魔王ちゃん その2

 モーリィは執務室から女騎士と一緒に外に出ると、魔王ちゃんを胸に抱いたまま治療部屋へ戻るための外通路をトボトボ歩いていた。


 朝感じた新鮮な気持ちはすっかりと霧散。


 騎士団長どくぶつと話したからだ。

 気をつけていないと、ため息がこぼれ落ちそう。


 モーリィの耳が砦入口の喧騒を捉える。砦は一般の者でも入ることのできる場所と、騎士団の関係者以外は立ち入り禁止の場所に分かれる。

 行政施設のあるこの場所は前者であるが、砦と街を隔てる巨大な正門が近くにあり、食料や資材を搬入する商人などで賑わいを見せ中々に騒がしかった。

 

 魔王ちゃんを抱っこしたままのモーリィだが疲労は全く感じていない。


 5~6歳児と思われる幼女の体重が平均より軽いということもあるが、モーリィの体内魔力が筋力に変換されているので体にそれほどの負担は掛かっていないのだ。それに聖女になってから魔力自体が上がっているせいか以前より腕力も増している。


 そこでモーリィは考える、男の頃の自分は完全に聖女の下位互換ではないだろうかと……現在彼女は負の連鎖思考に陥っていた。


 沈み込むモーリィ。そんな彼女の落ち込みを察したのか、横を歩いていた女騎士が背中を優しく撫で叩きおんな前に微笑んだ。


 聖女は女騎士から顔をそらす。その雪のように白い頬が薄く染まっていた。


 ――だめです。落ち込んでいる時に、そのような優しい行動と素敵な笑顔は、お止めになってください、私が女だったら完全に堕ちてしまいますからっ!?


 聖女の顔は乙女メスのものだった。

 今のモーリィは本調子ではないというか色々とダメな人である。


 そのように石畳の道を歩いて、関係者以外立ち入り禁止の場所まで戻ると正面の外通路に見知った青年。彼も気がつき手を振りモーリィ達の元まで走って来た。


 彼は治療部屋で以前看病したライト・ウォーカーという騎士ひと


 ダークブラウンの髪と目に、素朴だが知性を持った顔立ちの青年である。

 しかし、その知的な顔とは裏腹に筋肉質で頑強そうな肉体は、流石はエリート脳筋と名高い第三騎士隊に所属する騎士であった。


 二人の前で止まり律儀に姿勢を正すと綺麗な敬礼をする。


「モーリィさん、――さん、御無沙汰しております。その節は大変お世話になりました!」

「はい、お久しぶりですライトさん。その後、お体の方に問題はないですか?」

「はっ、おかげさまで全く問題ありません!」


 折り目正しい青年、相変わらず真面目そうな人だとモーリィは感じた。家族と呼べる間柄の騎士ルドルフとはまた違った方向での真面目さ。


 モーリィにとって、その真面目さは決して不快ではなかった。


 女騎士は腕を組んでウンウン頷いていた。

 

「こんな所で会うなんて奇遇ですね?」

「あ、いえ、自分は、モーリィさんを探していたのです」

「はい、私に用事ですか?」

「ええ、そうです。実は、お聞きしたい事がありまして」


 ライトはチラチラとモーリィの胸元に抱かれた魔王ちゃんを見ていた。


 ――聞きたい事? 難しい顔をしているけど何だろう?


 モーリィはそう思いながら抱っこしている幼女の体を、あやすように揺さぶりぽんぽんと撫でる。


 明らかに無意識の手慣れたその仕草を見たライトは、何故か絶望的な表情に。


「その……モーリィさんに、か、隠し子がいたと、噂になっていますが、ほ、本当の事なのでしょうか?」

「……私に隠し子っ!?」

「は、はい、自分は先ほど、ある人から聞き知ったのですが」

「いくらなんでも、それは……」

「勿論自分は信じておりませんが例え事実だとしてもそれによってモーリィさんの価値が減るなどという事は全くなく寧ろその母性溢れる姿に感銘すら覚えているところでありまして田舎者故に上手い言葉が思いつきませんが高名な芸術家が描き上げた一枚の崇高な絵画を見ているような尊い気持ちになりそれを思い出す度にいつも感謝が絶えませ――」

「ちょ、ちょっと、ライトさん。お、落ち着いて!?」


 ライトの凄まじい勢いにモーリィはたじたじになる。頭のいい人ってこんなに息継ぎなしに言葉を喋れるのね。と意味の分からない方向での感心をしてしまう。


 女騎士はライトを腕組みしたまま無言で眺め、彼の頬をガッと殴った。


『おちつけ馬鹿者』


 ええ、喋った!? モーリィと殴られたライトは二人して女騎士を見つめた。

 だがそのような二人に構うことなく女騎士は再び腕を組み直す。

 あれ今の声は幻聴だったの? 驚く二人、女騎士はモーリィに続きをうながした。


「あ、ええっと……この子は騎士団長の命令で子守を頼まれているだけで、私の子供ではありませんよ」

「あ、そ、そうだったのでありますか! 大変失礼いたしました! 噂に踊らされるなどと、お恥ずかしい限りです」


 モーリィは魔王ちゃんをソッと抱いたまま、ライトに微笑みを見せた。


「いいえ、ライトさんの疑惑が晴れてよかったです」

「あ、いや、その、ええ。そ、それでは失礼しますっ!」


 モーリィの慈母のような表情を見たライトは赤面。

 しどろもどろになると来た時と同じように綺麗な敬礼をして走り去っていった。

 最も来た時とは違い、やたら嬉しそうで踊り出しそうな勢いだったが。


 モーリィと女騎士は、二人してライトの背中を見送った。


 騎士団長との対話で精神を消耗したモーリィにとって、ライトのような真っ直ぐで不器用な人は嫌いになれないし逆に好感を覚える、まさに最近の癒し。


「ライトさんは本当に一生懸命な人だな」


 モーリィは感心したように呟く。自分もがんばらなくてはと元気をもらった。

 ふと視線を感じで振り返ると、腕を組んだままの女騎士が何かを言いたげな顔をしていた。心当たりの全くないモーリィは少し怯んでしまう。


「あ、あの……何ですか?」


 しばらく見つめ合った後、女騎士は苦笑したようにため息をつきモーリィの頭をポンポン。


 ――何だろう、このダメな子を見るような行動は……?


 そんな騒がしくしていたら、魔王ちゃんが目を擦りながら起きだした。

 ふわぁと小さい口を開けて幼女は欠伸。

 のんきな様子に、聖女と女騎士は思わず顔を見合わせてしまう。


 治療部屋に戻って魔王ちゃんに砦に来る詳しい理由を聞こうと、二人は砦の通路を再び歩きだした。



 ちなみに、聖女の隠し子の噂の出元と思われるトーマスという何某は、鬼いちゃんと化した兄馬鹿ルドルフに、今度は鎖で縛られて治療部屋の裏の池に沈められたらしいのだが、モーリィには知る由もないことである。



 

 ミレーの待つ治療部屋に戻り、目を覚ました魔王ちゃんの相手をしていたのだが、赤毛の幼女は口数も少なくモーリィから片時も離れようとしない。


 ミレーは魔王ちゃんに話しかけ何度も構おうとするのだが、そのたびに幼女は怖がりモーリィの胸に顔を押しつけて、ますます動かなくなる。

 その様子にミレーは少し悔しそう、おそらく猫に構いすぎて嫌われるタイプ。


 治療部屋には患者用の病人食を作るために調理台が置かれている。


 ミレーが手で摘める簡単な料理を作りお昼は四人で食べた。

 幼女はモーリィに抱きついたままモグモグ、手持ちの薬草クッキーなども与えてみれば普通にモグモグ。一生懸命食べるさまは小動物じみて心が少しだけ癒された。


 ミレーのおとこ料理や苦いクッキーさえも綺麗に平らげるところを見ると好き嫌いはなさそうだ。


 魔王ちゃんを抱いたまま時間だけが過ぎ夕方に、そろそろ騎士団長に相談すべきか迷っていたら、作務衣姿の魔族女性……幼女の御婆ちゃんが迎えに来た。


 モーリィは、この魔族女性が魔族の王という事実にここでようやく気がつく。


 今まで思い至らなかったのも不思議だが、ご年配のご婦人方と所帯染みた愚痴をこぼしあっていても違和感が全くなく、いつもネジが緩んだような笑顔と発言をしている女性が魔族の王だとはこれっぽっちも結びつかなかったのだ。


 これに関して言えば、抜け気味の聖女のせいだけではない。


 漆黒の黒髪に深紅色の瞳、そして万年雪のような白い肌。

 スラリと背筋を伸ばした絵になる立ち姿。

 少女でも女でもない女性の体、その中間の奇跡的な美しき容姿。


 人知を超えた美貌に角と尻尾という明らかな異形、普通であれば一度見れば二度と忘れることのできない優れた容姿を持ちながらも、存在感が驚くほど希薄で威厳の無さすぎる小市民的な魔王様にも問題があるのだ。


 ともあれ、そんな冴えない魔王様に魔王ちゃんを引き渡して、今日はお別れかと安堵していたら、それまで比較的大人しかった幼女が突然ごねだした。


「やだーっ! あたしまだ、聖女と一緒にいるー!!」

「あらあら困った子ねぇ、そんなに聖女のお姉ちゃんと一緒にいたいの?」

「一緒にいるー! ねっねっ御婆ちゃん一生のお願いっ! お願いー!!」

「あらあら、うふふ、どうしましょう。うふふ、本当に仕方ない子ねぇ」


 本来なら我儘を叱るべき魔王様は、孫娘にねだられ抱きつかれ頬ずりされて、ひどく蕩け切った笑顔を浮かべて陥落されていたのだ。

 モーリィと治療部屋の二人は冴えない魔王様を残念な目で見つめた。


「うふふ……モーリィちゃん。悪いのだけど、この子を一晩だけお願いね?」

「え、ええっ!?」


 見た目的にはモーリィやミレーと年のかわらない、ちょろすぎる美貌の魔王様ばばあは孫娘を一晩預るように頼み込んできた。

 しかし、それはお願いという名を借りた魔王の無慈悲な命令。

 そこに拒否権はない魔王からは逃げられない、預かるしかなかった。


 それにモーリィのことをつぶらな瞳でジッと見つめて懇願してくる、魔王ちゃんの小動物的視線も無視できなかったのだ。

 ちょろいのはどうやら自分もらしい、モーリィはため息をついた。




 本当に残念な冴えない魔王様を見送ると夕食のために四人で食堂に向かった。

 

 砦には施設の建屋ごとにいくつかの食堂がある。


 モーリィ達のような砦在住組が普段使うのは、騎士達などの肉体労働者のうきんが使用する広い食堂だが、今は人が多く混雑していて騒がしい、この時間帯は昼の勤務を終えた者が一斉に食事をとるからだ。ほぼ指定席となっているテーブルへ。


 以前は騎士ルドルフやトーマス達と一緒に食事をしていたのだが、最近は護衛の女騎士がいる絡みで彼女達のいるテーブルでとることが多い。

 おかげで魔王ちゃんが一緒でも余計なちょっかいを掛けられないで済む。


 女騎士達ごりらのむれに手を出してくる命知らずな騎士さるはいない。


 一緒にきたミレーと女騎士が気をきかせ、モーリィ達の食事も取って来てくれる。二人で並んで長椅子に座ったが、魔王ちゃんの背丈はテーブルに足りていないので膝の上に座ってもらうことにした。


 幼女はモーリィの胸に背と頭を乗せると「ふかふかーっ」と喜ぶ。

 周りでゴクリと喉を鳴らす音が複数聞こえた。


 魔王ちゃんは親御さんの躾がしっかりとしているのか、この年頃にしては食事の仕方が綺麗である。感心するモーリィだが、考えてみたらこの子は恐れ多くも魔の国の王族、作法などもそれなりの教育は受けているのだろう。


 それでも拙い部分はあるので、モーリィはお肉を切り取って食べやすくしたり、口元を汚れを拭いてあげたりと世話をするが、田舎の悪ガキ共に比べたら非常に楽なもの。


「料理は美味しい?」

「うん、おいしい」


 尋ねると、魔王ちゃんは振り返りモーリィを見上げながら小さい声でぼそぼそ。

 砦での騎士達との戦いあそびや、治療部屋での大騒ぎが嘘のようである。慣れない場所で大勢の大人たちに囲まれ緊張しているようだ。


「そうかー美味しくてよかったね」


 モーリィは魔王ちゃんに、にっこりと微笑むと彼女の頭を優しく撫でてあげた。

 そんなモーリィに魔王ちゃんも、うふーっと声に出してはにかみ顔。


 ふとモーリィは視線に気がつく。同じテーブルで食事をしているミレーと女騎士達が食べる手を止めて、モーリィ達のことをジッと見ていたのだ。

 ミレーにいたってはフォークに肉をぶっ刺して、口を開け運ぶ一歩手前。

 モーリィは彼女達の視線の重圧に少しだけ仰け反る。


「あ、あの……皆さんどうしたのですか?」

「え、いや、その、何だかモーリィってお母さんみたいで、その……いいね!?」


 頬を染めモジモジとしたミレーはサムズアップ。

 その言葉に同じく頬を少し染めた女騎士達も同時にサムズアップ。

 一糸乱れぬ彼女達の綺麗な動きに、モーリィは不覚にも感動を覚えてしまった。


 嫌な予感に周りを見回すと、騎士さる達もうっとりとした表情でモーリィを見ている。お母ちゃん……という空耳か幻聴を聞いた気がして頭痛がした。


 モーリィは眉間にできたシワを目を閉じて指で揉み解す。


 そんな癒しを求めるダメな大人達をよそに、魔王ちゃんは料理を残さずに食べたので頭を撫でて褒めてあげる。モーリィは特別宿舎の自分の部屋に帰ることにした。

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