1月25日
目覚めても、私は私だった。
こんなこと初めてだ。
二日も彼と交代しないなんて。
とても新鮮。
昨日は、昨日は正直冷静になれなくて、ずっと混乱していた。困惑していた。
でも一日経って、昨日のことが夢や幻なんかじゃなかったと理解できて、今は冷静に考えることができる。
彼と、二日も交代しなかった。交代できなかった。
二日も、彼を感じることがなかった。
昨日は一日中、頭の中に
ずっと混乱していたからだと思う。
ご飯も食べる気にならなかったし、ずっと頭の中を不安と後悔と期待と希望がぐるぐるぐるぐると巡って、気持ちが悪かった。立ち上がるのも辛いくらい。
本当にたまたまだったけれど、仕事が休みで良かった。あんな訳が分からない状況で仕事なんてやってられない。
一日中困惑した状態で仕事をしなくてはいけないところだった。
いや、昨日の私の心身の状態を思い起こせば、出勤すら出来ていなかっただろう。
無断欠勤していた可能性すら有り得る。
ちっとも冷静にはなれなかったけれど、時間を置くことができたのは幸いだった。
しかし今日は仕事である。
働かなくては生きていけないし、仲間にも迷惑がかかる。
休もうと思えば休める。
普段風邪をひいても熱が出ても休まない私だ。
今日一日会社を休んだとして、誰が咎めるだろう。
でも、今日一日休んで何が変わるというのか。何が解決するというのか。
解決方法も、原因すら分かっていないというのに。
だから、私は信じることにした。
私と彼を。
こう考えている私だけじゃなく、私のことを考えていてくれた彼のことを信じると決めた。
たった一日、彼と代われなかったことで、私は酷く疑心暗鬼に陥った。
自分自身を疑った。
彼の存在を疑った。
彼は私が生み出した幻想なんじゃないかと。
彼は最初から居なかったんじゃないかと。
私が最初からおかしかったのでは?
彼という有り得ない存在にすがっていただけでは?
二重人格だと思い込んでいたのでは。
二重人格のつもりでいただけなのでは。
心の拠り所を作り出していたんじゃないかって。
心が安らげる場所を生み出してしまったんじゃって。
疑った。
これまで一度も経験したことのなかった出来事に、不安にならずにいられなかった。
これまで味わったことのない恐怖に、肩を震わせ怯えることしかできなかった。
とても新鮮な恐怖だった。
しかし、私の一日が終わろうという頃。
本来の交代のタイムリミット、午前3時を迎えるまでに、私はこれまでの私たちの軌跡を思い返し、読み返し、確認し、そして疑うのを止めることにした。
疑うことを止めて、信じる決意をした。
いや、決意なんて曖昧なものじゃない。
彼がちゃんと私の中に居るって、確信したのだ。
幻や幻想なんかじゃない。確かに彼という人格が私の中に存在してるって、確信したのだ。
それは彼と交わした書き置きだったり。
彼が好きだった紅茶のティーバッグだったり。
彼がミルクティーを飲む時に使うマグだったり。
彼が片付けてくれた私の服だったり。
彼がセットしてくれた水槽だったり。
彼が撮ったコラボスイーツの写真だったり。
彼が貰ってきたクリアファイルだったり。
彼が描いた下手くそな顔文字だったり。
彼が初めてくれた顔文字付きの手紙だったり。
彼が私にくれた、たくさんのもの。
彼が存在しなかったという不安なんかよりも、彼が居たという確証のほうが多すぎて。
自分を疑うのも彼を疑うのも、阿呆らしくなってしまった。
何故交代しないのかなんて分からない。
午前3時を過ぎて、彼と交代しなかった時には少し傷付いたけれど、一日二日交代しなかったくらいが何だ。
例えこれから10年20年30年私が彼と交代しなかったとして、30年と一日目にまた交代するかもしれないじゃないか。
そんな些末な不安より、彼と生きてきた二人の時間を嘘と言ってしまうことのほうが、私にはよほど大きな恐怖である。
本当に彼を失ってしまうよりも、彼を嘘だと言ってしまうほうが私には大きな罪なのだ。
だから。
私は信じることにした。
私と彼の軌跡を。
私と彼が過ごした時間を。
私と彼の想いを。
私と彼が生き行く未来を。
私は信じているんだ。
大好きな彼のことを。
だからーー。
仕事を終え、23時に帰宅した。
外はまた雪がちらついている。寒い。
部屋の中に入ってもやはりまだ寒くて、エアコンのリモコンを掴み電源をオンにする。
コートを脱ぎハンガーに掛ける。
オーバーサイズのセーターとスキニーデニムを脱いで、靴下と下着も脱ぎ洗濯かごに放り込む。
少しだけ熱いシャワーで汗を流す。
身体を温めながら歯磨きをして、充分に身体が温まったところでバスルームから出て肩下まで伸びた髪をバスタオルで拭き取りながら部屋に戻りスウェットに着替える。
テーブルの前、私の定位置に座りノートパソコンを立ち上げる。
新しいフォルダを作成。
『日付け+日記』とタイトル付けたエクセルファイルに今日あったあれこれを綴る。
朝起きてから、少し泣いたこと。
信じると、もう一度確信を握りしめ、心に決めたこと。
仕事であったこと。
今日は残業をせず定時で上がったこと。
家に着く少し前から雪が降りだしたこと。
また朝には積もってしまうかもしれないこと。
この日記を書いているのは0時だということ。
あと三時間で私の時間は本当なら終るということ。
もしかしたら明日も貴方に代わらないかもしれないこと。
そうなってしまった時に、そしていつかまた貴方と交代した時に、貴方が私の出来事を知れるように、今日から日記をつけることにしたということ。
貴方のことを想うと、胸が苦しくなるということ。
貴方のことを想うと、涙が溢れてしまうということ。
貴方がもう、私と交代してくれないかもしれないと思うと悲しくて涙が止まらないということ。
貴方ともう一度話がしたい。また、書き置きでやりとりがしたいということ。
貴方に今すぐにでも伝えたいことがあるということ。
貴方のことが好きだということ。
貴方のことが本当は大好きだったということ。
ずっとずっと前から大好きだったということ。
そして今でも愛しているということ。
貴方ともう一度会いたいということ。
私たちは、決して会えないのだけれど、それでももう一度貴方に帰ってきてほしいということ。
悲しくて悲しくて堪らないということ。
愛しくて愛しくて堪らないということ。
悔しくて悔しくて堪らないということ。
愛しくて愛しくて堪らないということ。
寂しくて寂しくて堪らないということ。
私には貴方が必要だということ。
思っていること、想っていることを残さず綴った。
いつか、貴方に伝えれるように。
もうすぐ午前3時。
本来の私の時間が終る。
本来の彼の時間が始まる。
私たちの時間が終わって、始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます