1月4日

 頭上を通る誰かの足音で目を覚ました。

 枕元に置いたままのスマホの液晶で時間を確認する。

 7時。普段なら仕事の支度をしようかどうか迷う時間だけれど、今日は二連休の二日め、起きる必要などない。


「……え?」


 ここドコだっけ。

 布団を捲り隣を見ると、そこには高校からの付き合いの友人が寝息を立てていた。

 身体を起こし辺りを確認すると、見慣れた部屋と、開きっぱなしのふすま越しに見える台所に立つ女性の姿。友人とお母さんが朝御飯を作っていた。

 急いで両手で衣服が乱れたりしていないか、髪が寝癖で爆発していないかパタパタと確認し整える。

 大丈夫。酷い乱れはないし、変なことにもなっていない。

「おはよう。ご飯作ってるからね。後で食べてね」

 そう言ってお母さんはそそくさと出掛けて行った。

 恐らく仕事に出掛けたのだと思う。

 わざわざ私と友人の為に朝御飯を作ってくれたのだ。

 いや、友人に作ったついでに私のぶんもこしらえてくれた、が正しいのか。


 お母さんが玄関の鍵を閉めた音がした。

 もう一度辺りを見回す。

 友人の家。お母さんと妹さんの三人で暮らす友人の実家である。

 たまに遊びに来させてもらっているので、勝手知ったる他人ひとの家。とまでは言わないが、お母さんや妹さんとも、私が友人と高校で知り合ってからのお付きあいがあるので、それなりに気心は知れていると言って問題ないだろう。と思いたい。


 さて、どうして私は友人の家で、友人と布団を並べて寝ていたのだろうか。

 昨日のことを思い出す。

……ああ、そうだ。

 温泉に行き、暫くゆっくりした後、私のお気に入りの居酒屋に行こうと連れて行ったは良かったが、三日まで正月休みでお店は閉まっていて、結局三が日から友人の実家にお邪魔し、その上晩御飯をお母さんに振る舞ってもらったのだった。

 さらにその上たびたび遊びに押し掛ける私の為に用意してくれていた布団をお借りし、そのまま泊まらせてもらったのだ。

 なんて迷惑な奴なのだろう。

 もしかしたら私のことを我が子のように思ってくださっているのかもしれないが、人の思い遣りを過剰に信頼して厚かましくなってはいけない。既に十分過ぎるほど厚かましくお世話になっているのだから。

 親しき仲にも礼儀あり。

 何事にも節度が重要である。


「んんんぅ……」

 私が思考を巡らせていると、友人がもそもそと布団から這い出してきた。

 そのまま台所まで進むと換気扇を回し、カチリとライターを鳴らし一服を始めた。

 私は生まれて一度も煙草を吸ったことがないので、起き抜けに煙草を吸いたいと思う友人の気持ちが1ミクロンも理解できないのだけれど、友人曰く「煙草の害も中毒性も理解した上で嗜好品として煙草を吸っているし、加熱式タバコに変えるくらいなら煙草を止める」そうなので、友人にとって煙草とは人生の一部なのだろうと、友人と遊ぶたび、友人の家にお邪魔するたびに煙草臭くなる衣服のことは諦めている。

 一応私を気遣って換気扇の下に移動してくれたり、車内では吸わなかったり、出先でもタイミングを見計らって一人で吸いに行ってくれたりと、肩身の狭い思いをさせているので(本人は肩身が狭いとは一寸ちょっとも思っていないだろうけれど)、私もこれ以上言えることは無いのだ。

 いや、普段から「臭い!」とか「服に臭いが付く!」とか、散々言ってるけどね。

 それでも嫌な顔一つしない、そして煙草を止めてくれない友人は鋼のような精神を持っているのだと、私は思っている。


「お腹空いたね。お母さんがご飯作ってくれてるみたい。食べる?」

「いや、後で良い」

「そ? じゃあ先に食べよ」

 ゆっくりと寝起きの一服を満喫する友人を横目に朝御飯の準備を整え、食べようと食卓についた時。

「おはようございます」

 妹さんが起きてきた。

 て言うか居たのか。物音がしなかったから、もう出掛けたのかと思った。

「いたんだ」

「休み」

 出掛けたと思っていたのは友人もだったらしく、二人の短いやり取り。

「おはよー。ご飯食べる?」

「大丈夫です」

「そっか」

 妹さんもお腹が空いていないらしい。

 彼女の短い言葉は、決して私のことを嫌っているわけではない。

 人見知りでも、無愛想でもないが、単に無口なのだ。

 友人と妹さんの普段の会話がそうなのだから、疑いようがない。

 お母さんも交え四人で外食をする時ですら、つまりお母さんとですらそうなのだ。

 根っからの無口というのは私にとってはとても珍しい存在なのだが、彼女のような人がいるという事実は私の対人への視野を広げる一つの切っ掛けとなった。

 それに、無口なだけで優しい子である。


「食べますか」

「あ、食べるー」

 私が朝食を済ませ、リビングでソファーに腰掛け、我が家から持参したアニメのBlu-rayを見ていると、シュークリームを妹さんが持ってきてくれた。

 スーパーで売っている大きな袋に入っている徳用のやつだ。

 妹さんも私の隣のソファーに座り、スマホをタップしながら小振りなシュークリームを食べ始める。

「何のアニメですか」

「えとね、前期のやつで、円盤の一巻なの。見せようと思って持って来たんだけど、原作が終わってから見るって言ってきかない」

「そいつ馬鹿ですから」

 そいつとはもちろん友人のこと。

 酷い言い草である。

 これでも二人はたいそう仲が良いし、友人は妹さんのことが大好きなので、二人にはこれが普通で、ベストなのである。不思議だ。

「原作も既刊全部持って来てるよ」

「面白いですか」

「うん。面白い。映像も音楽もストーリーも良いよ」

「一巻を立ち読みしたんですけど、一話読んでみて、よく分かんなかったからそこで止めちゃいました」

「分かる。実は私もそうだった。昔一巻だけ読んでたんだけど、その時は止めちゃって、アニメ見てからめちゃくちゃハマって全部揃えちゃった」

「そうなんですね」

「うん」

 会話はそこで終わったけれど、妹さんもアニメ、漫画、小説が好きだから、気になったら貸してあげようと思った。

 たぶんと言うか、間違いなくこの二人は押し付けても見たり読んだりしてくれないので、向こうから乗ってくるまで私は待つことにしているのだ。


「今日どうする?」

 友人からの言葉。

「お店は16時からだって」

 何故か布団と共に買ってあった寝袋型の毛布に潜り芋虫と化していた私は返す。

「じゃあ17時くらいに出掛けるか」

 遅めの朝食を食べた後、さらに惰眠を貪っていた友人がようやく布団から起きた。

「おけ。そうしよ。シャワー借りるね」

 私も支度しなければと寝袋から懸命に抜け出す。

 これは人を駄目にする寝袋ですゾ……!

「ん」

 短い友人の返事。

 友人とゆっくりと出掛ける支度を始める。

 昨日、行きそびれた居酒屋に今日改めて行くことにしていたのだ。のハズ。

 たぶんあってる。

 シャワーを浴びて髪をとかし汗を軽く流す。

 一昨日の夜から長風呂して、その数時間後にまた温泉に浸かってる身だ。今日はこれくらいで良いだろう。

 必要なら居酒屋から帰って自宅でもう一度シャワーを浴びよう。

 あー、居酒屋楽しみだなー。

 お刺身も美味しいし、料理も凝った家庭料理みたいで美味しいし、何よりお店の雰囲気、大将と女将さんが好い人で、何度も足を運びたくなる。友達を連れて行きたくなるんだよな。


 短い二日の正月休みは『良い』休みになっちゃったなぁ。

 美味しいご飯食べて、明日からも仕事頑張らなきゃだ。

……がんばろー!

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