嫌なこと思い出してきた~。はぁ~ヤダヤダ」

「す、すみません」

「だいじょぶだいじょぶ~。もう昔のことだよぉ~。今の私は強かになったしねぇ~」

「強かに」

「うん~。強かになった。小賢しくなったよ~」

「小賢しい」

「生き延びる為の、生き残る為の術を覚えたし、悪意を持ってる人に敏感になった。危険を嗅ぎ分ける力が伸びたんだねぇ~」

「……ほう」

「解ってなさそぉ~あははぁ~」


 ミホさんはたまに難しい話に触れる。

 分からなくはないんだけど、ミホさんが言いたいことと、私が分かったように感じていることには若干の齟齬のようなものがあるだと思う。

 恐らくミホさんが言った、私に抜けているというが少なからず関係しているのだろう。


「まぁ~、私のことは置いといてさ、作戦会議の続きをしようよ~」

「はい。って言っても、次の作戦には別に準備するものもないですし、あとは本番を待つだけじゃないですか?」

「それが違うんだなぁ~。覚悟を決めるってやつ? ゆかちゃんは最初、お酒に酔ったお兄さんを手込めにしちゃうつもりでいたでしょぉ~?」

「手込めって、まぁ、はい」

「まあまあ~表現はともかく。大事なポイントはお兄さんが異常な隙に事を為そうとした、ってことでしょ~?」

「そうです。そういうことです」

「でも私の作戦では、お兄さんの身体の特性を活かして事を為すんだから、必要なものっていうのは物じゃなくて気持ちなのよ~、だから覚悟を決めようって話~」

「なるほど」

「 もしかしたら、本当にお兄さんを失っちゃうことになるかもなんだよぉ~? 覚悟は決めてたほうがきっと良いよぉ」

「うーん、そうかもしれないですけど、それでもやっぱり私は、お兄ちゃんは私のことを嫌いになったりしないと思うんですけどねー」

「強気だねぇ~。そうならないに越したことないよねぇ」

「きっと、お兄ちゃんなら私のこと許してくれると思うんですよねー。私もミホさん程じゃないにしてもカワイイ部類に入ると思うし、お兄ちゃん優しいし、お兄ちゃん私のこと何だかんだ言っても好きだから」

「ただののろけ話にしか聞こえないのに、その中身は血の繋がった兄妹の禁断の愛についてのコメントだと思うと、何だか怖い気分にもなるね~」

「私にとっては純愛話なんですけどね、お兄ちゃんも私も初めて同士だし」

「だからこそ余計に怖いんだよぉ~」

「そんなもんですか?」

「たぶん、普通はそうなんじゃないかなぁ~。私はゆかちゃんのこと好きだから、気持ち悪いとかは思わないけど、聞く人によっては嫌悪する内容だと思うよぉ~?」

「そう思う人には思ってもらってればいいですよ。国の法で結婚は許されていなくても、私がお兄ちゃんを想う気持ちに嘘偽りも邪な欲望もないんですから」

「性欲って、邪な欲望な気もするけどねぇ~」

「それこそ受け取り手の問題ですよ」

「そだね~。私は汚れちまっているねぇ~。反省反省」


 ぺちりとミホさんが自分のおでこを軽く叩いた。

 反省されるようなことでもないと思うけど、まぁ、やはり一般的でないことは私もちゃんと理解しているし、法的に許されていない兄妹での結婚を望んでいたり、肉体的欲望を私が渇望していることも、社会的には許されないことだと理解している。

 バレなきゃ良いや、ってワケではないんだけど、そういう体裁とか社会のルールとか、全部無視してでも欲しいのが、唯一私にとってはお兄ちゃんだったのだ。

 ホントに思うんだ。

 お兄ちゃんさえ居てくれたら良いって。

 お兄ちゃんさえ手に入れば他は何も要らないって。

 病んでるワケじゃなくて、惚れてるの。

 依存してるんじゃなくて、憧れてるの。

 どうしても、手に入れたい。そんな人。

 それがお兄ちゃんだったの。


「ゆかちゃん的には、もう覚悟は出来てるって感じなのかな?」

「出来てますよ、覚悟」

「もし、もしも、お兄ちゃんを失っても後悔しない?」

「後悔すると思います」

「その時はどうするの? 愛しい愛しいお兄ちゃんを失ったら、ゆかちゃんはどうするの?」

「また愛して貰います」

「ゆかちゃんの想いが、全然届かなくても、それでもお兄さんを愛し続けられる?」

「勿論愛し続けれます」

「本当に?」

「はい。兄妹ですから」

「そっか。頑張ってね。私は、応援してるからね?」

「はい。頑張ります!」


 絶対にお兄ちゃんを手に入れてやる。

 絶対にお兄ちゃんを虜にしてみせる。


 パパとママが死んじゃったあの日、私は初めてお兄ちゃんを愛することを神様に許されたと悟ったんだから。


 パパとママが死んじゃったあの日に。

 パパとママが居ない今に。

 お兄ちゃんが一生歩けないと聞かされたあの日に。

 お兄ちゃんが人生を諦めて終ってる今に。

 この『今』に、私は感謝してる。

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