砦のお昼休憩

 魔王軍ご一行様はカフェテラスに来ていた。


 場所は、砦の行政区域である。


 騎士団長の執務室も当然ここにあり、砦の騎士さる達が棲息している軍事区域とは治療部屋を挟んで反対方向になる。

 特別宿舎にくる砦街少年団と鉢合わせになる前に、昼食も兼ねて移動したのだ。


 ミレーとターニャ、そして女騎士達は、少年団に食事をだすために宿舎に残っている。


 カフェテラスのある食堂は砦の外から来る者も利用ができ、料理は注文する形式で少々割高であるがメニューはそれなりに豊富であった。


「フ、人間ごときに敗北するとは情けない」


 そんな中で、周囲の人の目などは全く意に関せず、カフェテラスの椅子に傲慢な態度で足を組んで、魔王座りする魔王役の魔王様は非常にノリノリだ。

 謎の魔王仮面がキラリと光った。


 魔王という言葉がゲシュタルト崩壊しそうです。


 何だかテンションの高い魔王様に対して、分厚い丸テーブルを挟んでしょんぼりと座るのは、砦街少年団に敗れた魔王軍四天王の二人。

 ズタボロに黒焦げたローブをまとうジェームズと、ズタボロに切り裂かれたミニスカワンピをつけたフランである。

 二人とも聖女が治療したので完治しているが、酷く薄汚れて髪はボサボサで野良犬のようだ。

 ジェームズに至っては心肺停止し、死亡一歩手前でヒヤヒヤものであった。

 おかげで人体は焼け焦げたら、普通に死ぬものだと聖女は思い出すことができた。


 ありがとうジェームズ。


「お前達には失望したぞ」


 おおらかな魔王様にしては珍しい、冷たい声色での一言である。


「そ、そんな、お姉様! 私これでも頑張ったんです! 私一生懸命だったんです! 私全力を尽くしたんです!!」

「魔王陛下、いくらなんでも無茶ぶりですよ。無詠唱で、しかも、手を前に振るのと同じくらいの速度で魔術を連発されたのでは、僕達では善戦どころの話ではありませんよ?」


 言い訳をする二人に対して、まったく嘆かわしいとばかりに腕を組み、わざとらしく重々しい溜息をつく魔王役の魔王様。

 この人、役に浸ってるな……と察するジェームズはともかく、お姉様こと従姉の魔王様に敬愛の情をもつハーフエルフのフランとしては、嫌われたくない一心でとても必死である。


「わーだーじーがーんーばーりーまーじーだー!!」


 いい大人が半泣きで、テーブルの隅を両手でペチペチ叩いて本当に必死である。

 女としての恥じらいどころか幼児退行すらも疑われるほどだ。

 女史のそんな奇行に、カフェテラスのそばを通る人々の視線が集まる。

 ヒソヒソというささやきの空気に、すぐ横にいたジェームズは冷や汗を流した。

 そしてさらに、フランが腕を上下させるたび切り裂かれて半ば下着と化した短衣から、胸部重装甲どたぷんが激しく揺れて上乳、下乳、と交互にはみだして実にきわどい。

 対面で同席しているルドルフとライトは目の毒ゆえに視線を逸らし、動じてないのは美味しくなさそうに茶を啜っている騎士団長のみ。 


 既婚者のルドルフはともかく、純情なライト君は顔が真っ赤である。


「黙れっ負け犬がっ!! というかフーよ、そのだらしねぇータレ乳は何だっ!? アピールか!? エロアピールなのか!? ひょとしてアタシを誘っていやがるのか、あ”あ”ん!?」

「ひ、酷いっ! まだ、垂れてないですぅ!? で、でもお姉様となら……うひひっ」


 フランは真っ赤に染まった頬に手を当て、体をくねらせ乙女メスの恥じらい。

 もう色々な意味で見てられなくなった騎士団長が、こめかみ押さえて仲裁に入る。


「まあまあ、魔王様。元々四天王は負けるのが前提ですので、責めるのも程々に」

「フ、我が腹心ヴァンパイヤロードのアルフレッドが言うのならば、ここまでにしておいてやろうか」

「それと魔王様。カエデお嬢さんはうちの連中より普通に強いですからね? 砦に一対一で勝てる者などおりませんよ」


 騎士団長のお手上げ宣言に、何故か、うふーうふーと喜んで得意げになる魔王様まごばか


「フフ、流石は我が血をひくもの! これは燃える展開の一つ、ラスボスは肉親だったがはかどるわね!!」


 魔王を演じている魔王様だが、台詞の最後は素の魔王様であった。


「今のところは少年団のイベントは無事消化されており、夕方前には最後のイベントである魔王討伐になりますので、それまでは問題起こさないように……わかってますね? 本当にお願いしますよ魔王様?」

「フフフ、言うまでもないぞ、ヴァンパイヤロードよ?」


 あ、まだその役作りするんだ……騎士団長は若干疲れた顔を見せた。


 砦主催の『砦街少年団の魔王討伐前夜祭』は幾つかの問題に見舞われたが、中止になることなく進行していた。


 まずはネクロマンサーのイベント。

 これはジェームズがいい感じに魔術を使い、最終的にボマーことトーマスが体を張って相打ちにする演出のはずだった。

 次にダークエルフのイベント。

 これもフランがいい感じに魔術と鞭と蝋燭を使い、最終的にファントムことフィーアが体を張って相打ちにする演出のはずだった。

 その後に実は生きていたミレーさんがでてきて、特別宿舎の食堂へと昼食をとるため案内するのが午前の部までの予定であった。


 しかしこのシナリオは、真の魔王イレギュラーちゃんによって覆されてしまったのだ!?


 実際のところ予定は最初からガバガバで、いくらでも修正可能だったので問題はなかったのだが。


「団長……流石にこの状況で、本物を魔王役にしておくのは不味いのでは?」


 砦でも比較的常識人のルドルフが、今更ながら騎士団長にヒソヒソと進言する。

 魔王VS魔王……彼には怪獣大決戦的な光景が見えてしまったようだ。


「まあ、一応、手は打ってあるから問題はないだろう……多分」

「は、はあ……?」


 騎士団長もヒソヒソとルドルフに返した。

 しかし微妙に自信なさげである。


 うーんうーん、ご飯は何にしようかしら?(味覚音痴)

 あ、お姉様このデザートお勧めですよ!?(甘党)

 聞いたことない料理名ばかりで、どれを頼めば?(田舎者)

 僕としては普段の料理のほうが飽きなくて好きだけどね?(お貴族様)


 などと、わいわいがやがやと、のんきにメニューを見ていた彼らの周囲が急に騒がしくなってきた。

 面子や格好で道化師のように注目され、元々それなりに騒がしかったので誰も気にしていなかったが、歓声は近づいて来るようだ。

 騒ぎの中から歩いて来る女騎士のツヴァイが見えた。

 一人ではない、ツヴァイは恭しく手を取って何者かをエスコートをしているようだ。

 そのエスコートされていた令嬢らしき女性が彼らの前へ静々と歩みでてきた。


 男四人は同時に顔をあげ、同時に口を大きく開いた。

 フランは頬に手を当て「あらあらまあまあっ!」とおばちゃんのように大喜び。

 魔王様は何もコメントせず仮面の下でニヘラと笑った。


「あはは……ええっと、こんな風になっちゃいました」


 そこにいたのは周りの熱い視線を一身に受ける、純白のドレスをまとった治癒士モーリィであった。


 白銀の髪は華美に結いあげられ。

 優れた職人の手による純白の豪奢な衣装を劣ることなく身にまとい。

 ほんのりと施された化粧は、普段とは違う美しさを引きだし。

 いかなる場だろうと主役になることを運命づけられた華麗な大輪の花でありながら、同時に静謐な清楚さを持ち合わせた奇跡的な容姿。

 

 百人に聞けば百人の者すべてが言うだろう。


 それはまさしく、麗しき姫の姿だった。


 ◇


 聖女モーリィは女騎士ツヴァイと共に特別宿舎を魔王軍一行より先にでていた。

 彼女の手には魔王様が持ってきてくれた衣装があった。

 以前、砦の迷宮探索の際にメルティから貰ったドレスを、魔の国の王宮付きの裁縫士の手によってスカートを延長する形で仕立て直してもらったのだ。


 お姫様役を渋っていたモーリィだが、ここでやりませんと退けられるほど空気を読めない人間でもなく、みんなが楽しめればと我慢することに決めた。

 聖女モーリィ、そして騎士ライトやレッド少年のような、真面目で空気の読める人間ほど割に合わない目に合うのは世の常である。


 騎士団長の執務室のある建屋を訪ねると、三人の若い女性秘書達がモーリィを歓迎してくれた。

 お姫様役の着付けは彼女達がしてくれるらしい。


「騎士団長から話は聞いてるよ、モーリィちゃん」

「モーリィさんお久しぶりね」

「わー、髪の毛のサラサラ~。手入れとかどうしてますっ!?」

「え、ええっと……」


 早速、秘書三人に囲まれ、あれやこれやといじられるモーリィ。

 ツヴァイは壁に寄り掛かって、その騒ぎを愉快そうに後ろから見ていた。


「うわぁ、乳凄い! これが砦街で噂のたわわかっ!?」

「んー若いせいか化粧のノリが本当にいいわね、羨ましいわ」

「髪の毛が絹糸ですよっ、絹糸! 素晴らしい手触っ!?」

「あ、ああっと……」


 余計なところも色々といじられ……。


「まじか!? 胸の谷間が!? 指どころか手の平が隠れるだと!!」

「うーん、美人すぎるせいか化粧映えが今一つ、素が高すぎるのも困りものね?」

「うなじ……うなじぃぃ……はぁはぁ」

「…………」


 その結果……。


「うわぁ……ありえない」

「うわぁ……ありえない」

「うわぁ……結婚したい」


「あ、あの……?」


 反応に戸惑うモーリィ。

 ツヴァイは男前に笑いながらサムズアップした。

 そして聖女は秘書三人娘のうっとりとした視線を頂戴したのだ。


 ◇◇


 モーリィの後ろにさり気無く立つツヴァイ。

 彼女はいつもと変わらない騎士服だが貴公子のような容姿のため、モーリィ姫のエスコート役として恐ろしいくらいに映えた。


 まさに御伽話の王子様とお姫様のカップルである。


「きゃああー! モーリィさん! 素敵です! 最高です! 私の知っている三百年の祭の中で一番のお姫様ぷりですよっ!!」

「あ、ありがとうございます、フランさん?」


 ハーフエルフのフランは年甲斐もなく、頬を染めるほど興奮して大はしゃぎだ。

 そして砦街の魔王討伐のお祭りが三百年前から行われていることが、フランさんの年齢とともに判明してしまった。


「ふふ、流石はモーリィちゃんね、類を見ないほどのナイス美人さんよ! アタシも魔王役に身が入るというものだわ!!」

「ありがとうございます……でも、魔王役は程ほどにしてくださいね魔王様?」

「おーいぇーす、わかってま~す~モーリィ姫様に釘さされちゃったわぁ~ん」

「………………」


 お祭りテンションのためか、いつも以上に自由人な魔王役の魔王様。

 モーリィ姫はとても不安になって、そして少し苛ついた。


「と、まあ、それはともかくとして……そこの男子達~、何かモーリィちゃんに言うことはないのかしら?」


 魔王様の呼びかけに、ポカーンと口を開け、惚けたように姫を見ていた男達は同時に我に返った。


「「「「モ、モーリィ!!」」」」


 どがしゃあああああんっっっ!!


 四人で同時に何か言いかけて、四人で同時に立ちあがって、四人で同時に重たい丸テーブルをひっくり返して、四人とも仲良く下敷きになった。

 その喜劇じみた醜態に、女性陣は唯々苦笑をする。

 モーリィは目を丸くした。


「あらあら、肝心な時に冴えない男の子達ねぇ?」

「うふふ、みんなモーリィさんの魅力にやられちゃいましたかね?」

「え、ええっと……?」


 モーリィが困った時の女騎士に視線を向けると頷かれ。


『だらしない連中だ』


 モーリィは女騎士の声に出ない言葉を何故か理解できてしまった。

 先行きに余計不安を覚えて、モーリィ姫は眉間を解しながら溜息をついたのだ。


 かくして『砦街少年団の魔王討伐前夜祭』は午後の部に入った。 



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 おまけ


『砦街少年団の魔王討伐前夜祭』でモーリィ以外でお姫様役をやったことのある登場人物


 フランシス

 ターニャ








 そして魔王様……あれぇ?

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