モーリィとお風呂の日(裏)その2
林を抜ける手前で、突然トーマスが止まるように二人に指示した。
彼は目を凝らして辺りの様子を観察すると、やがてジェームズに声をかける。
「ジェームズ、ここら周辺の魔術反応はどうだ?」
「ん? 探知魔術には特に不穏なものは感じないけど、何かあるのかい?」
「……すまんが、今よりも深く探れるか?」
「ふふ、その程度お安い御用さ、任せたまえ騎士トーマス」
ジェームズは魔術の力を増幅する短杖を取りだし、ゴニョゴニョと詠唱して魔術を展開した。
「これは……上手く隠蔽されているけど小さな魔力反応がある。この感じだと術式札かな……うーん、難儀だね、広範囲に設置されてて近寄ると爆発するやつだ」
「チッ、やっぱりかよ! こいつは誘い込まれたな……」
「……トーマス先輩、よく分かりましたね? この罠は普通、気づきませんよ?」
「ん、ああ……ちょっと訳アリだ」
術式札は刻まれた術式に応じた魔術しか使うことができない。
また発動する魔術の威力も魔導士が使う魔術に比べたら弱いもので、所詮は魔術を使用できない一般人が魔術を扱えるようにするための模造品に過ぎない。
しかし本物の魔術より優れていることが一点だけある。
それは札であるゆえに、罠として利用できるということだ。
札に込められた魔力が消えればただの紙になるのだが、それでも時間差で魔術を発動できるのは大きな利点である。
特にこのような状況下では有効な使い方といえよう。
直ぐ近くで発見した札を一枚見て、トーマスは苦い顔をする。
「この術式札……罠の仕掛け方……やっぱりあいつか……」
「心当たりがあるのかい、騎士トーマス?」
「まあ、な……しかしこれは参った。遠回りする時間も解除してる余裕もねえ、そしてなによりもだ……」
トーマスは大げさに肩を落とすと深いため息をついた。
「罠を仕掛けた本人がもう来ちゃってるわけで……なあ、そうだよな、フィーア?」
トーマスが声をかけた先には、いつの間にか一人の女騎士が佇んでいた。
ライトは彼女を見た瞬間に全身が総毛立つものを感じた。
彼女がいることに気づかなかったからではない。
目の前にいるのに彼女からは気配というものを全く感じられなかったからだ。
薄っすらと立つその姿は朧げで、まるで幽鬼のようであった。
彼女はライトが砦の中で一度も見たことのない女騎士だった。
長い黒髪に伏し目がちな黒い瞳。
白を通り越して青白い肌に、女性的で美しいが幸の薄そうな顔立ちと細い体。
先ほどから違和感を覚えていたのだが原因は分かった。
彼女の容姿は
フィーアと呼ばれた女騎士は表情一つ変えず、トーマスに視線をちらりと向けると両腰に下げた二本の細身の剣を鞘から同時に抜刀する。
シャンという鈴のような澄んだ音が響く。
瞬間、彼女から背筋が凍るような殺意が放たれる。
ライトとジェームズの二人は、その動作だけで彼女が並みではないと理解できてしまった。
朧げな女騎士と対峙する三人の額からじんわりと汗がにじんだ。
「仕方ねぇライト、お前は先にいけ……」
「トーマス先輩?」
「俺はこいつとはちょっとした因縁があってな……それに分かるだろう? こいつは三人がかりでもどうにかなる相手じゃない。俺とジェームズが残って引きつける、その間にお前は任務を達成しろ……それで俺たちの勝利だ!!」
「まあ……それが妥当だね。僕の体力じゃ、ここから先は抜けられそうにないし」
ジェームズは肩を竦めると、短杖を片手でもち直して印を切り、ライトに攻撃魔術から身を守る防護魔術を何重にもかけた。
「そんな……ジェームズ!? トーマス先輩!?」
「いって来いよライト、後で報告しろよ?」
「幸運を祈ってるよ、騎士ライト!」
トーマスとジェームズ、二人の漢は不敵な顔で笑っていた。
覚悟を決めた者だけが見せることのできる顔。
その眼差しからは痛いほどの熱い思いが伝わってくる。
彼らだって本当は先に進みたいだろう……叶えたい望みがあるのだから……だがそれでも自分に期待して道を譲ってくれたのだ!!
ライトの体の奥底から叫びだしたいほどの熱量が湧きあがってくる。
「すいません! 自分は先にいきます!!」
前のめりで走りだすライト。
設置されていた術式札が次々と発動しライトに襲い掛かる。
顔を腕でおおって強引に突破。
火傷しそうな熱さはある、だが荒れ狂う炎を防護の魔術が軽減して防いでくれた。
ライトを行かせまいと、幽鬼の女騎士が影のような走りで進行方向に回りこもうとした。
しかしそれを、逆手で短剣を抜いたトーマスが切りかかり更に邪魔をする。
二人の間で刃が重なり火花が散った。
何合かの激しい打ち合い。
女騎士の剣筋からは迷いが見られるようだ。
トーマスはそれを見逃さず、数枚の術式札を片手で器用に取りだして魔力を込めた。
「付き合いが悪いな
『……
ライトは女騎士の静かな声を聞いた。
苛立ったような困ったような……でも仕方ないなぁといったような、そんな響きを伴った声を確かに聞いた。
彼女の様子に、何故か田舎の頑固な父のやることを、苦笑しながらもハイハイと頷き従う母の姿を思いだした。
剣戟と複数の爆発の音が同時に鳴った。
後ろは振り向かない。
ライトはがむしゃらに前だけを見て進んだ。
断続的に響く複数の爆発音は、しばらく経つと聞こえなくなった。
◇
気がついたら林の中を、術式札の罠地帯を抜けていた。
建物が見えた。
遮蔽物のまったくない敷地を匍匐前進で進んだ。
――俺は芋虫芋虫芋虫芋虫芋虫芋虫……………………。
ライトは自己暗示をかけ、芋虫のように大地と一体化して移動した。
それは田舎の老人方に、ライトも知らぬ間に叩き込まれた擬態術の一つであった。
老人方は彼をいったい何者にしたかったのだろうか?
そうしてライトは、女騎士の警戒網を潜り抜けて、気がつけば共同風呂の外壁まで辿りついていた。
行動の全てが無意識で、ライト自身もどうやってここまできたのかは朧げで覚えていない。
――やった! 辿りついた! 俺はここまでくることができたんだ!!
ライトは達成感に拳を握りしめて、心の中で勝利の雄叫びをあげた。
彼は一人喜びを噛み締め、その場で満天の夜空を仰いだ。
煌めく星々の輝きは、彼が成した偉業を褒め称えてくれているようであった。
しかしその歓喜も、共同風呂から外に響く、女性たちの楽しそうな声を聞いた途端、冷水でもかけられたかのように急速に醒めていった。
幽霊のような女騎士の登場。
命の危機を感じさせる緊迫した状況。
そして男二人の無責任で無意味なノリに乗せられた。
乗せられてしまったのだ。
自分は、今、何をしようとしていたのか?
騎士として、男として最低な
ライトは今の己をひどく恥じた。
――特別宿舎の入り口まで行き、そして女騎士に謝罪して罪を償おう。
ライトはその場を立ち去ろうとした。
しかし正面の窓が突然開いた。
咄嗟に地面に伏せたライトの頭上では、月明かりに照らされた
彼女は窓の下枠に手を付くと、無警戒に上半身を乗りだして外の風景を眺めだしたのだ。
月光に輝く白銀色の髪がさらさらと風に流れる。
真っ白な初雪のような汚れ一つない肌は薄く桃色に染まっていた。
彼女の華奢な体が左右に動くたびに、腕の間に挟まれた柔らかそうな大きな二つの球体が、素敵に柔軟に自由にわがままに縦横無尽に形を変えていく。
ライトの知能が
――あああ……たわわがゆさゆさとたわわするにたわわをたわわでたわわった。
ライトは思わず拝んでしまった。
自分が一瞬何を見ているのか理解できなかった。
湯あがりなのだろうか、普段は清楚で神々しい聖女モーリィが恐ろしいくらいに魅惑的で官能的に見えた。
下から見る彼女の豊かなたわわに目が吸い寄せられ、だめだと分かっているのに目が離せない。
それを見ているだけで幸せな気分になる。
――この暖かい気持ちが母性を感じるということなのだろうか?
だが同時にライトの中で原始的な荒々しい獣性も目覚めようとしていた。
触ってみたい……指で掴めば確かな弾力と柔らかさを返してくれるだろう。
とても大きくて素晴らしく美しい乳房を、そしてその先端に見える桜色の……。
ライトは地面に伏せたままの自身の下腹部に熱がこもっていくのを感じた。
――ふざけるな! 彼女を、聖女モーリィを穢すつもりか騎士ライト!!
歯を食いしばり強い意志でそれに堪える。
下腹部に集まった熱は急激に頭へとあがり、限界を超えたライトの鼻孔からは激しく血が噴きだした。
あり得ない量の血が滝のように流れでて、大地に小さく溜まっていく。
常人ならばすぐにでも治療が必要なほどの危険な出血のしかただった。
しかし、それは騎士道……!!
ライトは自傷を……自ら血を流すことで正気を取り戻したのだ。
濃厚な血の臭いに気がついたのか、聖女はクンクンとあたりを嗅ぎだした。
その仕草のたびに上下にゆさゆさと大きく揺れて、すぐ後に微振動するたわわ。
ライトは沸騰しそうな頭でその責め苦に必死に耐えた。
彼の限界はとっくに超えている。
今のライトは、まぎれもなく男の中の男……いや、真の
やがて聖女は納得したのか正面を……ライトがいる場所に顔を向ける。
その光景は崇敬に跪く騎士と、彼に祝福を与える聖女の絵画のようだ。
最後に聖女のたわわがたゆんと大きくたわわって窓の下に消えた。
男として激しい試練に耐え抜き、誰にも知られることなく孤独な戦いに勝利した騎士ライトは、満足そうな笑顔を浮かべると完全に意識を失った。
状況を言えば、モーリィのおっぱいをいっぱい見てしまったライトが、興奮して鼻血を噴出して気絶してしまっただけなのだが……。
――――――
ライトは重いまぶた開けて目を覚ました。
血をだいぶ失ったようだ。
貧血状態だが気分は悪くない、むしろすっきりとしている。
ライトは地面に座り込んでいて誰かに背中を支えられていた。
ぼんやりと顔をあげると薄闇の中、三人の女騎士が腕組みをしライトを取り囲むように立っている。
後ろで支えているのも恐らくは女騎士だろう。
体中が血塗れだった。
彼は腰のポーチから止血用の手拭を震える指で取りだし、鼻の下を拭いて手を拭いた。
目眩でふらつきながらもヨロヨロと立ちあがると、正面の女騎士に自分の両手首を重ねた状態で差しだし、ぺこりと深いお辞儀をした。
「あの……色々と、ご迷惑おかけしました」
女騎士は
◇◇
ライトは手首を縛られ腰に縄を括りつけられて連行された。
女騎士に連れてこられたのは特別宿舎の玄関がやや遠くに見える場所。
騎士たちは塀を背にし一カ所に集められ座らされている。
ライトと同じように両手首と腰を縛られていた。
どうやら全員が拘束済みだったらしい。
トーマスとジェームズの顔も見える。
二人とも顔が煤けてボロボロになっているが元気そうだ。
「よう、ライト上手くいったか?」
「当然、任務達成だよねライト君?」
胡坐をかいて座っていたトーマスが悪ガキのような顔で笑いながら、ライトのほうに手首を縛られたままの拳を突きだしてきた。
その隣に片膝を立てて座っていたジェームズも気障に微笑むと、同じように両拳をだしてくる。
ライトは男臭い笑みを浮かべて拳を握り、トーマスとジェームズの二人と拳を合わせた。
戦友同士の報告はそれだけで十分だった。
この後、
門のそばに誰かの後姿が見えた。
二人……女騎士とそれよりも頭半分ほど背の低い白銀色の長い髪は聖女だった。
先頭のルドルフが縄を持ち騎士たちをドナドナしたまま彼女たちに敬礼した。
二人は不思議そうな顔で敬礼を返す。
そして騎士たちは全員が縛られたまま聖女に敬礼をしていく。
何故か、トーマス含め全員が得意げであった。
聖女の前まで来たライト。
彼女は何があったか聞いていないのか、小さく敬礼をしたまま顔をキョトンとさせている。
その表情でさえ、可憐だとライトは思った。
いつもとは違い、聖女は髪を後ろでしばってない。
月明かりに照らされ淡く輝く白銀髪が、普段とは違う美しさを彼女に持たせていた。
――ああ、そうだ……本当に彼女は美しく可憐だ。
今までもライトが彼女に対して好意を抱いていたのは確かだ。
しかし彼女を天上の女神のように崇拝して、果たして一人の人間として、一人の女性として見ていたかと考えると、そうではなかったのかもしれない。
だからこそライトは誇らしいのだ。
彼女を汚すことなく己に打ち勝てたのが、彼女を一人の女性として好きであることを実感できたのが。
ライトは笑顔を浮かべると、モーリィに敬礼をした。
もっともしばらくして、自分がした行為がただの覗きだということに気がつき、酷い自己嫌悪に苛まれるのだが後の祭りである。
こうしてモーリィたちに見送られ、面倒見のいい優しい
綺麗な月明かりの下、全員が両手両足をきつく縛られて腰に重りをつけさせられ、一人ずつ順番に暗い水の中に投げ落されていく。
深い水の底に沈んでいく騎士たち
まるで御伽話のようにひどく幻想的な光景であったとか?
縛られたまま水底を匍匐前進するのは結構何とかなるものだったと、ライトは後に語っている。
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