砦のダンジョン その1

 モーリィ達の見ている前で治療部屋の裏池の水が抜かれていく。この池は元々、貯水用の人工のものなので比較的簡単に排水が可能らしい。

 第三騎士隊所属の黒魔導士のジェームズと、第五騎士隊隊長のフランの二人がゴニョゴニョと魔術を使い、池の端にある排水溝に水を操って流しこんでいる。


 水が全て抜かれて池のほぼ中央に姿を現したのは、大小様々な岩石を組み合わせて作られたとみえる地下ダンジョンの入り口。

 しかし入ることは出来なかった。透明な結界が入り口を囲うように張られており、地下ダンジョンへの侵入を頑なに拒んでいたのだ。


 地下ダンジョンの入り口を発見したのは騎士達であった。


 ジェームズがルドルフに裏池に沈められて溺れかけ、ライトに引きずられて水揚げされる際に池の中に異様な魔力を探知。後日、暇な騎士達が池の魚を素手取りするついでに素潜りをして調べてみたところ発見したらしい。

 話はすぐに騎士団長の元まで届き、急きょ池の水が全て抜かれて調査が行われることになった。


「アル君。これはかなり不味い状況になっていますね。入り口から大型ダンジョン並みの魔力が流れてきていますよ」


 水を抜かれ小石と泥土の溜まる池の中で、困り顔で騎士団長に報告しているのは騎士服を着た女性。フランシス……フランであった。

 雑多な種族の集まる砦街でも非常に珍しいエルフ。正確にはハーフエルフで、街の治安維持を専門で受け持つ第五騎士隊の隊長である。


 砦街とは砦と街の二面構造になっており、高い壁で囲まれた砦と、同じく壁で囲まれた街部分が隣り合わせで同じ土地に立っている。元々は首都として使われていた頃の名残だが、現在は闇の森からの魔獣防衛拠点として有効活用されていた。


 普段は街部分にある第五騎士隊の本部にいる彼女だが、高い魔術能力に豊富な知識を持っているため砦まで来てもらい調査に協力してもらっていたのだ。


 エルフ特有の透き通るような美貌と金色の髪、そして特徴的な長い耳。


 ハーフ故なのかエルフとしては珍しく豊かな胸を持ち、おっとりとした優しい口調と、のんびりとした性格も相まって砦街での評判も高く、砦の騎士達の胸部装甲たわわ愛好家の中では聖女モーリィと人気を二分する女性である。


 年齢は不明だが、この場所が砦街の名称に変わった頃から住んでいたという噂もあり、それを確かめようとした者も『女性にそんなこと聞いては、メッですよ』とはぐらかされて結局は聞けなかったらしい。


 騎士団長を新米騎士時代から知っており、彼のアルフレッドという名前を愛称で呼んでいるのは、この砦街広しとはいえ彼女くらいのものだろう。

 別に名前で呼ぶのが恐れ多いとかそういう理由ではなく、みんな団長呼びで彼の本名を知らなく、聞いていても覚えてない脳筋ばかのほうが多いからだ。


 騎士団長も、そんな頭のいい彼女には一目置いており敬意を払っていた。


「ふーむ、他に分かったことはありますかフラン?」

「うーん、今のところはこれといって、先程も言った入り口の結界が予想より遥かに強固で、通常の方法ではダンジョンに入れないということだけですね」

「なんとか……結界の解除はできませんかね?」

「ジェームズ君とも色々試してみたのだけど、正直いって私達だけでは手詰まり……ねえアル君。王都に至急応援を、王宮魔導士を呼んだほうがいいかもしれませんよ」


 フランのその言葉に、騎士団長は頷くと顎に手を当てた。


 もちろん発見の報はすでに王都に伝書鳥を送っていた。しかし虎の子の王宮魔導士を動かすには、ある程度は調べて情報を集める必要がある。

 聖女の検査の時ですら王宮魔導士に来てもらうのに一月以上かかったのだ。


 それに彼ら魔導士は基本的に個人主義でそれぞれ研究を抱えており、その中でもダンジョン対策のための人員は僅からしい。

 流石に【魔女】などのダンジョンのみならず周囲も破壊する王国最終兵器に来てもらうのは遠慮願いたいところだ。

 

 本来であれば新しいダンジョンの発見は、そこから得られる特殊レア資源などを考えると嬉しい話だ。砦内という管理しやすい場所であることも素晴らしく好条件だが、ダンジョンの中に入ることが出来ないのなら話は別である。


 ダンジョンは時間が経てば経つほど内部に満ちる魔力が濃密となり、それによって生み出される魔法生物、俗に言う魔物が強力になっていくのだ。

 故に新しく形成されたダンジョンは早期に発見し、国規模の組織で管理するのが好ましいとされている。管理とは維持もしくはダンジョンの心臓部に当たるダンジョンコアを破壊する封印のことであった。


 ダンジョン中に入れるのなら一山いくらでも砦でゴロゴロとしている騎士達を投入して、人海戦術で魔物を間引けば済むだけの話だ。しかし結界で侵入出来ないのならば手の打ちようがない。


 フランの言う通り大型ダンジョン並みというなら、闇の森の魔獣と匹敵するような魔物が中にいてもおかしくはない。そのようなものが魔力の過剰供給で増殖し、ダンジョンの外にでも這い出して来たら手に負えない始末になるだろう。

 

 騎士団長はフランの話を聞きながら地下ダンジョンの入り口を眺めた。


 入り口付近にはエリート脳筋と悪名高い第三騎士隊の面々や、治療部屋の聖女モーリィ達がいる。結界を調べている黒魔導士ジェームズと何やら話しているようだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 地下ダンジョンの入り口で屈み込み、ゴニョゴニョと探査魔術の詠唱をしているジェームズに、トーマスとミレーが興味深げに近寄りチョッカイをかけていた。


「こ、こら止めたまえ君たち! 今、僕は重要な調査をしている最中だから!」

「へいへい、いいじゃねえか、冷たいこと言うなよジェームズ。ダンジョン探索といったら男のロマンだろ? ちょっと見せてみろよ、どっかに隠し扉あるかもだぜ?」

「なに言ってるのよトーマスさん。こういうのは元冒険者の、このミレーさんに任せなさいっ! ジェームズさん少しどいてみて、私が調べてみるわっ!」

「あ、ちょっと、ま、待ちたまえ君達、その術式に触れてはっ!!」


 調査をするジェームズにトーマスが馬鹿なことを言って近づき、ミレーが冒険者風を吹かせて詰め寄って、二人して展開中の術式に接触してしまう。

 眺めていたモーリィ達の目の前で、調査用の術式が解放され魔法陣が空中に転写された。


 わあーっ! と悲鳴を上げるジェームズ。

 うわぁっ! と素早く逃げるトーマスとミレー。

 ジーという不快な音と共に魔方陣が点滅し、形状が危険な崩壊をしていく。


 ――――!!


 逸早く気づいた騎士ルドルフが隣にいた聖女モーリィに覆い被さった。

 自分の身を盾にして彼女を地面に押しつけたのだ。

 周りにいた騎士達もそれぞれ頭を手で庇いながら、ルドルフと同じように一斉に地面に身を伏せる。


 一糸乱れぬその行動には一秒もかかっていない。


 安全な筈の砦内でも、何故か危険な目に合うことの多い砦の騎士さる達は実によく訓練ちょうきょうされていた。


 そんな彼らをモーリィの傍にいた数人の女騎士ちょうきょうし達は腕を組んで呆れ顔で見ていた。対人戦闘の玄人である彼女達は、対人のために魔術知識も習得しており、危険がないことは一目見て分かったからだ。


 魔法陣はそれ以上なにも起こさず、スゥーと空気に溶けるように消滅。


 騎士達は見上げ、息を吐き、頭を振りながら地面から起き上がる。上着とズボンに湿った泥が疎らについていた。

 ルドルフも安全が確認できると安心して体を起こし地面を見て驚愕した。

 何故なら自分の下にいるモーリィが、泥土の中に全身をすっぽりと潜り込ませていたからだ。丁度泥の深く溜まっている場所に嵌まり込んだらしい。


「おぉ……モ、モーリィ大丈夫か!?」

「と、取りあえず……どいてくれますか……ルドルフさん?」


 泥の中からブクブクとくぐもった声が聞こえる。

 ルドルフは慌てて体を起こし、泥土に手を突っ込っこむとモーリィの細い腰を抱きかかえて泥の中から引きずり出した。


 そこには全身に泥をまとった泥人間……いや泥色の聖女がいた。


 モーリィはルドルフに持ち上げられたまま横を向くと、口の中に入った泥水をピューと吐き出す。

 

 モーリィのあまりの有様に顔を真っ青にしてペコペコと謝罪するルドルフ、実に珍しい絵面である。それを「大丈夫ですよ」と顔と髪にべっとりついた泥を拭いつつ、笑いながら許す泥色の聖女モーリィ。本当にルドルフに対して怒りを持っていないようだ。


 横で見ていたライトは心配しつつも、モーリィの心の広さに改めて尊敬の念を抱き、同時に危なかったと思った。ルドルフがモーリィを庇わなければ押し倒し彼女の盾となっていただろう。モーリィは許してくれると思うが周りの騎士達に何を言われるか分かったものではない。新米騎士ライトは色々と辛いのだ。


 モーリィは顔の泥を粗方取り終えたところで、ダンジョンの入り口にいる三人を見る、そして無言で彼らの元に歩いていった。

 聖女モーリィの顔に表情はなかった、モーリィの背後にさり気無く回った女騎士達が彼女の行動を妨げないよう、甲斐甲斐しく体についた泥を取っている。


 今まで見たことのない、モーリィの女王様な威圧感に三人は怯えた。


 その中からジェームズが慌てて前に飛び出てくると、泥水の上をツツーと滑りながら膝をつき指を組んだ。そしてモーリィに謝罪と弁解。

 何だか彼の動きは一々と大仰で無駄に格好良かった。これが高貴な貴族の嗜みというものだろうか?


「モ、モーリィ嬢すまない、でも、これはワザとではなく不慮な事故であって……」

「ええ、分かっていますジェームズさん。貴方は何も悪くはありません。むしろあの二人・・・・に巻き込まれた側ですよ、だから気にしないでくださいね」

「あ、ああっ! ……君という人は、そんなに酷い仕打ちを受けたのに、なんて慈悲深いのだ。本当にすまなかった。あらためて謝罪をするよモーリィ嬢」


 泥まみれのまま微笑むモーリィに許されたジェームズは安堵し、跪いたまま祈るように再び謝罪をした。女騎士達もウンウンと頷いている。

 モーリィは残りの二人を見た。こっそり逃げようとしていたトーマスと、どうやって言い訳しようかと考えていたミレーはビクッと固まった。


「あ、あのね、こ、これはねモーリィ……」

「モーリィ、あれだ、これはいわゆる……」

「どちらですか?」


 弁解をしようとしていた二人の言葉を遮るように、モーリィは静かな声で質問。

 胸の前で両手の平を合せニコニコとし、一見怒ってないように見えるのが地味に怖かった。質問の意味が理解できず、引きつった顔のトーマスとミレーに泥色の聖女は楚々と微笑みながら再び質問。


「どちらが、誰が、悪いのですか、この場合は?」

「………………」「………………」


 トーマスとミレーはお互いの顔を同時に見た。

 そして間髪入れず、同時に、お互いの顔を指差す。


「こいつ(この人)が悪いっ!!」


 何とも言えない空気だ。


 互いに罪をなすり付けようとする醜い人間達がいた。

 ギャアギャアと言い争いを始めた騒がしい二人に、温厚な聖女モーリィも握り拳を作るとプルプルと震え出し本気で怒ってしまった。


「も、もう、あ、あ、あなた達はっ!」


 子供のように顔を真っ赤にするとモーリィは腕を振り上げて二人に詰め寄った。

 ハッキリいってこの聖女、本気で怒っても言動も動きも表情もあまり怖くはない、争い慣れしてないというか怒り慣れてないことが丸分かりである。

 むしろ美人顔で無表情にじっと見つめられる方が怖いくらいだ。


 周りで恐々見ていた者達も、ほっとして何だか和んでしまった。


 そして、聖女を間近で見ていたトーマスとミレーは互いに目配。

 確かに二人は見た、モーリィが腕を振り上げて走りだした瞬間、彼女の泥に濡れた胸部装甲が、たゆんたゆんと大きく揺れ動くのを。


 とても素晴らしかった。正直たまらんかった。


 二人は思考する、もっとモーリィのたわわなたゆんを見てみたい、あの豊かな胸をたゆんたゆんさせたい、どうしたらいいかしら?

 結論が出るのは一瞬。

 それは聖女から逃げ出し、追いかけ走らせ存分にたゆんさせることであった。後で余計怒られることになるが、そんなことはどうでもいい、それこそ後回しだっ!


 トーマスは元より最近のミレーも後先を考えない砦思考にかなり染まっていた。


 モーリィが二人を捕まえようとする前に、トーマスとミレーは別々の方向に逃げ出す。水を抜かれ泥の溜まる池の中で、どうしようもない三人の、どうしようもない非生産な追いかけっこが始まった。


 ◇◇◇◇◇◇


「ふふ、あの子達は相変わらず元気がいいですね」

「いやはや、大変お恥ずかしい限りですよ」


 追いかけっこを始めた聖女モーリィ達を遠巻きに見ていたフランと騎士団長。

 ポーカーフェイスの騎士団長にフランは笑いながら問い掛ける。


「もう、そんな天邪鬼なことを言って、アル君もあの子達のことは結構気に入っているのでしょう?」

「……まあ、当たらずとも遠からずですかね」


 モーリィ達の追いかけっこを再び眺める二人。



 モーリィは胸部装甲の分厚い重量級、中々二人に追いつくことが出来ない。

 対してミレーの軽快な動きは流石は軽量級、とはいえ後ろ走りでモーリィより足が速いのは、彼女が凄いのか聖女が鈍足なのか少々判断に困るところ。


 おっ、トーマスがダンジョン入り口の結界を背にして追い詰められた。


 顔を真っ赤にして必死の表情で手を前に伸ばすモーリィ。

 上手く捕まえられそうか……ああ、残念、後一歩のところでトーマスが体を反転して見事に回避。


 しかし、これは彼の狙い通りか?


 恐らくモーリィを透明な結界の壁にぶつけ、押しつぶされた胸を反対側から観察する気なのだろう。しかもモーリィが結界にぶつかっても怪我をしないように、彼女が自然に減速するギリギリまで回避しなかったのは流石だ。トーマスどこまでも抜け目がない男。


 そしてトーマスの罠にかかった聖女は……聖女モーリィの姿が消えた!?



 騎士団長はしばらくの間、心の中でのんきに解説しながら見ていた。しかしそれも聖女の姿が一瞬で消えたのを目撃するまで。


 騎士団長とフランは同時に顔を見合わせ、慌ててダンジョンの入り口まで駆け出していった。周りのいた者達も異変に気がついて入り口に集まっている。彼は声を出して退いてもらうと入口の結界を確認した。


 結界はやはり健在で中には入ることは出来なかった。

 そこから見える地下ダンジョンの中には、階段下の床に座り込み「あいたた」とお尻をさするモーリィの姿があった。


 騎士団長とフランは思わず、ため息を漏らす。


 結界の壁をすり抜けた聖女モーリィ。

 砦のダンジョン探索が一つ進展をみせたのである。

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