砦のダンジョン その5

 モーリィが……。


 探索中に気がついたこと、発見したことを各自が報告していく。

 モーリィも二階層に入ってから聞こえてくる声の話をするが、答えを出す手かがりはなく謎のままだった。


 話し合いの後、フランは地上に帰還する決定を下した。


 探索によって知り得た情報、ダンジョンにダンジョンマスターが存在する可能性があると、砦に伝えることを優先したのだ。

 戻る支度を整え、小部屋を後にして一人づつ扉を潜り通路へと出る。

 異変が起きる、モーリィが扉を抜ける途中で、体だけが空気に溶けるように消えてしまった。


 聖女モーリィはその場から消えてしまったのだ。


 後ろにいたミレーとフランの二人には聖女が転んだように見えた。

 ミレーが起き上がるのに手を貸そうと視線を向けると、モーリィの姿はどこにも見当たらず、ただ彼女の身に纏っていた装備品だけが床に散乱していた。

 音に気がついた女騎士達が見たのは、床に散らばるドレスと背嚢、そして驚いた表情で固まるミレーとフラン。


「モ、モーリィ!」


 ミレーの悲鳴。フランは直ぐその場の魔力反応を調べようとした。

 だが女騎士フィーアの静かな、しかし、ひっ迫した警告が遮った。


「オークじゃない……大きい、別のものが来るわ」


 通路に仕掛けておいた察知の術式札に魔物が近づく反応があったのだ。

 女騎士は全員が武器を同時に抜いた。


「……ミレーさん、モーリィさんを探すのは後です。魔物が来ます!!」

「え、は、はい!」


 フランの叱咤に近い呼びかけにミレーは我に返った。

 彼女はすぐさま意識を切り替える。

 一時期は冒険者をしていたこともあるミレーだ。

 迷いは失敗を誘発し、命を脅かす危険があることを十分承知していた。

 今は目の前に危機に集中するべきだろう。


 モーリィの荷物を跨ぐようにして通路に出ると、重たい足音と唸り声が近づいて来る。


 そして、彼女達の前に魔物が姿を現した。


「うそ……」


 呆然と呟くミレー。


 それは一つ目のサイクロプス、巨人族に属する魔物。


 人族の若い女や子供を好んで貪り食うとされる凶悪な巨人。

 探索班で一番背の高いツヴァイよりも一回りは大きい巨体。

 太い腕には木をそのまま削り出したような巨大な棍棒。

 一体でも王都騎士が五、六人掛かりではないと倒せないとされ、恐るべき力を秘めた魔物だった。

 

 それが通路を塞ぐように三体も現れたのだ。


 巨人達の餓えた獣のような視線が彼女達に降りかかる。

 獣欲……食欲だろうか、乱杭歯の生えた歪んだ口からは涎が垂れていた。

 肉がみっちりと詰まった鋼のような体、凄まじい威圧感だ。


「倒しますよ……!」


 フランが硬い声で指示を出し、直ぐさまに魔術の詠唱を開始する。

 彼女の周りに構築される術式、全員がうなずくと戦闘に入った。


 聖女を欠いたままで、巨人との戦いが開始されたのだ。



 先制は詠唱を終えたフラン。

 宝石が付いた左手の小手が光り、解放された術式が展開、魔術が発動。


 詠唱術式【移動の束縛】


 途端に一番後ろのサイクロプスが、見えない手で足を掴まれ、地に縫い付けられたかのように動きを止めた。

 歯を剥き出し唸り声を上げているところを見ると、決して自らの意思ではないことが分かる。


 フランはサイクロプスに魔術が抵抗されず掛かったことに安堵する、荒い息を吐きながら次の魔術の詠唱に入った。

 怒り猛り、雄叫びを上げるサイクロプス達。魔術を使わせまいと、フランを攻撃するために地響きを立てながら突っ込んできた。


 悠然とした動きで、その前に立ち塞がる女騎士ツヴァイ。


 衝突、中身の詰まった、鉄同士がぶつかるような重高い音が鳴る。

 彼女と巨人達との重量差はかなりのもののはずだ。

 だが、小山のような二体のサイクロプスの突進を、ツヴァイは一歩も引くこともなく手に持った盾だけで完全に受けきってしまった。 

 単純な腕力に頼らない高い技量、ツヴァイの見事な盾さばき。


 女騎士は巨人達に騎士系列クラスが持つ特殊能力を使用する。


 特殊能力【敵意の誘導】


 ツヴァイの腕から出た鎖形状の魔力の光が、巨人達に絡みつきスッと消えた。

 サイクロプスはツヴァイを攻撃するように強制的に意識を誘導される。

 タウント、自らを盾として仲間の身を守る能力。

 まさしく騎士系の真骨頂というべき特殊能力だった。


 詠唱術式【保護の盾】


 それを読んでいた白魔導士ミレーの魔術が完成。

 耐久力を向上させる保護の魔術がツヴァイに掛かる。

 薄っすらと光る女騎士ツヴァイの体、これにより彼女は不沈の城塞と化した。

 獣のような声を上げながら、ガンガンと振り下ろされる巨人達の重い棍棒。

 盾で受け止め、剣で受け流す。

 しかし見た目のほどの余裕はない、ツヴァイの貴公子然とした顔に汗がにじむ。


 暴風のような攻撃にさらされるツヴァイの背後に、影のように潜んでいたのは女騎士フィーア。まるで散歩でもする気軽さで歩み出ると片側のサイクロプスに双剣を走らせる。わずか一瞬の意識の外を突く動き、巨人は彼女に気づいてもいなかった。


 足の健を狙っての斬撃、剣に伝わる硬い感触。

 一刀目ではサイクロプスの強靭な皮膚を切り裂くことは叶わなかった。

 攻撃を受けたサイクロプスがようやく気がつく。

 だが焦りはない、フィーアの白皙の美貌は微かに動いただけ。

 細めた目で間髪入れず、全く同じ箇所へと二刀目の斬撃を放つ。


 切断、血飛沫が舞う。


 正確無二な双剣による連撃は見事にサイクロプスの足の健を切り裂いた。

 片足を深く切られ絶叫しながら倒れ込む巨人。

 凄まじい刀剣術、しかしそれを成したフィーアは誇るでもなく、倒したサイクロプスには興味もないとばかりに奥で束縛されている巨人へと向かう。


 侮辱を感じたのか、地面に倒れたサイクロプスが怒りの叫びを上げ、起き上がろうとする。しかしそれは叶わない。

 女騎士ドライツェーンが音もなく忍び寄ると、倒れた巨人の背中にトンっと飛び乗り、鋼のような太い首筋に全体重を乗せた小剣を突き刺して延髄を切断したのだ。


 仲間を倒されたことに気付いたサイクロプスが雄たけびを上げる。

 ツヴァイを打ち付ける攻撃が激しさを増した。

 押される盾もつ女騎士。

 そのタイミングで、フランの次の魔術が完成。

 彼女の持っている反り返りのある片刃に紫電が宿る。

 フランは巨人の元へ走り出した。


 詠唱術式【雷の剣】


 女騎士ツヴァイは魔法剣士フランの動きに気がつく。

 隙を作るため、盾を振り上げサイクロプスの視界を奪うように殴りつけた。

 文字通り面食らう巨人だが致命傷には程遠い。

 棍棒を振り上げてツヴァイに反撃しようとする。

 だがそれよりも早く、女騎士の横から魔法剣士の剣が鋭く突き出された。


 フランの細剣はサイクロプスの強靭な胴体に、微かに突き刺さる。


 刀に纏わりついた紫電が爆発するように弾けた。

 サイクロプスの体を中心として不規則な光が生じ放電する。

 周囲を照らしながら蹂躙する雷、焼け焦げていく巨人の肉体。

 無数の虫が鳴き重ねるような不快な音が鳴り響き、そして唐突に止んだ。


 そこには、全身から煙を登らせて立ち尽くす巨人がいた。

 息を止め見ていたフランは、ようやく息を吐いた。


 明確な勝者と敗者。勝敗はついた……ように見えた。

 だが、サイクロプスはまだ生きていたのだ。


 閉じていた一つ目のがくわっと開くと、フランの細剣を太い指で鷲掴みにし強引に引っ張る。恐るべき生命力、恐るべき魔物だった。

 

 体勢を崩し前のめりになるフラン。その頭上に振り下ろされる致死の棍棒。

 疲労で動けず、恐怖に顔を引きつらせるハーフエルフ。

 刹那、女騎士ツヴァイが腕だけを伸ばし、ぎりぎり盾で受け止める。

 棍棒と盾がぶつかり、激しい音が鳴る。

 流石の女騎士でも、無理な姿勢からでは威力を受け止め切れず、片膝を地面についてしまう。それを勝機と黒焦げのサイクロプスは再び棍棒を振り上げた。


 そこまでだった。

 背後からドライツェーン。


 彼女はサイクロプスの巨体にスルスルとよじ登り、肩車でもしてもらうように太ももで首を挟むと、大きな一つ目に小剣を突き刺したのだ。

 眼球が割れ、どろりとした液体と血が噴水のように噴き出る。

 棍棒を落とし巨人は絶叫する。

 小剣を残したまま、猫のように地面に転がり降りるドライツェーン。


 顔を押さえ暴れるサイクロプスに、渾身の力で振ったツヴァイの盾が直撃した。

 彼女の攻撃は巨人の顔に刺さったままの小剣の柄に当たり、釘打ちのように深く頭部の奥まで押し込んだ。

 高い生命力を持つ巨人、しかし頭の内部を直接攻撃されたのではひとたまりもなかった。


 地面を揺らし、倒れる巨人

 安堵の息を吐く四人。


 剣戟の音が聞こえた。

 視線を向けると、女騎士フィーアがサイクロプスを一人で相手取っていた。

 魔術による拘束が解けるのを見越して引きつけていたのである。


 余力のあるミレーが丸盾を投げ捨て援護するために走り出した。


 小柄な体が低い姿勢で、風のように疾走する。

 巨人を視認する。最後に残ったサイクロプスは、フィーアの斬撃を何度も体で受け大量の血を流し動きが鈍っていた。


 ミレーはアレをやる覚悟を決めた。


 走るミレーの体が魔力の過剰供給によって光を放つ。

 メイスの柄を握り両拳で締め、弓の弦を引くように限界まで体に力をためる。

 ぎっぎっと鋼が鳴く。鳴かないはずのそれが鳴く。

 巨人の足元に小柄な体は滑るように潜りこんだ。

 吼える、ミレーは吼えた。

 忍び寄る死に、ようやく気づくサイクロプス。

 だが手遅れ、床を擦るスレスレで振るわれるメイス。

 その軌道はまさに死の鎌。

 光をまとい、鉄杭と化したメイス。

 ミレーが振るったそれは、突き刺さる。

 巨人に突き刺さる、狙いたがわず突き刺さった!!


 サイクロプスの一つ目が限界まで開き、眼球は零れんばかり。


 ミレーのメイスはサイクロプスの股間のアレをアレしていた。



 場の空気が一瞬で凍りつき静寂が支配する。

 サイクロプスは股間を押さえて口から泡を吹きだす。

 そして……前のめりに重い音を立ててゆっくりと崩れ落ちる。

 

 倒れる巨人を背にミレーは静かに床に膝をつくと、祈るように、感謝するように目を閉じてメイスを高々と天に掲げた。

 

 ――潰しのミレー!!


 ミレー以外の四人はその凄惨な光景に心の中で叫んだ。

 何故モーリィが、メイスの素振りするミレーを嫌そうに見ていたのか理解した。元男ならミレーさんと言いながら股間を押さえたくなる光景だろう。


 近くにいたフィーアがサイクロプスの首筋を速やかに切断し止めを刺す。

 幸薄そうな顔には、男に一定の知識と理解のある女としての哀れみがあった。


 三体のサイクロプスは泥のように溶けて無くなりダンジョンに吸収される。

 ダンジョンの魔力により生まれた者は、命無くなればダンジョンに帰るのだ。

 拳大の魔石が三つ残る、巨人を形成していた核だった。

 魔道具の作成にも使われる希少素材。

 この大きさであればかなりの高値がつくだろう。しかし彼女達にはサイクロプスに無事勝てた喜びこそあれど、魔石を得たことに対しての喜びはない。


 何故なら聖女モーリィがいないからだ。


「フーさん、直ぐにモーリィを探しましょう!」


 怪我をした者がいないことを確認したミレーはフランに声を掛ける。

 少し考えこんでいたフランはうなずき、床に落ちているモーリィの装備品を回収し全員で手分けして調べることにした。

  

 ツヴァイが戦闘の余波で遠くに転がったブーツや背嚢を回収していく。フィーアが通路に察知の術式札を貼り直す。ドライツェーンが周囲の警戒をしながら床と壁を注意深く調べる。


 フランは小部屋の扉付近を調べ、魔術を行使した痕跡が全くないことに気づく。

 そして漆黒の喪服ドレスを手に持つと迷うような表情を浮かべた。


 ミレーは床を這いつくばり目を凝らして調べていた。

 捜索をするために役に立つ技能を彼女は習得していない。

 しかし、モーリィが無事なのか不安で心配で、少しでも手かがりがつかめないかと必死で調べていた。


 そんな時にミレーは重大な物を発見してしまう。

 そして判断に迷っていた。


 発見して思わず拾ってしまった。


 ……モーリィの乳当て下着をどうしようかと。


 調べてみよう。まずは鼻に押しつけて、すーすー、はーはー。

 大変よろしい香り……いや匂いがして、大変たまらんかった。

 胸に当てて試してみる。

 ガポガポ、大きい、なんか色々と捗りそう、素敵。


 ……こ、これ、こっそり持ち帰っちゃだめかしら? 


「すいません。ちょっといいですかミレーさん」

「はっ! ち、違います。匂いなんて嗅いだりしてません!」

「……は、はい?」


 ミレーは咄嗟に乳当てを背後に隠した。

 挙動不審な彼女の態度に、フランは思わずきょとん。


 ミレーは誤魔化すように咳払い。


「な、なんですかフーさん?」

「ミレーさん。貴方達もですが、これから行うことは他言無用でお願いします。本当はモーリィさんへの保険で、出来れば使いたくはなかったのですが……」


 フランはエルフ特有の長い耳を垂れ下げていた。

 その様子、あまり人には知られたくないことらしい。

 こんな時である、全員がフランの言葉に同意した。


「わかりました。でも一体何をするつもりなの?」

「魔力では、魔術的手段ではモーリィさんの居場所は恐らく探れません。ですので封印を解き彼女に辿ってもらいます」


 彼女? 四人の疑問をよそに、フランは漆黒の喪服ドレスを持ったまま魔術の詠唱をゴニョゴニョと始める。

 ミレーは元より女騎士達さえもしらない魔術だった。

 フランは詠唱を終えると、最後に豪奢で清楚な漆黒のドレスに呼びかける。


「……影さん・・・お願いします」


 フランは漆黒の喪服ドレスを天井に向かってそっと投げた。

 ドレスは空中でぴたりと停止。

 途端にドレスの裾から影が滲むように周囲に溢れ出る。

 触手のような影が捻じれ絡み歪んで伸びた。

 蠕動するさまは、まるでミミズのようだった。


 しばらく怪しい動きを繰り返し、影はドレスの中に全て戻る。


 喪服ドレスは彼女達の方に振り向くと、腰を落とし両手を広げ人間のように挨拶。それは淑女の嗜みカーテシー。


 その光景に目を丸くするミレーと女騎士達。


 魔術的な魔導具であれば四人ともこれほど驚かなかっただろう、だが喪服ドレスからは魔力の反応が全くなかったのだ。


 フラフラと軟体動物のように空中で揺れるドレスを指さしミレーは質問した。


「フ、フーさん、こ、これ一体何なの!?」

「彼女の名前は影さん……そして、フフ」

 

 フランは答え、どこか誇らしげな口調で続ける。

 言いたくても言えなかった自慢を人にする、子供のように無邪気な笑顔だった。


「人魔大戦時に私の従姉・・、影操りの魔王が纏っていた婚礼衣装です」


 影さんこと漆黒の婚礼衣装は照れたように、口元を隠す・・・・・上品な仕草をしたのだった。

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