1月26日

 ふわぁ……、よく寝た。

 ……んんー、何だか頭がぼーっとする。

 休みの日とかに15時間とか寝てしまって、寝過ぎて頭がスッキリしないあの感覚。あれにすごくよく似てる。

 って、アレ?

 部屋の電気点けっぱなし。

 外は暗い。

「え、うわっ、何だこれ」

 辺りを見回して愕然とする。

 部屋がめちゃくちゃ荒れてる。滅茶苦茶になってる。

 まるで何かを掘り返したような、例えば昔埋めたタイムカプセルを掘り返そうとしたが埋めた場所が分からなくなってしまって手当たり次第に掘りまくった、みたいな。

 何がどうなったらこんなことになるんだ。

 空き巣か? 泥棒でも入ったのか?

「え、えぇー。これどうなってんのさ……」

 もう一度ゆっくり部屋を見渡して、何か無くなったりしていないか確認する。

 うーん、散らかり過ぎてて何があって何が無くなっているのかとか、確認できたものじゃないけれど、まあ特に目立って無くなっている物はなさそうだ。

 と言うか部屋でAと交代したのだから、Aがこの荒れた空間に居たんだと考えると、こうなった原因はAにあるんだろうと推察できる。

 ……あれ? と言うことは、よく寝たも何もこれってAと交代したばっかなんじゃないか?

 何となくそれらしい結論に思い至り、テーブルの上に置いてあったスマホの手に取り液晶を点けて時計を見る。

 あ、やっぱり。

 午前3時5分。

 なんとも珍しいことだけれど、どうやら3時丁度に交代したらしい。

 交代した直後に頭がぼやけているだなんて、これまた珍しいことだけれど、よほどAが眠たい状態だったのだろうか。

 そう思うと何だか目が痒い。目の周りがひりひりすると言うか目の奥がいがいがすると言うか。思いきり泣いて泣きまくって泣き腫らした時のあの何とも言えないあれによく似てる。

 ん、いやこれもしかして、A泣いてた? え、何で?

 ん、て……アレ?

 Aに何があったんだと思い起こそうとして、いつもよりもずっと鮮明にAの記憶を思い出す。

 ……え? これって、え? うそ。

 もう一度スマホの液晶を点けて、今度は日付けを確認する。

 1月26日。

 僕が覚えている僕の自身の記憶は22日のもの。つまり四日も前のものだ。まるっと三日が経ってしまっている。

 そして本来僕の番であるはずの24日の記憶が僕には何一つ無い。

「って、24日はAが僕と交代出来なくて混乱してたのか……どおりで僕の記憶じゃないはず……は? 何だ、これ」

 ハッとして視線を動かす。

 テーブルの上。開きっぱなしのノートパソコンに残された『1月25日 日記』と表記されたファイルを見付けた。

 そして、より鮮明に甦るAの記憶、そしてAの感情。

 Aが味わった、初めてと言ってもいい独りきりの二日間。孤独。悲しみ。恐怖。僕への想い。

 その一つ一つを、僕は自分のことのように思い出せる。

 こんなこと、僕は初めて体験する。

 Aの感情を読み取るだなんて。

 Aが考えていたことを、僕が引き継ぐだなんて。

 こんなこと、生まれて初めてだ。

 Aが作ったそのエクセルファイルを開く。

 途端、膨大な量の文字が現れる。

 まるで丸一日の出来事を一文字残らずしたためたような、画面一杯埋め尽くされた文字。

 先日のギャルパンの時の書き置きの数倍、いや、数十倍もありそうな量の文字だ。

 読み終えるのにしばらくかかってしまいそうなくらいの文字の塊がそこに映し出されていた。

 そして、そして僕は。

 何て書いてあるのか、とうに知っている僕はAの言葉を読み返した。


「Aはこんな気持ちで僕のことを想ってたのか……嬉しいけれど、明日ちゃんと交代できたなら、先ずは謝らなくちゃな」

 どうやら僕は、この数日の間にAの記憶と感情を読み取る能力を手に入れたらしい。

 能力なんて言うと大袈裟かもしれないが、『昨日の自分の行動を思い出す』という普通の人なら出来ることーーそしてAにもそれは容易なことだったーーが僕には酷く難しいことだった。

 この能力は僕にとって待ち望んでいた夢のような力だと言える。

 僕はこんなふうにAの考えていることを知りたかったし、Aがどんな気持ちなのか知りたかった。

 こんな表現をすると自分が特殊な性癖を持ったストーカーか何かのように思えるけれど、好きな人が自分のことをどう思っているのか知りたいという気持ちは、当然で、自然で、必然ではないだろうか。

 だからこれは得るべくして得られた力なんだと僕は思う。

 切っ掛けはきっと、僕が欲していたその力をAが実は持っていた、というのを知ってしまったからなんじゃないか。

 なぜ交代の順番がこなかったのかは定かではないが、僕が欲したから得た。というのはとても自然な流れなんじゃないかと、僕のことを考えて悲しんでくれたり泣いてくれたAには悪いけれど、そう思ったりする。

 真実はもちろん僕にも分からないけれど。


 とにかく。

 Aが目を腫らすほど泣いて僕のことを想ってくれたのは事実なのだから、その想いには応えなければならないと思う。

 と言っても手紙は恥ずかしいし(と言うか先日散々辱しめられたばかりだ)僕が思っていることは結局Aに伝わってしまうのだから、ここは別の形でAに応えようじゃないか。

 まさか僕にこの力が移ってしまってAが僕の記憶と感情を読み取れなくなってしまった、なんてゲームみたいなことは起こるまい。いや、あり得なくはないけれど。

 でもまあ、その場合は今日の僕の記憶は明日のAには残らない訳だから、そのロストした一日に僕が居たという証明にはなるし、Aなら直ぐに気が付くだろう。

 だからここは敢えてAに何か残すようなことはすまい。


 なので、手始めにAが僕にさせようとしていた資料作成を僕が終わらせて、実績を残そうではないか。

 うん。実に誠意ある大人の対応である。

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