砦のダンジョン その7
モーリィはソファーに深く埋まるように腰掛けていた。
程よい弾力で作られたソファーは腰全体を包み込むような最高の座り心地だった。
体重の軽いモーリィが埋まるように座っているのには、もちろん理由があった。それは膝の上に獣人の少女が腰掛けていたからだ。
そこが自分の指定席とばかりにモーリィに体を預けるように座るメルティ。そのためモーリィのスリムなお尻には二人分の体重が掛かっていたのだ。
何故このような状況になっているのか聖女には分からない。
メルティに抱きつかれている間に、モーリィが寝ていたベッドは消え、代わりに丸みをおびた白いソファーが出現した。
座るように言われたモーリィが素直に腰を下ろしたと同時に、メルティの大きいお尻が太ももの上にボフッと乗ってきたのだ。尻尾のせいなのか意外と重たかった。
幼い顔に似合わぬ妖艶さで微笑むメルティは、目を白黒させるモーリィの頬を撫で撫でし始めた。モーリィが男のままだったら確実に骨抜きになっていただろう。
しばらくしてメルティ満足したのか、空中から魔法のように何かを取りだした。
その小さい手に握られたのは美しいガラス製の容器だった。
薄く精度の高い作りからして高級品であることは分かる。
容器に綺麗に盛りつけられていたのは、色とりどりの果実が入ったモーリィが初めて見るパフェという氷菓子。
何よりも取りだした際の魔力反応は無くモーリィはひどく驚いた。
「進んだ技術というものは魔術となんら変わらないのよ?」
そのような説明にならない説明をするメルティ。
モーリィは理解するのは無理そうだと考え、早々に気にしないことにした。
聖女の母アイラの口癖は『ま、いいか』で、血は確実に受け継がれているようだ。
「はい、クロエ。あーんして、あーん?」
メルティは頬を染めながらスプーンですくったパフェをモーリィに差し出し、蕩けるような甘い口調であーんをしてくる。
長い獣耳はぴくぴくと動き、リスのような尻尾は機嫌が良さそうに揺れていた。
密着する体、メルティの大きい胸がモーリィの胸部装甲に当たる。短いスカートからのぞかせる太めだが健康的な白い太もももは何とも言えず眩しい。
気の強そうな雰囲気を持つ獣人の美少女。
そんな彼女が蠱惑的な表情で迫って来るのは中々の破壊力。
モーリィですら、柔らかい尻肉と触れ合う肌の感触に、久しく忘れていた男性的な情欲を少しだけ感じてしまう。
「くふふふふ」
モーリィは少し引きつりながら口を開けてスプーンをパクリ。
ためらったのは初めて食べるお菓子だからではなく、メルティの熱のこもった視線に見つめられ、あーんするのが恥ずかしかったからだ。あーん。
スプーンを咥えたままメルティをうかがうと、彼女はうっとりとした笑みを浮かべ、獣耳と尻尾をぶるぶる震わせていた。
「くふふ、愛らしいわね、くふふ、一生懸命あーんするクロエ」
「…………………………」
甘いお菓子と、それ以上に甘いメルティの吐息。
モーリィは不思議に思う、肌が触れ合うことに気まずさを感じるものの、密着していること自体には緊張感がないのだから。
「クロエ、美味しいかしら?」
「冷たくて、ほんのり甘くて、とても美味しいです」
「くふふ、よかった、満足してもらえたみたいで」
初めて食べるパフェは味わったことのない食感だった。
どのようにして作ったか不明だが、田舎で冬の時期だけ食べられる果実の汁をしぼった氷菓子に近い、しかし舌に溶けるようなまろやかさは全然違った。
メルティは嬉しそうに再びパフェをスプーンですくう。
ちなみに彼女には何度も自分の名前を伝えたのだが。
『ええ、分かっているわ、今はモーリィと名乗っているのねクロエ?』
訂正するのはあきらめていた。
それと最初はメルティさんと呼んでいたが。
『メルティでいいわ。クロエ、いいかしら?
念を押されたので遠慮なく呼び捨てにしていた。
「味の好みは変わってないわね」
「好みですか?」
「そうよ、クロエはこのパフェが好きだったわ」
「生まれ変わる前の話ですか?」
うなずくメルティ。
クロエという女性がモーリィの前世であるという話。
それは気にはなっていた。
「実感がないのも無理がないわ。だけど貴女の魂は以前のものとほぼ誤差なく一致している。貴女が……クロエが亡くなった時に少しだけ魂に干渉はしたけど、こうして会えたのは本当に奇跡よ。貴女がクロエの生まれ変わりであることは間違いないわ」
「でも、私にクロエという方の記憶はないですし、正直信じられないですよ」
「いいのよそれでも、今貴女がここに、私の傍にいることが重要なのだから」
メルティは目をつぶると優しい声音で語る。
モーリィは思う、メルティとクロエは恋人同士だったのだろうかと?
二人がどのような関係だったのかを聞くのは正直怖い。
どのような関係にしろ、今の男とも女ともつかない中途半端な自分に受け止められるとは到底思えなかったからだ。
そんなモーリィをよそに、メルティが微笑みながらスプーンを差し出す。
「はい、それではまた、あーんして?」
「あ、あーん?」
二口目をパクリ、癖のないすっきりとした甘さ。
苦い食べ物のほうが好きなモーリィの嗜好にも十分に合う。
半分ほどをパフェを平らげたところで、モーリィは質問するべく口を開いた。
メルティが雛鳥にエサを与える親鳥よろしく、次から次へと口にスプーンを持ってくるので中々話しだせなかったのだ。
「メルティ。少し質問をしてもいいですか?」
「ふわぁ……あ、あら、なにかしらクロエ?」
恍惚とした駄目人間な笑顔を浮かべていたメルティが慌てて姿勢を正した。
覚悟がいる問い掛けをしようとしていたモーリィは、力が抜けて少しだけ気が楽になった。
「えーと、メルティは、その、ダンジョンマスターなのですか?」
「ダンジョンマスター……変異体のことかしら?」
「変異体?」
不安げなモーリィにメルティはくふっと笑う。
そしてスプーンの先端を宙で遊ばせながら説明を始めた。
「私の仲間に四百年まえ観察対象Xによって起こされた厄災で、休眠維持システムに支障をきたし分裂化した者がいてね。本来の姿に戻ろうと中途半端に再生して足りない魔力を得るため、効率よく魔力を集めるられるダンジョンを無数に発生させ、更に魔力が一定量以上たまった個体が変異体……ダンジョンマスターとなったのよ」
――変異体? 観察対象X? 厄災?
今まで聞いたことのない言葉の羅列、モーリィは話の半分も理解できなかった。
「まあ、現状では修復も制御も出来ないし、完全に死ぬわけでもないから放置しているのよ。しかし観察対象Xには本当に参ったわ。召喚術式の破壊だけにとどまらず、S級プロテクトの星系移動術式まで破壊するんですもの。お陰様でN教授率いる観察チーム全員が、この星に足止めをされ救助が来るまで休眠するしかなくなったわ」
メルティが話しているのは、ダンジョン発生の成り立ちとダンジョンマスターの正体、その他もろもろに関してのことだった。ダンジョン研究者、もしくは歴史家ならば世紀の大発見と興奮し感涙しながら踊りだす内容である。
だが聖女という希少クラス以外は極々一般庶民のモーリィには何の感慨もなく、理解不明の宇宙人語にぽかーんとするしかなかった。
必要なものが必要な時に必要な場所にはない、世の中というものは大抵においてそんなことの繰り返しである。
「観察対象X……あれの測定は不可能。でも魔力換算で計算すれば――なんて鼻で笑えるほどのエネルギー値を出している。魔導リアクターも――の支援も無しの個体であれ程の力を持つ存在は――ラインを突破した種族でもまずいない、下手をしたら生身でR級バトルシップ同等の最大瞬間出力を出せることに……」
メルティは宙をにらむように目を細めると延々と語り続ける。
彼女が言っていることはモーリィには理解できない。しかし、気持ちよさそうに話しているメルティの邪魔をするのも悪いかと考え、喋り終えるのを待つことにする。それに難しそうなことを話す彼女の顔は、幼い見た目に反し理知的で引き締まり、今まで見た表情の中でも一番輝いていた。
モーリィの膝の上でお尻を揺すって尻尾振り振り、スプーンを指揮棒のように振り回しながら熱弁していたメルティは、しばらくしてから気がつき我に返る。
途端にばつが悪そうな顔になるメルティ、長い獣耳と尻尾は垂れ下がっていた。
モーリィは優しい表情で微笑んだ。
それを間近で見たメルティは赤面しながらも澄まし顔で咳払いをする。しかし尻尾はぴんっと立ち上がると嬉しそうに左右に揺れだした。
彼女は
「えーごほん、つまり、私はダンジョンマスターではないわ。近いものではあるけど差はそうね……記憶、そして理性を持っていることかしら?」
「では、メルティは暴れて周辺に被害を出したりはしないのですね?」
「まさか、敵対しない限りは私はそのような無意味なことはしないわ。それと何があってもクロエ、貴女の味方よ」
心底胸を撫で下ろすモーリィ。仲良くなれたのにメルティがダンジョンマスターなら戦う可能性もあった。それを何よりも心配していたのだ。
モーリィの不安を見抜いていたメルティはくすくすと笑いだす。
「くふふ、クロエは相変わらず優しくて心配性ね」
「ええ、はい……本当によかったぁ」
「と、まあ……長々と語ったけど、要するにダンジョンもダンジョンマスターも四百年前の厄災が原因で出現した不幸な事故の産物てところかしら」
「あ、それで気になったのですが、その厄災てなんですか?」
「ああ…………」
モーリィが質問をするとメルティはまた宙に視線を向ける。
先程とは違い微妙に目が泳いでいて何か言いづらいことらしい。
やがて彼女は観念したようにポツリポツリと語り出した。
「厄災というのはこの星に侵略してきた古き種族の大半を一瞬で蒸発させた、観察対象Xが放った破壊光線のことよ」
「破壊……は、はい?」
「測定不能の謎エネルギー……ううん、厄災については最初から観察はしていたのだけど、起きたことが色々と非常識すぎて私では説明しきれないわ」
「は、はあ……?」
「というか観察対象Xはそれ以外にも、飛び蹴り一発で古き種族の眷属体を万単位で消滅させたりしてるし色々デタラメすぎるのよ!! 超魔王キックてネーミングは何なの! 舐めてるの! ふざけているのかしら!?」
「メルティ?」
余裕のある雰囲気を持ったメルティの初めてみる怒るような口調。
モーリィはわずかに驚いてしまう。
「あ、御免なさい。ええっと取り敢えず、四百年前にこの世界のすぐ外で観察対象Xと古き種族による空前絶後の戦いがあったとだけ言っておくわ」
いい終えるとメルティは不味い物を食べたかのように顔をしかめた。
彼女的によほど腹に据えかねた出来事だったのだろうか?
モーリィには話のスケールが大きすぎて御伽話でも聞いている気分だ。
そして戦いという言葉に、モーリィは不意に思い出す。
ダンジョン内に取り残されたミレー達のことを。
途端に強い焦りと、自分自身に苛立ちを感じた。
突発的な状況に流されていたとはいえ、何故今まで気づかなかったのだろうか。
「あの、メルティ。私と一緒にダンジョンに入った仲間のことなんですが?」
「くふふ、それなら心配しなくても大丈夫よ」
「みんな無事なんですか?」
「ええ、無事よ。クロエ、ここは元々貴女との契約で開放している場所なのよ」
「契約? 前の……私とのですか? それっていったい?」
メルティは懐かしむように口調で答えた。
「色々とあって詳細は省くけど、私は昔クロエに救われたわ。その見返りとして私のシェルターを、このダンジョンを資源収集と訓練所として開放していたのよ」
「訓練場……え、ええ、ここがですか?」
「くふふ、そうよ。タイプS型兵装……えっと魔物達はダンジョンに入ったものを殺さないように設定されているし、仮に致死性の怪我を負っても直ぐにダンジョン内のナノマシンが動いて治癒するようになっているわ」
「ええっと? 要するに、みんなは安全ということですか?」
「勿論よ。それにクロエのお友達は皆強いわね。手加減なしでもここまで直ぐに辿り着くのではないかしら?」
深く安堵するモーリィ。
メルティはモーリィの首に腕をまわし抱きついた。
突然のスキンシップにどきりとするモーリィ。
頬に口づけをしそうな近距離で彼女は小悪魔なような笑みを浮かべた。
「くふふ、もしかしてその中に、クロエの好きな人がいたり……するのかしら?」
「え…………?」
冗談のようで、それでいて何かを探るようなメルティのささやき。
モーリィの脳内に浮かんだのはミレー……ではなく女騎士のツヴァイだった。
貴公子然とした彼女の
自身でも予想もしない鮮明な脳内映像に、聖女の頬は一瞬で真っ赤に染まる。
メルティはいきなり花も恥らう恋する
「ク、クロエ……あ、貴女まさか?」
「あ、違います、違いますよ。そんな人いません、いませんからね!?」
「ええ、そ、そうなの?」
「本当にいません、いませんから!!」
メルティの問い掛けるような視線に、顔どころか首さえもリンゴのように真っ赤に染め、両手を振り必死に否定する聖女モーリィであった。
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後書きで今回の話の分かりにくい用語などの解説を載せてあります。あくまで作者の脳内設定なので突っ込んだら泣いて失禁します。ネタバレ? というほどのものではありませんが、そういうのが嫌いな方はお手数ですが読まないようにしてください。コメディなお話に設定解説を入れる私をお許しください。
☆おk?
ノリで書いてしまった今回のお話。作者の脳内設定など分かりにくい説明
星系移動術式 ……魔術的なワープ航法。作成するの個人レベルでは無理
古き種族 ……クッ〇ゥルーぽいアレ。眷属体も同じ
厄災(破壊光線)……観察対象Xがその場のノリで撃ってみた魔王グラ〇ドクルスアタックが古き種族の大部分を消滅させ、その謎エネルギー波が惑星にまで影響(主に異星人に)を及ぼしてしまった。恐るべき技。別名:魔王なんちゃって重力レンズ砲
おまけ
腹筋……モーリィの性癖。クロエは筋肉鑑賞マニアだったらしい、これが人の業というものか
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