その13:さよなら
おねがい。
そう言われたときに私の胸に去来したのは…………『わたしを嫌いにならないで』という、そんな言葉だった。
……笑ってしまう、と自分で思った。あれだけルカのためルカのためと言っておいて、結局最後に出てきたのは……そんなちっぽけで情けない欲望だったのだから。
でもルカは……そんなちっぽけで情けない欲望を、受け入れてくれた。多分、ルカ自身どういう意味でのお願いなのかは理解していないと思う。でも、ルカがそう言ってくれただけで嬉しかった。この醜い私の全てを、ルカが許してくれたような……そんな幸せな錯覚を抱くことができた。
「……私はね、ルカ」
それで、決心がついた。
私は、ルカの友達失格だ。
これから、ルカを傷つけてしまう。そのことは全て承知の上で────それでもなお、恥を忍んでルカのためになる決断をしよう。
過去のことを、全て話す。きっとルカは許してくれると思う。あんな前振りをしてしまったあとだから。
だから──許されて満足してはいけない。きっとルカの心のどこかには、わたしに捨てられて傷ついた気持ちがあるはずだ。それを絶対に癒す。友達失格だとしても、どれだけ浅ましくても、それだけは絶対にやり遂げないといけない。
ルカのことを傷つけた分、この先一生全てを使ってでもそれに見合う幸せを、ルカに感じてもらわないといけない。
それが、『友達失格』の私にできる唯一の償いだと思う。
「私は──ルカと出会うずっと前に、ぱびりおんで、ルカと出会ってたんだ」
「うん。知ってたわよ」
……だよね。知ってたよね。きっと裏切られたって思うよね────え?
「…………ん、んん?」
「だから、知ってたわよ。入学式の日には気づいてたにきまってるじゃない。だってわたしも、セツナに会いにじゃぱりあかでみーに来たんだから」
…………………………待って、頭が混乱してる。ルカはいったい、何を言ってるんだろう? 知ってた? なんで? いやだったら何でそう言わな……え? どういうこと???
「……ごめんね、ほんとはすぐにでも言いたかったんだけ、」
「謝らないでっ!!」
よく分からないまま、私は本能的にそう叫んだ。
「ルカがどうして私だって気付いてたのかは知らないし、それを黙ってた真意も分からないけど……謝らないで。悪いのは全部私だから。ルカが悪いことなんて、これっぽっちもないんだから!」
「だぁからそういう話をしてんじゃないのよこのおバカ!」
「いたぁ!?」
る、ルカが……ルカが私のことぶったぁ!?
「ほんとに放っておいたら無限に辛気臭くなるわねアンタ……。わたしが言いたいのはね、アンタがブランコだって入学式のときから分かってたけど、わたしから言い出したらきっとアンタ、そのことをずっと気に病むだろうから言わなかったってことよ! どう!? 当たってるでしょわたしの読み!」
「う…………」
た、確かに……。もし入学式当日にルカから正体を言い当てられてたら、たぶんその場では喜んだと思うけど、いずれルカを捨てたくせにルカに救ってもらった……みたいなことを考えるようになってたと思う。
……いやでも、今の時点でもルカを捨てたくせにあらゆる精神的なマイナスをルカに救われてしまっているような……むしろ入学式当日に言われるより負債が大きく……。
「またなんか考えてるわよね」
また人差し指に力を溜め始めたルカを見て、私は心を無にすることに決めた。
「っていうかね、アンタはあの日──ぱびりおん最後の日、わたしのことを『放って行った』って思ってるみたいだけどね…………それ、違うから」
ピッと、溜めた力を抜いた人差し指で、ルカが私のおでこを突いた。
「ラッキービーストがね、わたしに教えてくれたの」
………………ラッキーが……?
────!!!!
その瞬間、私の脳裏に幼少の頃の記憶がフラッシュバックした。
「ねえ、お願いだよラッキー! もしこのまま一緒にいられないなら……せめて、直接ルカに会ってお別れを言わせてよ! このままなんてやだよ! さよならも言えないなんてやだよ!!」
『ア、アワワ……ゴメンネ、ゴメンネ、ルールダカラ デキナインダ。ゴメンネ』
「なんで……なんで!? ルールってなんなの!? そんなに大事なことなの!? ひどいよ! ひどいよ!!」
『ゴメンネ、ゴメンネ、ゴメンネ、ゴメンネ…………』
…………あの時の……愚かだったこどものころの私の言葉が……。
「ルールだから、パークのお客さんをフレンズと会わせることはできない。……でも、言葉を伝えることはできる」
詭弁だ。
バカな私でもわかる。そんなの詭弁だ。だって、ラッキービーストはフレンズとの干渉を許されてない。干渉可能なのは、ヒトに危害が加わりそうな緊急事態のみ。それなのに、ラッキーは、あんなひどいことを言った私のことを……。
「らしいわよ。お陰でわたしは、ブランコの
泣き崩れた私の前に屈み込むようにして、ルカは私に視線を合わせてくれた。そして私の目じりに浮かんだ涙をぬぐって、こう言ってくれた。
「さよなら、ブランコ。わたしと遊んでくれてありがとう。…………本当に本当に本当に、楽しかったわ。またいつか、会いましょう」
「……………………っっ!!!!」
止まっていた私の時計の針が、未来へ進み始める音がした。
の の の
「で、久しぶり。……よーやく会えたわね、ブランコ」
「……うん。そうだね、ルカ」
ああ、なんだか本当に久しぶりに…………久しぶりにルカと会えた、そんな気がする。
「ま、わたしは全然久しぶりって感じしてないけどね。だってセツナってば緊張するとすぐわたしのこと呼び捨てで呼ぶんだもの」
「え!?」
そ、そうだったの……? ぜ、全然気づいてなかった。完璧に隠せてると思ってた……。っていうか入学初日の時点で気づかれてるあたり、わたしって本当に隠し事できないんだな……。自分で全然自覚なかった。
私ってひょっとすると…………勉強と運動以外本当にダメダメな人間なのかもしれない……。うすうすそうなんじゃないかとは思ってたんだけど……。
「そういうところが可愛いんだけどねー」
「か、可愛いとか……ルカ、あんまりそういうの他の人には言っちゃだめだよ。あと呼び方はセツナなんだ」
「んー、どっちでもいいんだけどね」
ルカは本当にどうでもよさそうに、
「わたしにとってはブランコもセツナも、同じだから。でもブランコよりはセツナの方が響きがかわいいでしょ? わたしもね、ほんとはサーバルキャットが名前なんだけど、それだと響きが可愛くないじゃない」
「確かに……」
人間にしてみれば、ヒトって名付けてるようなものだもんね。
「だから、縮めてルカ。これならかわいいでしょ? セツナも同じよ」
「ヒトの名前はかわいいかわいくない以上の意味があるんだけどね……」
まぁ、うん。
「でも、ルカがそう言うんなら、いいか」
正直、今までは自分の名前より、ブランコって名前の方が好きだった。だって、ルカにつけてもらった名前だから。
でも……今はセツナでもいいかなと思っている。だって、ルカに可愛いって言ってもらった名前だもの。
「あー……そういえば、ラッキーにもお礼を言わないと、なぁ」
今の私がいるのは、掛け値なしにラッキーのお陰だ。ラッキーがいなかったら、ルカにさよならを伝えられていなかったら……『わたしとルカのパビリオン』を終わらせることはできなかった。私の心は、いつまでもあのパビリオンの中にいたと思う。
「そーねー。まぁアイツら情報は全部やりとりしてるらしいし、プールにいるヤツにお礼を言ったらみんなに言ったってことになるわよ」
「そうだね。じゃあ、そうしようかなあ……」
「ってことで、まずプールに戻らないとね。アンとナナにも心配かけちゃったし」
「あ」
そ、そうだった……! あの二人にも今まですっごい迷惑を……!
「だから、そこで自分を責めるのはナシね」
あう。
勢いよく立ち上がろうとしたところで、ルカのチョップが私の頭に宛がわれてしまった。うう……心を読まれてる。そんなに分かりやすいかな私……。
「セツナはさ、自信がなさすぎるのよ。もっと自信もっていいのよ? そりゃわたしだって迷惑だけかけられてたら怒ることもあるけど……それだって怒るだけで嫌いになるわけじゃないし。ましてセツナは、ちょっとくらい迷惑かけたって怒られないくらい、みんなのためになることをしてるじゃない」
……ためになること……? そんなことしてたっけ。あ! そうか、勉強方法は教えた。
「すいみんがくしゅーのことだけじゃないわよ? アンとナナを引き合わせたのはアンタじゃない。アンタがいなかったら、あの二人は昔のことを思い出すこともなかったのよ?」
それは……。
「セツナが気付いてないだけで、セツナは皆に必要とされてる。だからもっと自信を持ってよ。わたし、嫌だからね。わたしの親友が事あるごとに悲しい顔するの」
…………!
「……頑張る。すぐには、無理かもしれないけど……」
私には、ずっと友達と呼べる存在がいなかった。
学者の両親に育てられて、本が好きな子供だったと思う。子供の頃からずっと本を読んでいたから話が合う学友もいなくて、それでクラスから浮いて……人の目を気にするようになって、いつしか他人に気を遣いながら話すことも苦痛になっていって、人付き合いそのものに苦手意識を持つようになった。
でも、生まれて初めてパビリオンという場所で、そんな私とでも楽しく遊んでくれる存在に出会って。
本当に、救われたんだ。私でもいいんだって。友達になってくれるんだって。
パビリオンが終わった後は、三年後のリユニオン計画のことだけを考えていた。どうにかしてパークに長期滞在できる資格を手に入れて、そしてルカと再会することしか考えていなかった。その間通っていた学校のことなんて大して覚えてないし、今となっては校長先生の名前すら曖昧になっている。
そんな私だから、自分に自信がないと言えば、それはその通りなのかもしれない。
今の私は、生まれて初めてルカに認めてもらった幼い子供と大差ないのだから。
でも。
「……いつか絶対、自分に自信が持てるようになるよ」
考えてみれば、それで十分のような気もする。
こんなにも私のことを想ってくれる友達がいる。それだけの事実があれば、私という人間の価値を認めるのに十分すぎる根拠じゃないだろうか。
「だって、ルカがそう言ってくれてるんだもんね!」
「…………まぁ、先は長そうだけどねー」
笑みを浮かべる私に、ルカは呆れたような笑いを返しながらそう言う。そうかな? 私はもう、自信に満ち溢れてるんだけどね!
「あ! セツナー! ごめーん!! 私! 私! 何も知らなくってー!!」
と。
そこで、プールから飛び出してきたナナと鉢合わせた。ナナは顔がぐちゃぐちゃになるくらい泣きべそをかいていて、それはもう酷い顔で……。こんなに涙を流してくれる友達が、私にはいるんだもんなぁ。
「ううん。いいの。わたしこそごめんね、ナナ。……もう、大丈夫だから」
「んー、イイネーイイネー。ところでルカ、もうちゃんづけはいいのかー?」
「……うんまぁ、ひとまずは、ね」
アンも、なんだか色々と気をまわしてくれていたみたいで……本当に頭が上がらない。
正直、もらったものが大きすぎて……本当にそれに見合うだけのものを渡せているのか、今も少し不安ではあるけど。
でも、不安を抱えながら、少しずつ前に進んでいこう。
「──ああそうだルカ。話したいことが、いっぱいあるんだ。あの日からずっと……ざっと三年分くらい!」
「えええセツナ、ちょっと待ってよ長くない……?」
「短くまとめるから大丈夫。あと、ルカがどうやってリユニオン計画に参加したのか、そのいきさつも聞きたいしー…………」
まずさしあたっては……とびっきり長い近況報告から。
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