叶恋路の恋愛成就術

絵虫恵理

第1話 プロローグ

 「好きです。付き合って下さい!」


 その一言を相手に伝えるまでには【ドラマ】が存在する。


 その人を気にするようになり、視界の隅に捉えるようになり、話をしたいと思うようになり、その人の事をもっと知りたいと思い、その人と一緒にいたいと思い、その人と触れ合いたいと思う。


 その一言を伝えるまでには【喜び】が存在する。

 告白を受け取ってくれたら・・・とか、付き合ったら・・・・とか、様々な明るい未来を想像する。



 その一言を相手に伝えるまでには【勇気】が存在する。

 もし、断られたら・・・とか、引かれてしまったら・・・・とか、最悪の未来を想像する。


 その一言を伝えるのは並大抵の事ではない。

 最高と最悪が入り乱れる行為。それでも人はその一言を伝える。

 

 その一言を伝えるという行為はとても素晴らしい事であり、胸を張れる事だと俺は思う。


 【好き】という感情。誰もが持っており、その一言の根底にある物。人間の最も誇れる感情の一つだと思う。


 


 その誇るべき感情をじゃあ俺はいつからーー

 



 いつから失くしてしまったんだろうか。



 ◇ ◇ ◇


      

 「聞いたよー!夏恋かれん!」


 「どっ、どうしたのユキちゃん、今日は一段とうっとおしいし、更にテンション高いね・・・?」


 ホームルーム前に一時間目の準備をして

 いた【倉木夏恋くらきかれん】は登校早々、話し掛けてくる【白石由紀乃しらいしゆきの】通称ユキ、の話相手が日課の様なものだが、今日はその由紀乃のテンションが何時もより高い。


 「相変わらずのナチュラル毒舌・・・だけど今日は見逃してやるー!もう、隠しやがってー!私の情報網を侮ったようだね夏恋君?」


 「・・・ええっと、何かあったの?」


 あまり様にはなっていないが、テンプレートな探偵の真似事をして詰め寄ってくる由紀乃。

 夏恋は自分が何をしたのか身に覚えもないので直ぐに答え合わせを求めた。


 何時もより由紀乃のテンションが高いことに嫌な予感がしながらも尋ねて見ると案の定、その予感は的中した。


 「ふっふっふっ!夏恋!リア充昇格おめでとうございますー!!」


 「・・・え?どういう・・・・」


 「「「ええーー!?」」」


 夏恋がどういう事か聞き返そうかとしたところ後ろで大勢の驚きの声が上がる。

 当の夏恋よりも、周りにいたクラスメイトの反応が大きい。


 「ええー!夏恋!誰と付き合ってるの!?」


 「どっちから告白したの!?そこのとこ詳しく!」 


 「マジかよ、倉木!?何処のどいつだ!」


 「残念ーー男子達。ご愁傷様でーす!」


 「クソッッ!!」



 「え、ちょらちょっと待って、皆・・・」


 夏恋はクラスの皆を抑えようとしたものの、皆、聞く耳は持たず・・・



 「おいおい、マジかよ・・・」


 「まあ、倉木さん。可愛いもんねー」


 由紀乃のその一言は周りの席の人どころかクラス全体にまで影響が及び、前から夏恋を狙っていた男子の絶望の声や仲の良い女子からの祝福の声が上がる。


 すると由紀乃がーー


 「まあ、まだ付き合っているかどうかは分からないけど」


 その瞬間、クラスの時間が一瞬止まった。

 そして直ぐにーー


 「何だよ、付き合っているのか分からないのかよ・・・」


 「どうやって告白したのかとか聞きたかったのに・・・」


 「そいつの身元特定して呪詛でも送ろうと思っていたんだけどな」


 180度、空気が一変して直ぐ、先程のクラスの雰囲気に戻る。


 「・・・・・」


 夏恋がこのクラスの恋愛事の食らいつきに若干引いていると、その環境を作った諸悪の根源こと由紀乃が夏恋に耳打ちをしてきた。


 「クラスの外で詳しく聞かせて」


 夏恋は一瞬迷ったが、由紀乃は情報通だし、何より口も固い。


 相談事があったが先の出来事があったのでそれも止めようかと思ったが、由紀乃なら何か解決策を提示してくれるかもしれないと思ったので一応、相談する事にした。


 クラスから出て、

 


 「で、で、で、黒瀬くろせ君の告白は受けるつもりなの?」


 「・・・そこまで知ってるんだね」


 「そりゃ、もちろん。情報通ですから」


 絵に描いた様なドヤ顔を由紀乃が披露する。

 「で、どうするの?」と由紀乃が告白を受けるのかどうか聞いてくる。


 夏恋はその事まで知っているなら話は早いか、と思って「実は・・・」と告白された事に関するある悩み事を由紀乃に伝えた。

 

 するとーー

 


 

 「ええっーー!?断るの!?」


 「シーッ!声が大きい!」


 「あ、ごめん」


 由紀乃の反応が大きかったのでクラスの生徒の何人かがこちらを見てくる。

 由紀乃は慌てて直ぐに小声にし、


 「何で?あの黒瀬君だよ?優良物件じゃん!?」


 「優良物件って・・・」


 そう伝わりはするが言い方が少し生々しい。


 黒瀬俊樹くろせとしき。成績優秀で実家が病院を経営しており、いわゆるお金持ち。ルックスもそこそこ整っている。

 入学当初はそうでも無かったらしいが、金持ちの息子と知れた途端、告白しに行く女子が急増したと聞いている。

 確かに由紀乃の言う通り、優良物件なのだろう。

 だがーー


 「私、あまり黒瀬君の事知らないし、好きでもない人とお付き合いするのはちょっとね・・・」

 

 「はあーー、アンタは贅沢だね~。まあ、夏恋ならもっとカッコイイ良い人と付き合えるか」

 

 「別にそんな事は・・・」


 「あんのよ!アンタは!少しは自分のルックス自覚しなさいよー!」


 「そんな事言われても・・・・」


 客観的に見て夏恋の容姿は10人の女子がいたら10人全員羨む容姿をしている。


 薄オレンジ色の髪のボブカットで髪質も滑らか、顔立ちも非常に整っており、高過ぎず、低過ぎない身長で、スタイルも非常に良い。

 おまけに性格も良く、男女隔たり無く接し、女子からも好かれるという最大の難関も余裕でクリア。

 これで自分の容姿に自覚が無いのは詐欺だろう。

 

 「まあ、いいや、で、その相談事って何?」


 「うん、実はその告白の事について何だけど・・・どうやって断っていいか分からなくて」


 「えー、そんなの・・・普通にごめんなさいって断れば良いじゃない?」


 

 何をそんなに悩むことがあるのかと由紀乃は思う。

 だが、夏恋から思いもよらない言葉が放たれる。


 「うん・・・でも告白されたのって今回が初めてだし・・・」

 

 由紀乃はその思いもしなかった告白カミングアウトを受けて、一瞬硬直したが、直ぐにーー


 「えっ!?アンタって告白されたのって今回が初めて!?」


 「うん、そうだけど・・・」


 別に高校入学までに告白されたことの無い人間は珍しくもないだろう。逆に告白された事のある人間の方が少ないかもしれない。

 夏恋がそう思っていると、由紀乃は目を覆いながらため息をついた。


 「アンタの中学校の男子はお坊さんなの・・・?」



 「何でそうなるの・・・?」


 何で男子中学生なら女の子に告白するのが義務みたいになっているのか・・・と夏恋は思う。

 

 「いや・・・こっちみたいに告白禁止令が出てたのかもしれないわね」


 「告白禁止令?」


 「アンタに告白するのを男子間で禁止していた可能性があるのよ」

       

 「何で私が?じゃあるまいし・・・・」


 「・・・・・」


 自分が美人、可愛い、モテるなどと微塵も考えていない自己評価の低い親友を持つ由紀乃は深いため息をもう一度ついた。


 「ハァ・・・まあいいか、確かアンタの相談は告白をどう断るか、だったっけ?」


 「うん、自分が知らない人とお付き合いするのはちょっとね・・・」


 「今時、珍しいくらいに純情ね。まあ夏恋くらいのスペックを持っているなら、身持ちが固い方がいいか」


 「別に普通の事だと思うけど・・・」


 (逆に自分が知らない人とお付き合いする事の方が信じられないと思うけど・・・)


 自分の考えの方が古いのだろうか?

 夏恋がそう思っているとーー


 「よし、親友からの頼みだ!私が何とかしましょう!」 

 

 「わーーー」


 「・・・棒読みね、まあいいけど。ちなみに私は相談に乗れないわよ」


 「えっ、何で?」


 ついさっき私に任せろ、みたいな事言っていた由紀乃だったが何故相談に乗れないのだろうか?

 夏恋は「ああ、そういえば」とふと何かを思い出した。


 「由紀乃ちゃんも誰かと付き合った事無いんだっけ?」


 自身には自覚の無い毒をまとった言葉で親友のハートを思い切り突き刺してきた。


 「それは今は関係ない!」

 

 言われたくない事を言われて、頬を染めて由紀乃が反論してくる。

 だが、恋愛経験の有無はかなり恋愛相談に関係してくるはずだ。

 由紀乃は何とか夏恋からの無自覚ディスを耐えて


 「私じゃなくて他に適任の人に相談するのよ」


 そう提案する。


 「適任の人?じゃあ、美里みさととか?それともヒナコちゃんとか?」


 夏恋が自分と由紀乃の共通の友達で彼氏持ちの名前を挙げていくがそれら全てに首を横に振って思いがけない人物を挙げる。


 「七瀬ななせ君だよ!」



 「えっ?」


 

 「だから七瀬君」


 

 「えっ?」 


 

 「だーかーら、な・な・せ・く・ん」


 

 「えーーー!?」


   

 その夏恋の驚きによる大声はクラスにまで響いて、夏恋と由紀乃にクラス全員から注目が集まった。

 

 

 ◇ ◇ ◇


 「ねぇ、それホントなの?」


 「ホントだよ!疑う気持ちも分からなくないけども!」


 「でも・・・あの七瀬ななせ君だよ?」


 「でもあの七瀬君だからこそ、だよ!この学園で女子の間から【告白禁止令】が発令されている!そんな人が恋愛相談に乗ってくれるんだよ」


 「でもユキちゃんが言うことだし・・・」


 「だーかーらーホントだって!私の友達から実際に聞いたんだもん!」


 「まあ、それなら・・・」


 ーーー【七瀬光ななせひかる】。

 この総生徒5000人を超える私立【藤壺学園ふじつぼがくえん】でも1、2を争うほどのイケメンだ。


 そこらの俳優が霞むほどの容姿を備え、学力も必ずトップ3に入るほど。ダメ押しに運動神経も抜群で、噂では年度の初めに行われる体力テストでは全ての項目で10点を取り、総合Aを記録したらしい。


 少女漫画から引っ張ってきたようなステータスカンスト人間がまさか恋愛相談とは到底思えず、夏恋が疑うのも当たり前だ。


 「でもその友達は何で七瀬君に恋愛相談に乗ってもらう事にしたの?噂では七瀬君に話し掛けるのもかなりリスクが伴う行為だって聞くけど・・・」


 そう由紀乃に聞くと、由紀乃はチッチッチッと人差し指を振り、分かってないなー、みたいな顔で、


 「恋愛相談なんてウソに決まってるじゃない」


 「えっ、どうして?」


 それじゃあ、何で話し掛けるのか・・・

 と思ったが途中で答えに辿り着く。


 「・・・まさか七瀬君に近づく為にとか?」

 

 「ピンポン、正解!いやー正解に辿り着けなかったらどうしようかとお姉さん心配で心配で・・・・」


 そう言って由紀乃はハンカチを目元に置いて心配して泣いているフリをする。

 

 「もう、似合わないよ大根役者さん」


 「何で私さっきからちょいちょいディスられんの・・・?」

 

 先も彼女持ちかどうかでディスられた。

 この無自覚美少女は自分の毒舌すらも無自覚である。


 とにかく、と由紀乃は一つ咳払いをして

 

 「あれだけイケメンならさぞ恋愛経験も豊富だろうし、恋愛相談にはうってつけだから放課後、相談に行って」


 「でも周りの女子が目を光らしているんでしょ?」


 今は周りに夏恋と由紀乃以外、誰もいないからいいものの、七瀬が在籍しているクラスに行き声を掛けようものなら即刻クラスの女子に連行され、体育館裏行きなのは目に見えている。

 だが由紀乃はーー


 「そんな事は百も承知だよ、だから・・・」

 

 由紀乃はブレザーの内ポケットからボールペンとメモ用紙を取り出した。

 それからメモにボールペンを走らしてそのメモを夏恋に渡した。


 「これは?」


 どうやらこの学園の地図のようだが・・・

 そう夏恋が尋ねると由紀乃は急に小声になり、


 「これは七瀬君が放課後に足を運んでいる教室の場所」


 「!?そんなの何処で・・・まさか!?」


 「うん、そのまさか・・・実は・・・」


 「ユキちゃん・・・ストーカーは犯罪だよ・・・」


 「違うわ!これはその相談に乗ってもらおうとした私の友達からの情報よ!」


 「ユキちゃん声大きいよ」


 「!!」


 夏恋と由紀乃は今のツッコミでまたクラスの皆から注目を浴びたが、直ぐに声を抑えて話を続けた。

 

 「とにかくこの場所に行けば相談してもらえるから!」


 「でも・・・」


 「でも、じゃない!いいから放課後行ってきなよー。あ、後で話聞かせてー【LANE《レーン》】でもいいから!」


 「ちょっ・・ユキちゃ」



 キーンコーン、カーンコーン


 

 「あっ・・・」


 「ほらーー、ホームルーム開始のチャイムだよ。早く戻ろー!」


 タイミングが悪い。

 別に相談に行かなければいい話なのだが夏恋の性格上、親友からの好意を無下には出来ない。

 まあ、由紀乃の性格上、面白がってこの話を持ってきた可能性も否めないが、


 (はあ・・・)


 まあ、とりあえず行くだけ行こう。

 必ずしも相談に乗ってくれる訳でもないからお願いしてみてダメと言われたなら諦めればいいと、夏恋は思った。



 ◇ ◇ ◇


 ーーー放課後。



 「ええと・・・こっちかな?」


 夏恋は一年のクラスがある校舎から少し離れた場所にある部室棟よりさらに離れた場所にある誰も使っていない空き校舎に来た。

 その空き校舎は3階建てで、本校舎から500メートル近く離れている場所だった。


 ーー余談だが、この私立【藤壺学園】は学校という教育機関のくくりの中では全国トップクラスの土地面積を誇っている。

 なので土地の大きさに比例して校舎の数も多く、なんと8棟も学園敷地内に存在している。


 「だからって流石に遠すぎるよ・・・」


 余りにも遠すぎるのでこの場所の存在は知っていても此処に行こうと思う生徒は滅多にいないらしい。


 (本当にこんな所に七瀬君居るのかな・・・)


 だが、由紀乃が言っている事ので信憑性は高い。

 何処から情報を持ってくるのかは分からないが、誰と誰が付き合っているとか、抜き打ちの服装検査があるとか、教えてくれた情報に間違いがあった事が今まで無かった。

 だから情報の信頼度は高いがーー


 (でも流石に今回は・・・) 


 そう半信半疑になりながらも少し重い校舎の扉を開く。


 「・・・失礼しまーす」


 ・・・反応はない。

 とりあえず先に行こうとして扉から手を離すとーーー


 ガタンッ!!


 「キャッ!!」


 扉が急に閉じてしまった。

 今は扉がひとりでに閉まった様に見えた。

 夏恋は幽霊などは信じないタチだがここまで雰囲気や状況が重なると、

 

 (まさか・・・!)


 と思い扉に手を掛ける。

 するとーーー



  キィィーー


 鈍い音を立ててゆっくりとだが開く。


 「ハァ~〜〜」


 どうやら扉が老朽化により風が無くとも閉じてしまう様になっていただけだった。

 

 現実は小説より奇なり、とは言うが、小説やドラマみたく急に扉が開かなくなるホラー展開にはそうはならない。


 (早く探そう・・・)


 先の扉の音で少し恐怖心を抱いた夏恋はゆっくりと扉を開いたり、廊下の死角に怯えながら1階を見回った。

 だがーー


 「・・・いない」


 どの教室も空き教室で何も無い。人が頻繁に出入りしているなら少しはほこりやゴミの類が掃除されていると思うが変わらず埃やゴミの類はそのままだ。


 (はあ・・もう帰ろうかな・・・)


 2、3階は見終わっていないけどこれでは流石にいないだろうと思い、空き教室から出ようと思い、扉を開くとーー


 「あっ」


 「キャッ!!」


 そこには男の人が立っていた。

 尻もちをついたりはしなかったが、夏恋は驚きのあまり普段上げないような声を上げて床にへたりこんでしまった。


 「ごっ、ごめんね、驚かすつもりは無くて・・・」

 

 相手に悲鳴を上げられてどうしようかと焦ってはいるがこちらを気遣っている優しい声が掛けられた。


 「ホントにごめん。まさかこの校舎にこんなに立て続けに人がくるとは・・・」


 「あっ、いえ、そんな・・・」


 夏恋は驚いてしまった事を謝ろうと思い顔を挙げるとそこにーー


 「・・・七瀬君?」


 まさか本当にこんな場所にいると思わなかった尋ね人が目の前にいた。

 

 「あ、うん、七瀬。七瀬光(ななせひかる)だけど・・・」

 

 だが、光(ひかる)を探していた夏恋自身は教室から出ようとして戸を開けたら人がいたという驚きと恐怖のあまり次の言葉を失っていた。



 ◇ ◇ ◇


 

 「ここだよ。ここ」


 「はあ、失礼します」


 光に案内され、夏恋は校舎の3階に来ていた。

 話によると1階と2階に足を運んだことは無いらしく普段、3階にしかいないらしい。

 今日も普段通り3階にいたら、扉の音と女の子の驚く声がしたので1階に探しに来たら教室を女の子が行ったり来たりしていたので話し掛けるタイミングを伺っていたらしい。


 「ごめんね・・・急に驚いてしまって・・・」


 「ううん、俺も教室の前に立って驚かすような形になってごめん。君は悪くないよ」


 光は夏恋を気遣い、そこらの俳優が霞んでみえるような笑顔を見せる。


 (うっ・・・)


 改めて見ると胸焼けが起きそうなほどイケメンだと夏恋は思った。


 ほんの少しくせのある茶髪で、CGのような整った優しそうな風貌、そして身長は180を超えているだろう。

 これで頭も良く、運動神経も抜群ときたら学校中の女子から人気が出るのも当たり前だと夏恋は思った。


 (でもイケメン過ぎてちょっと怖い・・・)


 近づき難いオーラみたいなものがあるのだろうか?

 

 (少し苦手かも・・・)


 そう思いながら普段使っているという教室に入った。


 するとーー


 「あれ?」


 思わず声が出た。

 普段使っているといういうからてっきり部室みたく色々な物が無造作に置かれているかと思っていたがそんな様子は全くない。

 机と椅子のセットが向かい合わせに少し離れて置かれているだけだ。

 イメージとしては面接みたいな感じだ。


 一つ変わった点といえば左隅に保健室のベッドのようにカーテンで隠されている場所があるくらいだろうか。 

 

 (元々は保健室だったのかな?)


 だがそれにしても何も無い、と夏恋は思った。


 そんな夏恋の疑問を読みとったように光が


 「ふふっ、何も無いよね?」


 「あ、うん・・・」


 「まあ、何か置く必要もないからね」


 と言いながら英国紳士よろしく椅子を引き


 「座って」


 「えっ?」


 「恋愛相談・・・じゃないの?」


 「何で分かるの?」


 そう教えた憶覚えはないが・・・

 光は苦笑しながら


 「こんな本校舎から離れた場所にわざわざ来るのは恋愛相談をする人くらいだよ

 教師ですら滅多に近寄らないからねここは」 

 

 そう教えてくれる。

 だが、一つ疑問が浮かぶ。


 「ちょっと待って七瀬君。他にも恋愛相談をする人が来るの?」


 「うん。週に1人、2人くらいはね」


 「そうなんだ・・・」


 流石天下の七瀬光。こんな所まで人を呼び寄せるとは・・・と夏恋は思う。


 「・・・まあ、実際は俺が解決するんじゃないけどね」


 「えっ?」


 「あ、ああ、いや何でもないよ。それじゃあ座って早速話を聞こうか」


 「あ、うん」


 それから夏恋は光に黒瀬の名前は伏せて告白された事、そしてその告白を断りたい事を相談した。

 それを光は一通り聞き終わった後、


 「うーん、やっぱり本人にごめんなさいって言う以外方法はないんじゃないかな?」


 「やっぱりそうなんだ・・・」


 「でも、やっぱり知らない人からとは言ってもやっぱり人の好意は断り辛いよね」


 「うん・・・」


  夏恋と光が何とか良い方法がないかとうーん、と考えていると


 (あれ?)


この何も無い教室で一際(ひときわ)異彩を放っていたカーテンが一瞬動いたような気がした。


 (見間違えかな?)


 気のせいかと思って無視しようもしたが、やっぱりカーテンが動いた。


 (えっ・・・まさか本当に・・貞・・)


 それこそまさかである。ここは井戸ではないし、テレビも無い。


 それからーー



 「痛っって!!」

 

 と声がしたかと思うと人がカーテンから転がりながら出てきた。


 「えっ!」


 「あ」


 藤壺の男子の制服を着ているからここの生徒だろう。夏恋ら光に「誰?」と聞こうとしたがその前にーー


 「チッ、やっぱこのベッド寝心地は悪く無いけど狭すぎんだろ!何回目だよ、寝返りうって落ちるの!」


 その男子生徒はベッドにむかって文句を言った。

 それからーー


 「おい、光。誰が自販機まで飲み物買いに行くかジャンケンしようぜ。今回は勝つからな・・・」


 その男子生徒が振り向いた時に夏恋と目が合った。

 そう言うと何だか運命的にも聞こえるが、実際は、知らない奴がにガン飛ばす男子生徒とそれを怪訝な目で見る女子生徒という図だ。


 するとその男子生徒は妙に納得したような顔になり、


 「ああ、それが噂のか」


 (え?)


 この男子生徒は何で私が恋愛相談しに来た人って何で知っているの、いやその前に誰?と夏恋は思ったが、それを直ぐ言葉にできるほど器用ではない。


 「恋路れんじ。今は人が来てるんだけど?というかお前が相談者に実際に会うの初めてじゃないか?」


 「ああ、そういえばそうだな」

 

 「あの・・・七瀬君この人は・・」


 

 夏恋が遠慮がちにその男子生徒と仲良く喋っている光にその男子生徒の紹介を求める。


 「ああ、コイツは・・・」


 「あー、自己紹介する必要があるか?どうせ俺は裏方なのに?」


 「その裏方がメインだろ。ほら、挨拶ぐらいはしとけって」


 「あー、分かったよ」


 その男子生徒は面倒くさそうに夏恋の方を向き、夏恋からは少し信じられない事を言い放った。


 「俺は【叶恋路(かなえれんじ)】。

   

今回、する事なりまーす」


 「えっ」


 「短い間ですがよろしくでーす。・・・こんなもんでいいだろ?」

 

 最後は光の方を向いてOKがどうか聞く。


 「はあ・・・まあいいか」




 (・・・ユキちゃん。こんな事聞いてないんだけど・・・)


 これが【叶恋路】と【倉木夏恋】。初の顔合わせとなる。


 ーーーこの出会いが吉となるか凶となるか、それは誰にも分からないが。

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