怠惰な女神にサチあれ

蚊帳ノ外心子

世常の女神

 むかーしむかし、ある所に、怠惰な女神がおりました。その女神は豊穣の女神でありましたが、自分が一々力を使わずとも人間だけで生きていくので暇になった女神でした。

 しかし人間達は年に一度、豊穣祭と銘打ってその女神への祈りを捧げるので一応の体裁として度々力を使って恵みをもたらしていました。

 ですが、女神の力はそれだけでは手に余り、段々と怠惰な女神はその力の使い道に困ってきました。

 そしてある日、怠惰な女神は思いつきました。人間が誰も手を付けていない土地に門を築き、そこから他の世界の人々を呼び込もうと。

 こうしてドゥームの門が女神の力のみで作り上げられ、そこから連れ込まれた人々によって魔物の巣窟だった土地は開拓され、リポーブと言う都市を築き上げるほどにまでなりました。

 女神は大層喜び、異世界の人々の日常を楽しむ、世常(よじよう)の女神として今度はリポーブの人々から崇められるようになりました。

                                  おしまい



「この童話、最近できたの?」

 手に持った本を閉じ、本屋の店主に伺うと店主は頷いた。

「ああ、世常の女神監修の童話さ。まああまり売れないがな」

 店主は口髭を弄りながら鼻で笑った。

「買うんだったら半値にしとくよ」

「できれば詳しい歴史書なんかもあると嬉しいんだが」

 薄汚れた旅姿に背中には木箱を背負ったここ、リポーブの街ではあまり見ない服装の男は店主のいるカウンターに童話本を置いた。

「世常の女神の本は今のところそれだけだな。それにしてもあんた、売薬さんみたいな格好してるけど……」

 支払いを済ませる最中、店主は僕に目をやった。

「売薬ではないが、色んなの売ってるよ。何か欲しいのあるかい?」

 本を受け取り、その場にしゃがみこんで木箱を開けて買った本を引き出しに仕舞う。

「旅の商人といったところか。うーん………最近、物が見えにくくなったのは困るね」

 店主はメガネを掛けていた。その上で見えにくいとなると……

「なら、これはどうだい? ヤマネトンボの目ン玉から作った目薬だ。全部使い切る頃には良くなってる」

 木箱の引き出しから取り出したのは小瓶に入った液体。スポイトの蓋付き。

「おお! あのヤマネトンボか。ここいらじゃ希少だが、目に効くともっぱらの評判らしいな。でも本物かぁ?」

 怪訝な顔で見られるのも無理はない。だから僕はこういう客にはこう言っている。

「ならここに置いてくよ。使い切った頃に使いを寄越すからその時に支払ってくれ。気に入らないなら使いかけでもいいから返してくれ」

 その言葉に店主は目を丸くした。

「だけど……俺が質屋に売っちまうかもしれねぇぞ」

「そんなことはしないさ」

 また店主は目を丸くして木箱を背負った僕を見やった。

「そういえば、この童話、監修したの女神本人って言ってたけど、この街じゃ神様とも会えるのか?」

 ヤマネトンボの目薬をまじまじと見ていた店主は我に返った。

「ん? ああ、異世界人連れてきて喜んでるような神様だからな。ちょくちょく出てくるそうだ。ま、噂をすれば会えるだろう」

「ちなみに……店主は異世界から?」

「俺か? 俺はトブの街から来たのさ。ま、リポーブじゃ見た目が人間で区別なんて一々付けないよ」

 ハニカミながらそう答えた店主に僕も思わず笑みが溢れる。

「いい街だな。まいどあり」

 ドアベルをカランカランと鳴らして本屋を後にすると店主は誰もいない中でポツリと呟いた。

「買わせたつもりが買われちまったな。一回使ってみるか………おお! おぉ~………」



 本屋を出るとそこは大通りから外れた小道。だが、人の行き交いはそれなりにある。その中を首に下げていた笠を頭に被って石畳の道を歩いていった。

 行き交う人々は皆個性的、というより多種多様な人種だ。動物の耳と尻尾が生えている者、二頭身の者、直立二足歩行をする魚、はたまたトカゲ。

 これほどの人種が有象無象にいるのにここ、リポープでは世常の女神がドゥームの門を作り出して向こう五十有余年、争いは皆無と聞く。なんとも不思議な街だが、それ故に興味を引く。

「確かギルドはこっちだな」

 小道を抜けた先の広場でギルドの建物を見つけると足早に歩き出した。



 街でも目立つ石積みの大きな建物。横には《ギルド》と書かれた看板が吊るされ、木製の扉には《押す》と書かれているなど何かと親切だ。

 扉を押して入るとそこは酒気と喧騒の市場。「いらっしゃいませ」という言葉とまだ昼間だというのにドでかいジョッキでガバガバと飲んでいる人がちらほら。

 酔っぱらいを横目に依頼書が奥にびっしりと貼られているカウンターに向かい、銀貨を三枚置いた。

「情報をもらいたい。ここの街の歴史――世常の女神に関してだ」

 カウンターにいる女性はまず一礼してメイド服の裾から出る色白の手首をカウンター越しからゆっくりと出して銀貨を受け取り、答えた。

「でしたらご本人に聞かれるのが一番かと」

 耳の尖ったメイドの見やる方に向くと大樽ごと持ち上げてそのまま一気飲みに興じる女がいた。

 なるほど。ありゃ神様でもなければできない芸当だな。にしても、なんとも神とは呼べない体たらくぶりだな。

 小さな溜め息を吐くとメイドに礼を言い、怠惰な女神、もとい世常の女神が座るテーブルに向かった。

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