2月10日『Folly』
妹が酒瓶を掴みそのままチョコの入った鍋にドッボッドッボと流し込む瞬間を目の当たりにした。
えぇ!? お前何やってんの!?
そういうのは料理でフランベとかする時だけなんじゃ!?
いや、フランベでもその量の酒を入れることはまずない。
妹が逆さまにした酒瓶を上下に何度も振っている。
どれくらいだ? 酒瓶の形がやや変型だからどれくらい入っていたのかよく分からないが、たぶん700mlくらいは入っていたんじゃないかと予測できる。
妹はその全てをチョコにぶち込んだのだ。
一言だけ言わせてくれ。
お前頭オカシイよ……。
と言うか、さっきは作ってくれた妹の手前、正直に言えなかったが、チョコの味はともかく、十分酒は濃かった。
濃すぎだと思った。
酒臭いのなんのって。
どうやらフルーツ系、おそらく柑橘系の酒なんだろう、何となく爽やかっぽさはあったが酒は何でも酒だ。
むわっと鼻にクるあの感じがチョコからプンプン漂ってきた。
我慢して食べたが、口の中から鼻に抜けてくる臭いでクラクラしそうだった。
なのに妹はさらに酒を追加したのだ。
正気の沙汰ではない。
本当にイカレてる。
妹が木ベラでチョコを混ぜているが、鍋の中からはチャプチャプと、さっきのとろみのあったチョコからは到底想像できない水気を持った音がしている。
あれはもうチョコじゃない。
チョコ風味の酒だ。
ウィスキーボンボンのような酒風味の菓子とは似て非なるものだ。
あんなもの食わされたら(飲まされたら?)酔うどころか吐いて倒れてしまう。
何とかしなくては。
「お兄ちゃーん、もう一回味見、してくれるー?」
「え、いや、お前、それ、もうチョコじゃぁいだぉ。ただの酒だぉ」
「そんなことないよぉー。チョコにお酒足しただけなんだから、これはチョコだよー? さっきは隠し味が足りなかったから、もう一度隠し味を足したんだよー」
酒足したって言ってるじゃねぇか。
隠し味が隠しきれてねぇじゃねーか。
つかさっき酒瓶豪快に振ってたじゃねぇかよ!
妹がもう一度バナナを鍋に浸している。
しかし、鍋から現れたバナナは、チョコに包まれているとはとても言えなかった。
うっすらと茶色い膜が張っているような、例えるなら薄いストッキングを履いた女の足のような、地の色が完全に透けて見えていた。
「はーい。お兄ちゃん、あーん」
「おい、やぇぉバカ! んぁもん、酒にひたしただけのバぁぁじゃえーか!」
「何言ってるの、チョコフォンデュって教えたじゃない。お兄ちゃんは横文字に弱いんだからぁー」
「んぁもんだいじゃぇーよ!」
楊枝に刺され、透けた茶色の甘い臭いのする汁を滴らせたバナナが、俺の目の前に突き出される。
「ほら、お兄ちゃん、あーんだよ、あぁーんっ」
「おい、や、やぇ」
「ほら、あぁーーーーー」
「う、うぇ」
嫌だぁぁぁぁぁ、そんなもん食いたくねぇぇぇぇぇぇぇ。
『ピンポーン』
と、その時、またチャイムの鳴る音がした。
これで本日2回目である。
「……チッ」
舌打ちが聞こえた。
え、何で?
俺は妹に何をされそうになってるの?
この、バナナを食べなくて良かったことへの安堵感は何?
勧誘だか配達員だかに感謝したい気持ちなのは何で?
「あっ! きたぁー!」
チャイムと繋がっているモニターを覗いた妹が嬉しそうな声を上げて玄関にぱたぱたと走る。
走るほどの距離はないのだが。
「はーい! 配達ご苦労様でーす」
玄関から何とも明るく嬉しそうな声が聞こえる。
再びぱたぱたと妹が小走りする音が聞こえ、廊下から妹が現れた。
やけに大きめの段ボールを抱えている。
段ボールには有名な密林ドットコムの表記。
一体何を買ったのだろう。
節約家の妹にしては通販は珍しい。
いや、小物でも価格を比較検討して安いものをネットを駆使して買うのも妹の特技ではあるが、妹が大きな段ボールを抱えているというのが珍しい。
大きめの段ボールに入れないといけない物とは一体何なのだろう。
大きい割りに、妹が軽々と持ち上げているところを見ると、機械とかの類いではないようだが。
「ぁにが届いたんだ?」
「んっふっふぅー。ファウンテンタイプの、フォンデュ鍋だよー! それも、2個っ!」
「え……?」
2個? 何で?
「ぁんで、に個?」
「フォンデュをツーフレーバー作ることにしたからでーす!」
「え……?」
「ビターフォンデュと、スイートフォンデュを作るの! 良いでしょぉー!」
「えー……」
まさか、今味見させられた、酒臭さプンプンのチョコを、二種類も作るってことか?
それを俺に食べさせようってのか?
まさか、そういうことなのか……?
「て、ことでお兄ちゃん」
妹が、俺ににじり寄って来る。
「味見、しよっか?」
いや、もう、チョコはお腹一杯なんだが……。
俺が味見させられたのは、チョコなのか、酒なのか。
もはや俺には区別がつかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます