話終えると、幽霊はしばらく黙りこんでいた。夜に突入した学校の廊下はひどく寒く、そして暗かった。まるで夢を追憶しているようで、苦笑が漏れる。

「セツナさんは、ゆきんこを殺したことを、後悔してるの?」

 神妙な面持ちでどこかを睨んだまま、彼は掠れた声で言う。私は肩を竦めて「まさか」と。

「アレは結局、妄想なんだよ。幼少期の、よくあるでしょ。ああいうの。妄想を殺すことで、どんな後悔が残るの?」

「じゃあ、俺もきみの妄想?」

 言葉を失う。軽率に笑っていた自分の表情が薄れていく感覚に、私はなぜ動揺しているのか。幽霊は言葉腰こそ柔らかだったが、そこに含まれる言葉の意味に、射抜かれた心地だった。彼は、過去話をしたときと同じ顔をしている。誰もいない。だから死んでやった。そう言った顔。

「……幽霊さんは、自殺して後悔した?」

 彼はしばらくじっと見て、ふいと逸らす。

 静かなまま、私は彼の返事を待った。そして私は先の彼の質問についてを考えていた。いいわけを、考えていたのかもしれない。私は、それでも彼は私の妄想ではないとは、言えなかった。階段に座り直す。触れ直したそこは、私のぬくもりがあった。

「後悔したら、全部、無駄だとは思う」

 言って、彼はすっくと立ち上がった。振り返って屋上のドアノブに手を掛け、私が、私が何度挑戦しても開くことのなかった扉をあっさりと開いて見せ、そして、その先に踏み込んだ。

 風がびゅうと吹きすさぶ。その切り裂かれるような痛みを伴った冷気から逃げるように立ち上がり、端による。

「さむい!」

 幽霊はそう叫んで、腕をさすっていた。なら開けなければいいのに。しかし頑なに屋上に進んで戻ってこない彼が面白くて、私は彼を指差して笑った。

「ばかじゃない?」

 言って、階段を駆けて、彼のもとへ。

 一段、一段、夜の淡い光が彼を照らす。

 光。

 屋上の入り口。彼が立つ。私は止まった。まだ校舎の屋根の下にいる私と、屋上に踏み出した彼。

「ねえ、セツナさん」

「なに」

「俺はセツナさんが死のうが生きようが、正直どうでもいい」

 自殺防止協会なんてうさんくさい組織に身をおいているくせに、いきなりなんだ。思いつつも形にすることはない。

「そう」

「でもさ、俺、よくわかんないけど。自分で自分を殺すって、自分で思うよりも、言葉にして言うよりも、本当はすごくつらくて、苦しいことだよ」

 青い光に祝福される彼の眼差しに、私は、ただ頷いた。そうか、それはつらいことだったか。苦しいことだったか。青い光に透ける彼は、私に笑いかけた。私も笑っていた。笑ってれば大丈夫なんて、そんなことは――。

 セツナさん。彼に呼ばれる。私は結局、その先にはいけないのだ。

 彼は世界を捨て、

 私は自分を捨てた。

 もう捨てられるものはなかった。

「光、見えた?」

 うん。うん。うん。

 何度も頷いた私はやはり平気とは程遠く、いつか泣けなかった分の涙が溢れてくるのを堪えることはできなかった。光。月の光。星の光。

 見上げてなくなった彼の姿。自然と、ゆっくり、閉じていく屋上の扉に、私は、ああ。


 明日、誕生日だ。








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